05 やっぱりこいつただのカモじゃねーか!

 屋敷から出て街へ繰り出す。

 気分転換がてら情報収集も兼ねて街がどうなっているのか視察気分だったのだが。


「いいですか。アーロン様、あまり遠くへは行ってはいけませんよ。危険な場所もありますからね」


 何故、このメイドも一緒なのか。人差し指を上に向けながら偉そうに説教してくるメイドに秋月はウンザリとした気分になる。

 百歩譲って衛兵なら分かる。一応、大貴族の子息であるので護衛を付けるのは当然と言える。しかし、護衛として来ているのは十代後半のメイド。いや、メイドが一緒に来てくれなかったら外に出れなかったかもしれないので感謝はしているが。


 秋月は外に出ようとした際、門番に止められた。護衛をつけないと外に出られないというのだ。正直、気分的には一人で外出したかったのだが、仕方ないと衛兵に護衛を頼むとすごく嫌そうな顔をして誰も行こうとしてくれなかった。

 これでもラングフォード家の子供なんですけど、普通媚び売っておこうって思う奴が一人くらい居てもいいんじゃないかと秋月はアーロンの不人気さに愕然とした。

 そんな時、メイドが追いついてきて自分がアーロンに同行するというと、門番は渋々といった感じに許可をした。正直、いいのかと秋月は思う。いくら人望が無いとはいえ護衛がメイドって。他の衛兵もこの人なら大丈夫かみたいな空気で去っていった。このメイド、何モンだよ。実は武術の心得でもあるのか? と、秋月は引き気味にメイドを見つめたが、メイドはキョトンとした顔をしていた。


 街中を散策していると、この街は結構大きい街だということが分かった。

 当然といえば当然かもしれない。アニミズムの舞台となる街なのだから。六神教の教会やギルドも存在する。

 丁度、秋月はギルドを目にする。ギルドの前では多くの冒険者たちが行き交っていた。

 もし、資金があればギルドに依頼して冒険者を雇ったり、直接雇用出来たりしたかもしれない。

 だが、肝心の資金が手元に無い。もどかしい。資金が無くても覗くくらいいいんじゃないか。どれくらいの相場なのかくらい知っても問題ないのでは?


「アーロン様?」


 ギルドに目を奪われていた秋月にメイドが声をかけてくる。

 秋月はメイドの存在に気付きギルドに向かいそうになった足取りを止めた。

 もし、ギルドに行きたいと言えばメイドに阻止されるのは目に見えている。

 ただでさえ、先程、衛兵や冒険者を雇う雇わないの話をしたばかり。好奇心で覗きたいと嘯いても信用されないだろう。メイドにとっては首がかかっている。勝手に雇われでもしたら困るだろう。それにギルドは荒くれ者の多い冒険者が居るところ。そんな所へ行く許可を取れるとは到底思えない。くそ、このメイドさえ居なければと秋月は悔やむ。

