06 雇えなければ育てればいい!

 メイドが買い物に夢中になっている中、ゆっくりとメイドから離れて市場の人混みに紛れた。

 漸くチャンスが回ってきたと秋月は思う。

 外に出た時からいつメイドを撒こうか様子を窺っていたのだ。そのチャンスが漸く来た。これまで街を回っている中でこっそりとメイドから離れようとした事があったのだが、そんな秋月の思惑なんて見破っていたのか全く距離を置くことが出来なかった。

 秋月は今回の散策で抜け出すのは諦めかけていた。どうにか次の時に屋敷から抜け出す方法を考えないとなと思った矢先にこのチャンス。逃すわけにはいかない。


 秋月は市場を抜け出すと、目的の場所へと向かう。

 六神教会と並んで巨大な建造物だと言われているそこには武装した荒くれ者たちが出入りしている。

 秋月が目指した場所は冒険者が集まるギルドである。

 巨大なギルドの前まで来るとは秋月は口の中が乾き、手が震える。流石に緊張する。

 だが、このまま入り口で立っていても仕方ない。せめてギルドがどんな場所か、それと相場くらいは知っておかなければならない。

 が、いざとなったらその一歩が踏み出せない。やっぱり止めよう。メイドに見つかって怒られるのも面倒くさいしな。


「なにボサッと立ってんだ。入るならさっさと入れ」


 後ろから押されて秋月は蹌踉ながら前進する。そして、ギルドの中へ入った。

 ギルド中では多くの冒険者がギルドの受付に並んでいたり、張り紙を見ながら仲間内で話し合ったりしていた。

 これがギルド。アニメと同じである。秋月は先程の恐怖心が失せて高揚感で一杯になった。

 背後からの「押さなくてもいいだろ。まだ餓鬼だぜ」「邪魔だったんだから仕方ないだろ」という声も気にならなかった。


 秋月は辺りをキョロキョロしながら張り紙の方に近づく。

 そこにはクエストの募集が掛けられていた。張り紙には見た事も無い言語で書かれている。秋月は日本語しか読めないはずだが、何故かその文字の意味を理解出来た。この世界の知識を得ようと本を読んだ時も読めないはずの文字を読むことが出来たのだ。ご都合主義って奴なのか、それとも、ネット小説では勇者たちも同じ様にこの世界の文字を読む事が出来たからその影響が秋月にもあるのか、どちらにしろ一から文字を学ぶ必要が無くて助かった。

 クエストと銘打っているが、見た限りでは基本的には労働求人募集である。秋月のイメージしていたクエストとは程遠い。魔物退治とか無いのかと目を走らせると、採取、討伐クエストと書かれた場所があった。

 そこには秋月の求めていたクエストが書かれていた。

 薬草採取や高級食材採取、魔物退治、そして、残党魔族退治。

 おおっと秋月は目を輝かせる。このアニミズムの世界は魔物は出てきても魔族はあまり登場しない。何故なら魔族は人間によって一度滅ぼされたという歴史があるからだ。絶滅はしていないが、人類に害を及ぼす事は無いくらいには影響力を失った。魔物も人間が住んでいない場所に生息している。人間でも対処が難しいドラゴンやクラーケンなど上位種以外は人類が制圧しつつあるとの事。秋月はこの世界でも地球と同じことが起きているんだなと感慨深く思った。


「クエストをお探しですか?」


 張り紙を眺めていると、男のギルド職員が話しかけてきた。

 いきなりだったので秋月はビクッとなる。


「いや、違います。むしろ逆です」


 別に職探しに来たわけではない。依頼しにきたのだ。


「えっと、ご依頼ですか?」


 少し困った様子の職員に秋月は頷いて肯定する。


「親御様はいらっしゃいますか? もしくは親御様の代理ですか? 代理書をお持ちではありませんか?」


 当然居ないし、また代理でも無いので首を横に振る秋月。

 困った顔をする職員。

 秋月も分かる。この職員は非常に困っているのは秋月自身も分かっていた。秋月はどう見ても子供。そんな子供がクエストを受けに来ただけならば小遣い稼ぎにでも来たのかなと思うかもしれないが、依頼となると話は別だ。報酬を支払うという義務が生じる。しかし、秋月みたいな子供に支払い能力があるとは思えない。

