08 傾聴テクニックで号泣
秋月は子供達と対峙している。リーダーの男の子が先頭に立っており、こちらを警戒した様子で見ている。
「貴族様が僕達になにか用でしょうか?」
秋月が黙って子供達の表情を見渡していると、リーダーの男の子が警戒した様子で尋ねてきた。
他の子供達は困惑した様子だったり、期待したような感じで隣の子と見合っているのに対してリーダーはこの呼び出しに危険を感じているようだ。流石、リーダーだけあって楽観的にはいられないようだ。秋月も彼の気持ちはよく分かる。貴族の子供がいきなり身寄りの無い子供の集団を呼び出す。ろくなことではないだろう。事実、秋月のやろうとしている事は彼らにとっては良い迷惑であるのは間違いない。だが、秋月も命が掛かっているのだ。例え、彼らにとって不都合なことであったとしても、秋月の目的の為に協力して貰う。それが騙すことになったとしてもだ。
「単刀直入に言おう。君たちに協力して貰いたいことがある」
秋月は即刻要求した。隠したところで秋月が何か企んでいる事はリーダーの子にはバレている。
「なんでしょうか?」
リーダーの男の子は警戒したように目を細める。
秋月は余裕の表情を浮かべているが、内心うまく事を運べるか不安であるのを必死に隠していた。
「君たちに教育を受けて貰いたい」
手を差し伸ばし、まるで提案するかのような動作をする秋月。
それを聞いた子供たちがどよめいた。周りとひそひそと小声で話し始める。
この世界で彼らが教育を受けることはまずありえない。貴族の子供、もしくは、商人の子供だけが教育を受けれる。秋月の居た現代のように義務教育は存在しない。
秋月は小さく溜息を吐く。本当は要求は最後にした方がいいのだが、リーダーの子が察している以上、すぐに答えを言ったほうが警戒が解けると思ったのだ。
「ど、どうして僕たちが教育を?」
流石のリーダーの男の子も動揺を隠せないのか戸惑った様子で疑問を呈した。
秋月はホッとする。その問いを待っていたのだ。
秋月は彼の疑念に答えず、
「君には歳の離れた妹がいるようだね。その上で君は居酒屋で働いて定期的な収入を得ている。定期的な収入を得られるのは君たちにとってはかなり助かることだろう。だが、二人分の稼ぎとしては食べていくのがやっとでそれはすごく苦労したはずだ。たった一人で妹の為に必死に働いて誰にも頼ることも出来ずにいた」
彼の境遇を言い当てる。リーダーの男の子は驚いた表情をした後、こちらを睨む。何故をそれを知っているのかという顔だった。
当然、これらの情報はメイドから手に入れたものだ。本当、何者だ、あのメイド。
人が話したい事は大概五つに分けられる。関心、不満、不安、悦楽、挨拶。そして、どれに関する事を話す際も皆、聴いて欲しいのである。共感し、同意し、返答して欲しいのである。
だが、この状況で話せる項目は難しい。警戒した相手に話すべき話題。悦楽はまず無理だ。今の状況で煽てたところで結果は見えている。関心については教育で釣れたが、どちらかというこちらが話す立場になる。それはまだ先の話だ。不安、挨拶なんてのは信頼関係が重要だ。本音を引き出せるとは思えないし、冗談を言い合える状況でも無い。つまり、一つしか残されていないのだ。
不満。この話題こそがこの場にもっともふさわしい話題である。
そして、不満を引き出す言葉。
「大変だったんじゃないか?」
秋月はリーダーの顔を悲痛な表情を浮かべながら問いかける。
「そんなの当たり前じゃないですか!」
リーダーの男の子は一瞬呆けた顔をした後、顔を真っ赤にして激昂する。
「貴方に、恵まれた貴方になにがわかるんですか! 僕が、僕がどれだけ苦労したと思っているんですか!」
秋月は心の中でほくそ笑む。釣れたと。
「確かに俺には分からない。君がどれだけ苦労したか」
秋月は悲痛な表情を浮かべつつそう返す。
「そうでしょうね。貴族の貴方に僕たちみたいに親が見捨てられた子供の気持ちなんてわかるわけがない!」