 秋月は後ろ髪を引かれるように「なんでもない」と言ってメイドの後に続いた。


 市場ではあくせくと働く商人たちの怒号が飛び交っていた。

 秋月は商売人魂剥き出しの彼らにドン引きしつつ、市場を回る。

 どこもかしこも商人と消費者の壮絶な値切り闘争が始まっていた。

 メイドは最初は秋月と同じくただ見て回るだけだったのだが、熱心な勧誘に捕まると真剣な表情で野菜や肉を吟味し始めた。


「嬢ちゃん、一つ、どうだい? ウチの野菜は新鮮でうまくてデカいって評判だ。他の店のものを買うより断然ウチのを買っていった方がお得だぞ」


 メイドはキャベツに似た野菜を手に持って真剣に眺める。

 緊張の一瞬というべきか。商人の男も笑みを浮かべていたものの目は真剣そのものだった。


「確かに瑞々しくて大きく、それでいて虫食いもありません。葉も緑で良い日光、良い土で育ったんでしょうね」


 褒めちぎっていた。実際、その野菜はそう見えるし、品質は悪くないのであろう。

 商人の男は「だろう。お買い得だぜ」と言いつつも、次に来るであろうメイドの言葉を待っていた。

 秋月もここから壮絶な値切り闘争が始まるのだろうと固唾を飲んで見守る。


「一つ、お願いします」


 メイドはそう言って持っていた野菜を差し出す。

 商人と秋月は拍子抜けした。ここから値切りが始まると思っていたからだ。

 商人も戸惑った様子で「あ、ああ」と言って紙袋に野菜を詰めて渡す。メイドもしっかり提示された金額を渡した。


「他にもいい野菜はありますか?」


 そして、メイドはそう言って商人の顔を見る。

 商人はニヤッとする。秋月も商人の気持ちが分かった。なるほど、今から始まるわけだ。先に一つ商品を買っておくでメイドが買わないかもしれないという心理を取り除いておき、更には商人に対して先に定価で買ったという事実を有利に活用して、値段を下げやすくするという事なんだろう。


「そうだな、どれも良い出来具合だが、特別というならこれだな。今年うまく出来た野菜だ。この中では一番いいじゃないか」


 商人も商人でどれも良い野菜であると予防線を引きつつ、一番良い商品を見せる事で値切りを回避しようとする。

 メイドは人参に似た野菜を持って真剣に吟味し始めた。


「なるほど、艶があって、色も濃く鮮やかですね」


 秋月と商人はメイドの一挙一動を見守る。どんな値切り交渉が飛び出すのか。秋月は少しワクワクする。


「買います。これお願いします」


 メイドはにっこりと人参に似た野菜を商人に渡す。

 商人はまたも拍子抜けといった顔をしていたが、すぐにニヤッと笑い「嬢ちゃん、こっちもおすすめなんだけどな」と更に野菜を進め始める。

 秋月は値切り交渉は? 壮絶な心理戦は? こいつただのカモじゃねーか! と秋月は次々に買わされるメイドに顔を手を覆うしかなかった。


 メイドは紙袋を持ちつつアーロンの後をついてくる。一度たりとも値下げ交渉をしなかった。つまり、全部定価で買ったことだ。アーロンは子供だからと資金管理が出来ないと言われているが、このメイドこそ資金管理出来ないんじゃ無いかと思う。


「良い買い物が出来ました」


 満面の笑みを浮かべるメイド。向こうもそう思っているだろうよ。良いカモが来たってな。


「何故、値下げ交渉しなかったんだ?」


 気になった事を尋ねる秋月。秋月の世界ではあまり値下げ交渉は出来る空気では無いが、クーポンやポイントを使ったりすることは当たり前だ。あの市場では値切りが当たり前で良い商品をいかに安く手に入れるかが重要なのだ。


「何故と聞かれましても。する必要がないと思ったからです。あそこのお店の野菜は本当に良いものでしたし、値段も相応でしたから」


 そう返してくるメイド。だからと言って値切りが当たり前の状況で値切りをしないのは自分だけ損するだけだ。それを告げると、


「それは違いますよ。値切りをして安く物を買おうとすればその時はいいかもしれません。でも、次からは良い商品は紹介してもらえないのです。私はアーロン様の健康管理を担っております。安く良いものを手に入れるのが一番良いですが、重要なのは品質の良いものを手に入れることなのです」


 秋月はメイドの正論にうっと黙ってしまう。確かに商人からすれば値切りばかりしてくる客に良い商品なんて紹介しない。

 このメイド、なんだかんだ言いながらも秋月の事をしっかり考えてくれているのかと感心する。

 あまりに買わされまくるのでこいつ馬鹿なのではないかと思い始めていたが、認識を改める秋月だった。


「ほら、証拠にあの八百屋さんに他の良いお店を紹介して頂きました。魚屋に精肉屋、果物屋。アーロン様の健康の為に良い商品を手に入れなければなりません。アーロン様、行きますよ」


 使命感を携えてガッツポーズしながら歩き出すメイド。まだ買う気かよとアーロンは愕然とする。

 しかし、こういう状況、どこかで見たことあるような。

 個人情報、名簿、共有、詐欺、悪用。

 そうだ。騙されたカモは詐欺仲間で共有するカモリストってものが存在する。

 秋月の脳裏に商人のニヤッとした顔が過ぎった。


「アーロン様? 置いて行きますよ」


 きょとんした表情でこちらを待つメイド。

 やっぱりこいつただのカモじゃねーか!

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