 事実、秋月は全く資金を持たずここに来ている。圧倒的、後先考えない男。

 いや、本当は相場を見るだけのつもりだったのだ。しかし、この職員が話しかけてきてクエストをお探しですか? とか聞いてくるからテンパって正直に答えてしまっただけなのだ。秋月は自分は悪く無いと思う。服屋や電気屋みたいに必要としていないのに話しかけてきたのが悪い。


「えっと、一応、報酬金の方はどれくらいを想定なさっていますか? 最低ランクFならばどうにかなるかもしれません」


 困った職員は話を続ける為に尋ねてきた。

 職員からしたら苦し紛れだったかもしれないし、また折角子供がここまで来て依頼をしようとしてきたのだからという秋月に対する気遣いだったかもしれない。

 しかし、秋月とっては最悪の質問だった。何故なら、秋月が自由に出来るお金は0。正真正銘、無一文なのである。

 秋月は冷や汗を掻く。何か言わなければならない。職員の気遣いの笑顔が秋月を追い詰める。

 だからこそ、キメ顔で言うのだ。


「出世払いで」




 追い出された。

 あの後、職員の顔が笑顔で固まり、妙な沈黙が流れた後、爆笑する笑い声が背後から聞こえた。

 一部の冒険者が秋月と職員のやり取りを聞いていたらしくツボにハマったのか爆笑していた。その所為で注目を浴びてしまい、居た堪れなくなっていると職員に「資金の用意が出来ましたらまたのお越しを」と至極真っ当な理由で入り口の方を手で指された。

 ギルドを出て行く途中「出世払い?」「出世払いだって」「出世払いで、かっこいい」「出世払い、俺も言いてぇ」「出世払いだってさ、可愛い」「出世払いかぁ、流石に報酬は欲しいな」「出世払いーー」


 勘弁してくれ! 秋月は顔が熱くなるのを感じながらギルドから逃げるように出て行った。


 確かに、確かに秋月も悪かった。何も資金を持たずギルドに行ったことは謝ろう。だが、人の話を盗み聞する上に笑うなんて良くない。更に言えば集団で人の失言で揚げ足を取るのは良くない!


 秋月は自分は全然悪くないと思いながら街中を歩き、大分怒りと羞恥が引いてきた時だった。


「アーロン様」


 凍えるような声が横から聞こえた。

 忘れていた。これは完全に秋月が悪いなと自身の罪を認めるしかなかった。


 メイドにこっ酷く叱られ、大量に抱え込んでいた荷物を罰として持たされることになった。

 こいつ、どんだけ買い込んだんだよというくらいの荷物だ。秋月が持ちきれず半分はメイドが持っている。こいつの無駄遣いが無くなればどうにか一人くらい冒険者を雇えるんじゃないかと不満に思うが記帳する以上どうにもならないだろう。


 怒り心頭で帰りますよと言われ帰路につく。

 そんな時、秋月と同じくらいの歳の子供が働いているが見えた。異世界ファンタジーだし、現実の世界でも子供が働いているなんてよくある話だろう。特に何も思うわけでもなく見つめていると、メイドが立ち止まった。秋月はいきなり止まるなよ、ぶつかるだろと不満げに視線をメイドに向けたが、メイドは働いている子供を見つめていた。


「どうした?」


 秋月は怪訝に思い問いかけると、


「私は幸運でした」


 いきなりそう言った。怒り過ぎて頭がおかしくなったのかと心配したが、


「マリア様に見初められましたから。もし、そうでなければあそこにいる子たちと同じだったでしょうね」


 メイドはいつになく真剣な表情で子供たちを見ながら言った。メイドも元々裕福ではなく、貴族の屋敷で働く身分では無かったのかもしれない。

 しかし、マリアって誰だと思っていると、


「あの子たちも私と同じように教育を受ければきっと違う道に行けたかもしれませんのに」


 メイドはそう同情に似た眼差しで働く子供たちを見つめる。


 秋月はそのメイドの言葉で脳裏に火花が散る。これだ。なんで思いつかなかった。こんな簡単な事に何故すぐに至れなかった。

 雇えなければ育てればいい!

 時間はある。まるでこの為と言わんばかりに父親の書斎も存在する。

 俺の最強の軍団を作ればいいのだ。

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