少年は怒りをぶつけてくる。
「そうかもしれない。だからこそ、聞かせて欲しい。君がこれまでどんな人生を送ってきたのか。話して欲しい」
秋月はそう提案した。
「はっ、いいでしょう。話してあげますよ。貴方がどれだけ恵まれていたか」
リーダーの男の子は小馬鹿にするように秋月に応答する。
秋月も小馬鹿にしたい気分だった。だが、必死に彼の顔を真剣に見つめる。
「僕とルイは両親に捨てられました。僕が働いているところに売られたんです」
意識高い系は多くの壁に直面する。それは会話だ。コミュニケーション能力だ。
そして、秋月も例外では無い。秋月は学校で会話に入れずいつもただ沈黙していただけである。そして、偶に質問を投げかけられて「え? あ、あはは」と愛想笑いして、こいつつまんねー奴みたいな扱いを受けてきた。実際、つまらない奴なのは今だに変わっていないが。
壁に直面した意識高い系はネットを屈指してコミュニケーション能力を身につけようと検索するのである。
そして、一つの結論に辿り着く。
傾聴テクニック。
聞けばええんやで。話さんでええねん。とにかく聞けばええねん。
これによって多くの意識高い系は聞くだけでコミュニケーションをマスターしたと勘違いし始めるのである。
秋月はその典型だった。なんだ聞けば良いだけなのか。楽勝じゃないか。明日からコミュニケーションの天才。女子にはモテモテ。うはうはライフが待っている。勿論、待っているわけが無かった!
そりゃそうだ。テクニックをいくら知ったところでうまく使えなければ意味がないのである。
だけど、テクニックとしては知って損は無いし、子供に使うぐらいならば秋月の拙い力でも効果を発揮する。
傾聴テクニックその一、相槌。
とにかく相手の顔を見ながら真剣に聞いてますよーといった感じに相手の話の間に入れる。
秋月は大きくわかりやすく頷く。
その際、黒髪の少女と目が合う。少女は急になんで大きく頷き出したの? という顔をしていたが気にしない。
「そうか、売られたのか」
「そうですよ。実の親に売られたんですよ? でも、僕たちだけが珍しいわけじゃない。ここにいる奴らも少なからず僕と同じような境遇のやつはいますよ」
傾聴テクニックその二、オウム返し。
相手の言った言葉を繰り返す。
同じ言葉を繰り返すことでこの人は自分の話を聞いてくれているんだなと相手は感じやすくなる。
「実の親に売られたのは君だけなく、ここにいる子たちも同じ境遇であると?」
超絶簡単なテクニックなので意識高い系は使いまくり、オウム返ししかしない奴ばかりになったのは否めない。秋月も使いまくった結果、うざがられキモがられた。使い過ぎは注意である。秋月は内心死にたくなってきた。全部オウム返しする必要は無かったんだよな、あの頃の自分を殴りたい。自分の意見無いの? と言われた時の衝撃と言ったら。あぁああああと秋月は転げ回りたいのを必死に抑えた。
「ええ、当然でしょう? あんなところで集まっているのは僕たちみたいな境遇な奴らだけですよ。同じように集まって協力し合うしかないんです」
「なるほど。君たちは辛い境遇の中、協力し合っていると」
秋月はオウム返し。君の言っていることを理解していますよーと相槌をしながらオウム返し。
またも黒髪の少女と目が合う。少女は少し怪訝そうに首を傾げる。あれ? こいつさっきからオウム返ししかしてなくね? という顔をしているが無視である。
「そうですよ。僕たちは、僕は今生きる為に必死に働いてきた。ルイを食べさせる為に僕がどうにかするしかなかった。誰も、誰も助けてくれない」
両手を握りしめる。秋月はそれに合わせるようにして同じように両手に握りしめる。
傾聴テクニックその三、ミラーリング。
とにかく相手の真似をしろ。相手が立ったら立ち、座ったら座る。
人間は同じ動作、行動をしている人に親近感を抱きやすくなる。確かにその通りで同じ作業をしているだけで仲が深まることはよくある。
