07 黒歴史の始まりだ

 秋月はあれから何度も街中を巡る。目的はチート勇者に対抗し、秋月を警護する為の子供達を見つける為だ。

 無知な子供を騙す行為だが、秋月とっては命に関わることなのでここは心を鬼にする他ない。

 働いている子供達を見ながらどの子を候補にするか吟味する。

 一人ずつ選ぶのは難しい。集団になっていて、ある程度自由であることが条件だ。雇主に完全に拘束されている子供は秋月の存在がバレてしまう恐れがある。存在がバレればいつ黒幕のエドワードの耳に届くかわかったもんじゃない。あくまでも秘密裏に自身の最強の軍団を作る。それが秋月の目標だ。

 秋月は雇主に完全に支配されておらず、集団で協力して生きている子供達の候補をいくつか目をつける。それから犯罪をしていないことを確認し、子供達の素性をなるべく調べた。もちろんメイドに協力を要請する。情報はそこまで期待はしていなかったが、それなりに情報を得られた。表面上だけだとはいえ、このメイド、意外に有能で怖い。なにをするつもりなのかものすごくしつこく聞いてくるが秋月は悪さはしないと逃げ切った。白い目で見てくるのが恐ろしい。


 秋月はメイドに魔法や教育に必要な本を大量に買わせる。それらはアーロンの小遣いで買う事が出来るので、秋月は容赦無く買い漁る。教育する立場である秋月が魔法や剣術、またこの国の法律、歴史、政治について全く分かっていないとヤバいので必死に勉強する。取得する方法が本しか無いのがキツすぎると嘆く秋月。しかし、やるしかないと、メイド相手に本の内容をアウトプットしまくる。


「今日もやるぞ」


「ま、またですか?」


 メイドは後退る。ここのところずっと秋月はメイドに読んだ本の内容を聞かせまくった。とにかく聞かせまくった。


「仕事が残っていますので、すみませんが……他の方に」


 逃げようとするメイドの腕を掴む秋月。


「この俺にお前以外に話し相手が居るとでも?」


 にっこりと笑顔で言う秋月。嫌われ者のアーロンに話しかけようなんて使用人は居ない。精々、必要最低限の話をするぐらいだ。正直、ここまで悲惨な状況に秋月は笑いが出てきたくらいだった。


「そんな悲しいことを笑顔で言わないでください」


 メイドは嘆くように首を振る。


「お前しか居ないんだよ」


 秋月は諦めろと言わんばかりにメイドに告げる。


「うっ……そういう言葉はもっと違う形で聞きたかったです」


 メイドは溜息を吐き、観念したようにこちらを向く。


「それとだ。俺一人でこの量の本を読み切るのは難しい。そこでお前にも、ここにある本を読んで俺にーー」


 メイドは脱走していた。



 アーロンも一応、教育を受けている。そんな良い機会をみすみす逃すわけにはいかないので秋月は必死に専門の教師の話を聞いて頭に叩き込む。分からないところは徹底的に尋ねる。とにかく今は少しでも知識を増やすことが先決だ。

 またアシュリーにも中級魔法について教えて貰おうとアシュリーの部屋を訪ねることにした。

 アシュリーの部屋をノックすると、アシュリーが「誰?」と問うので「アーロンだ」と答えると部屋の中からなにか物が散乱するような音が聞こえ始める。しばらく待っていたのだが、入って良いという返事が無いので迷っていると「入りなさい」と漸く返事が返ってくる。

 中に入ると、アシュリーは豪華な椅子に座り、本を机に広げて優雅に紅茶を飲んでいた。まるで何事も無かったかのように。

 部屋を見渡すと、豪華であり綺麗な部屋だった。アシュリーのイメージだともっと派手な印象があったがそういう装飾はなく、清楚な感じの部屋である。


「あなたがここに訪ねてくるなんて珍しい。どうかしたの?」


 アシュリーは紅茶を飲みながらどうでも良さそうに尋ねてくる。秋月には全く興味ないですけど、といった態度だ。

 正直、これは賭けだ。アシュリーがあの時中級魔法を教えてやると言っていたので、もしかしたら教えて貰えるのではないかと思いダメ元で来たのだ。アシュリーはアーロンを好いていない。あの言葉もアーロンを見下す為だけの言葉であろう。正直、真に受けたのかと馬鹿にされるのは目に見えてわかるがそれでも秋月には時間が無いのだ。駄目ならすぐ諦めて違う方法を模索するだけだ。