「生きる為に、妹の為に働くしかなかった。誰も助けてくれないから」
「そうだ! 誰も助けてくれない! 恵まれた貴方とは違う!」
リーダーの男の子は握った拳を胸の辺りまで上げて、膝を屈める。感情が昂り、彼はまるでスーパーサ○ヤ人のように力んでいた。
「そう、だな。確かに俺は恵まれているかもしれない」
勿論、秋月は相槌をしてオウム返し行い、ミラーリングを行う。
リーダーの男の子と同じように拳を胸の辺りまで上げて、膝を屈める。悲痛の表情を浮かべながら。はたから見たら便意を我慢しているようにしか見えないかもしれない。
黒髪の少女はこちらを戸惑った様子で見ている。え? この人、急に屈み出したの? 若干、引き気味であるが気にしてはならない。リーダーがぷるぷると震え始めたので秋月も同じくぷるぷると震える。少女は扉と秋月を何度も繰り返し見て、焦った様子だった。小声で「え? と、トイレ、行った方が、え?」というのが聞こえたが無視しておく。
「そうだよ。貴方には両親がいる。僕には、僕には両親が、なんで、なんで、なんで、父さん、母さん、なんで僕を捨てたんだ。僕がいけなかったの? ルイだっていたのに。なんで売ったの? なんでだよ。おかしいだろ!」
リーダーは目に涙を浮かべ悲痛の声を上げた。周りの子供たちも辛そうに俯く。
黒髪の少女だけはビクッと身体を震わせる。話についていけてないのか、リーダーが泣き出している事に困惑している様子だった。
「君はずっと生きる為に、妹の為に働いてきた。誰も助けてくれない中、ずっと辛い想いをしてきた。だけど、君はそんなことよりもお父さんやお母さんが君たち兄妹を売ったことの方がずっと嫌で悲しくて、信じられなかったんだな」
傾聴テクニックその四、バックトラッキング 。
相手の話を要約する。話の終わりに相手が何が言いたかったのか順に話してどういう感情を抱いたのかまとめるテクニック。
かなりおすすめ。傾聴テクニックの真髄と言える。
相手に対して自分の発言を再度確認することができるし、自分自身も要約することで相手が何を言いたかったのかが明確になり確認にもなる。更にこのテクニックを使用するには相手の話をきちんと聞いていないと出来ない。故に真髄なのである。
「あっ、あっ、うっ、そうだよ。なんで僕たちを捨てたんだよ。なんで、売ったんだよ。なんでだよ。会いたいよ。会いたいよぉ」
リーダーの男の子は秋月の言葉を聞いて自分自身の気持ちに気づいたのか泣き始めた。
黒髪の少女は急に泣き始めたリーダーについていけてないのかなんでそこまで泣いているの? え? なんで? と困惑している。
「そして、なにより会いたかったんだな。ずっと会いたかったんだな」
秋月は彼の気持ちを確認するようにそう言った。
「うっ、あぁっ、うっ、会いたい。会いたいよ、会いたいよぉ」
威厳をかなぐり捨てて彼は座り込み、目から涙を流しながらどこにいるかわからない両親に懇願し始める。
秋月は彼の元へゆっくりと近づく。
そして、ミラーリングするように彼と同じようにしゃがみ込み、肩に手を置く。
不満を引き出す言葉が「大変じゃない」である。
不満、つまり苦労話を聞き終えた後、言うべき言葉がある。
それが、
「そうか、今まで、今までよく、頑張ったな」
秋月は深い慈しみを込めて言う。
「妹の為に、誰も助けてくれない中、君はよく頑張った」
リーダーの男の子は秋月の方に顔を上げて、呆けたような顔をした後、
「っ……あっあああ! うっああああああああああ!」
号泣し始めた。秋月は彼の頭を抱き寄せ、彼の背中を摩った。
ふと顔を上げると、茶髪の少女が泣いていた。目が合った。彼女は感受性が高いのだろう。秋月はメイドの情報を思い出し、少女を見ながら言う。
「君も大変だったんじゃないか?」
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