「中級魔法を教えてほしい」


 秋月は素直にそう願い出た。交渉材料が無い以上、すぐにこちらの要求を出した方がいい。勿体ぶったところで時間の無駄だしな。

 アシュリーはカップを片手に何を言われたのか理解出来ていないという顔でこちらを唖然として見ている。


「ぷっ……あははは、嘘? え? 本当に? あははは」


 そして、吹き出すと爆笑し始めるアシュリー。

 秋月は失敗したなと後悔する。やはり、ただアーロンを見下して言っただけに過ぎない言葉であった。


「あの、あなたが、私に教えてほしい? ぷっ」


 アシュリーは笑いが堪えられないといった感じである。


「へー、私に教えて欲しいわけ。なるほど。そうよね、あなたじゃ中級魔法なんてまだ出来ないものね。ふーん、そう、教えてほしいわけ」


 アシュリーは嬉しそうに秋月を見下してくる。


「……そうだ」


 秋月は金髪美少女の嗜虐的な視線に絵になるなと思いつつも肯定する。


「そうね。どうしようかしら。ふーん、そう。メイドが居ないねー。ふーん」


 アシュリーは嬉しそうに秋月を値踏みするように見てくる。

 秋月はこれは無理だなと判断する。ただからかわれておしまいだ。きっと教えてもらえないだろう。


「邪魔したな」


 秋月は次の手を打つ為に踵を返してアシュリーの部屋を去ろうとする。


「ちょっと! 待ちなさい!」


 アシュリーの焦る声が聞こえた。振り返ると、アシュリーは立ち上がっていたが、紅茶が溢れて黒のスカートを汚していた。

 秋月の脇を影が通って、アシュリーのスカートをハンカチのような物で拭いている小柄なメイド。こいつ、いきなり現れなかったか? いや、居たのか、この部屋に。唐突に現れたメイドに驚いていると、そのメイドはアシュリーのスカートを脱がそうとしていた。


「まち、待ちなさい! 今はあいつが! ちょっと! あ、あなた、すぐに出て行きなさい! 出てけ!」


 顔を真っ赤にしてスカートを死守しながら叫ぶアシュリーに秋月はすぐさま従うほか無かった。


 結局、無駄骨だったなと自室へ戻ろうとした時、目の前に障害にぶつかる。

 そこには先ほどの小柄なメイドが立っていた。いつの間に。なんだよ、このメイド。


「アシュリー様がお待ちです。どうぞ中へ」


 無表情でそういう小柄なメイド。妙な圧があるので従うしかなかった。

 部屋に入ると、何事も無かったかのように椅子に優雅に座っている。スカートは履き替えているようだ。


「しかたないわね。教えてあげる」


 アシュリーは何事もなかったかのようにすまし顔でそう言った。


「スカートはーー」


「教えてほしいのね。ええ、わかったわ。優秀な私は教えるのも上手いの。よかったわね。この私に教えてもらえて」


 被せるようにそう言ってくるアシュリー。


「火傷はしてーー」


「そう、見たいの。仕方ないわね。特別に私の風中級魔法を見せてあげるわ。では、外に行かないといけないわね。シエル、庭に行くわ」


 またも被せるようにアシュリーは言って、小柄なメイドに話しかける。

 なにが何でも先ほどの事は無かったことにしたいようだ。追求して機嫌を悪くされても困るのでこれ以上は何も言わないことにした。

 外に出てアシュリーに中級魔法を見せてもらう。そこから偉そうにいかに自分が凄いか自慢してくる。しかし、意外に魔法の使い方の説明は上手く、秋月は感謝を述べる。

 アシュリーは少し驚いた顔をして、


「卑屈なところが無くなったようね」


 微笑を浮かべていた。アーロンは卑屈というより性格が悪いだけのような気がするが、笑ったアシュリーは可愛らしかった。

 その後、アシュリーはメイドをボロクソに貶めた後、また来るように催促してきてその日は終わった。



「アーロン様はお変わりになりましたね」


 本を読み込んでいるとメイドがそう話しかけてきた。

 その目は優しい目をしていた。

 変わったも何も中身が違うのだから当然と言えよう。


「なにがあったかは分かりませんが、こんなに一生懸命勉学に励むことは良いことだと思います」


 命がかかっているので秋月も必死である。正直辛いし、諦めそうにもなるが、状況からかなんとかモチベーションを保っている状態だ。


「私もマリア様に顔向け出来ます」


 涙を浮かべてメイドは嬉しそうにそう言ってくる。マリアって誰だ。なんとなく予想は付くが、聞くに聞きづらい。


「そうか。そこまで喜んでもらえて俺も嬉しい。じゃあ、今日も協力してもらおうか」


 勿論、メイドが逃げ出すなんてのはわかっているので既に腕を掴んで逃走を阻止しておく。


「アーロン様はお変わりになりましたね」


 別の意味で泣きながらそう言うメイドに秋月はいつものように本の内容を聞かせ始める。



 秋月は父親の書斎まで来ると、書斎で必要な本を探す。そして、その本を必死に読み込む。

 久しぶりに読む本である。昔はよく感化されていたが、そんな昔の自分が恥ずかしくなる。なんちゃって意識高い系になっていたのだから。

 厨二病より酷かったかもしれない意識高い病。まるでこの世の真理を知った気になって他人を見下していた。何の成果も出しても無いくせに本の中身を読んだだけで何かをやり遂げた気になって無知な奴らに俺の知識を教えてやるんだと講釈を垂れていた。馬鹿かと。結果的にうざがられ一人恥をかいただけだった。

 昔を思い出して顔から火が吹き出しそうなくらい羞恥が襲い苦しい。いっそ殺してくれと秋月は愧死する思いで読み込んだ。



 すべての準備を整えて、目的の子供達を秋月の書斎へと招待する。

 書斎へと呼び出すのは難しいと思ったがメイドがどうにかしてくれた。本当、あのメイド有能で怖い。

 リーダーの男の子は警戒したように秋月を睨む。他の子供達は困惑した様子で書斎を見渡していた。

 メイドには外で待機してもらっている。


 さて、黒歴史の始まりだ。現代の意識高い系の力をとくとみよ。

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