04 いきなりの挫折ってどういうことですか

 体調を整えて秋月は屋敷を歩いている。

 しかし、大貴族なだけあって豪邸である。前世でもこんな家に住みたかったが、残念なことに秋月の父親は平のサラリーマンだった。


 メイドがいない隙に抜け出したが、見つかったらまた叱られるだろうなと少しだけ憂鬱である。

 ふと、少し先の扉が開く。

 そこから出てきたのはアシュリーだった。まだ二桁行っているかいないか位の歳の少女。金髪で綺麗に整った顔立ち。ぱっちりとした青い瞳。これ将来絶世の美女になるの確定と言わんばかりの美貌である。こんな美少女と秋月は兄妹であるのだ。秋月からしたらどう見ても人種違うじゃんと言いたくなるが、他の人は違和感を覚えていないようであるのだ。


「っ」


 アシュリーはこちらに気付くと少しビクつく。そして、睨むようにこちらを見る。秋月は嫌われているなと思う。アシュリーとアーロンの関係はネット小説ではあまり描写されていないが、あのアーロンの性格から考えて嫌われていて当然と言えよう。それにアシュリーはエドワードを慕っている。

 反対側の廊下へ進むかと思えばこっちへ向かってくる。

 仲良くない相手とすれ違うのって物凄く緊張するのは秋月だけだろうか。少しだけビビりながらも、可愛らしい美貌をチラ見する。可愛いのに性格が酷いなんて勿体ないなと秋月は思う。


「いつもくっついてるメイドはいないわけ?」


 すれ違う時、そうアシュリーに言われる。

 まさか声を掛けられるとは思わないので驚く。

 秋月は動揺して「あ、ああ」と頷くほかない。アシュリーとどういう関係か分からないので対応の仕方がわからない。


「ふーん、大丈夫なわけ? あのメイドが居ないと何も出来ない癖に」


 小馬鹿にするように言ってくる。


「さっきも馬鹿みたいに倒れていたし。能力低い奴って体調管理も出来ないんだね。可哀想」


 めっちゃ煽ってくるんだけど、どうしたらいいのか。

 アーロン、いつも妹にこんな事言われていたのか。とりあえず「くっ」と悔しそうな顔をしておく。

 そんな秋月の顔を見て、満足したのかアシュリーは更に口を開く。


「あんなメイドにひっつきもっつきだから駄目なのよ。エドワード兄様を少しは見習ったら? エドワード兄様はメイドなんて引き連れずにいつも一人でなんでもこなしてらっしゃるのに。大体、あのメイド、お母さまの贔屓だったからってちょっと調子に乗ってるわよね」


 それにしてもさっきからあのメイドの話ばかりだ。アシュリーもきっとあのメイドに酷い目に合わされたから嫌いになったのかもしれない。子供からしたらいくらしつけとはいえ、あの叱り方は良くない。トラウマになりかけた。アーロンもきっとあのメイドの所為でグレたのかもしれない。


「あなたも少しは自立したら? あんなメイドなんて必要ないでしょう? 私はもう風の中級魔法を使えるようになったのよ。教えて欲しい? 欲しいでしょう? だったら、あとで私の部屋に」


「アーロン様!」


 得意げに話しているアシュリーを遮るように声が聞こえた。

 その声の持ち主はこっちに早歩きでやってくる。


「部屋に居なくて、どこにも居ないと思ったらこんなところにいらっしゃったんですね。いくら体調が良くなったからと言って勝手な行動をされては困ります……アシュリー様」


 メイドは秋月一人だと思ったのかいつもの調子で叱ってこようとしたが、アシュリーの存在に気づいたのか、すぐに恐縮するように頭を下げる。

 アシュリーは先ほどまでは機嫌が良さそうだったのにいきなり不機嫌になり露骨に「チッ」と舌打ちする。それから、元来た道を戻る。いや、なんでこっち来た? と問いたい秋月だった。アシュリーは先程の部屋の前まで来るとまたこちらに振り向き「チッ」と舌打ちする。そして、扉を開けて中に入る。その際、扉が勢いよく閉まり音が鳴り響く。いや、なんで外出てきた? と問いたい秋月だった。


 メイドに連れられてまたも自室に戻る。

 秋月は読書をするふりをしながら、思考する。

 屋敷を見て回った限り、秋月の今の状況がどうであるかなんとなく確認出来た。

 そこで、目標のその二とその三が今の段階では不可能である事がわかった。

 その二、元の世界に戻る。つまりは召喚士を探すことだが、今の段階で会うのは難しいという結論に至った。召喚士が誰であるかは既に分かっている。ネット小説でも登場しているし、ヒロインの一人でもある。しかし、彼女は特別な地位に属しており、いくらラングフォード家の子息でも気軽には会えない。

 その三、婚約者に優しくするだが、そもそもその婚約者がここに居ない。レイラ・神無月が婚約者としてやってくるのはもう少し先であり、居ない者に優しくするのは不可能である。

 結局、保留にしようとしていたその一を達成するしかない。


 しかし、問題がある。

 ラングフォード家の評判があまりよろしくない。血統主義なだけあって民衆の評価は低い。唯一救いはエドワードが優秀なだけあって、その辺りは評価されているようだ。皮肉だよなと秋月は思う。一番評価されていたエドワードが黒幕でこの世界に何度も危機をもたらすっていうのに。

 エドワードは良いとして、問題はアーロンだ。すこぶる評判が悪い。メイド以外、使用人のアーロンの対応が酷い。先程、屋敷を見て回っていたので嫌でも嫌われているというのを肌で感じた。完全に避けられている。ラングフォード家の跡取りはエドワードに確定しており、アーロンは何の取り柄も無い威張るだけの屑という印象が蔓延している。

 アシュリーも同様に優秀ではあるがエドワードには及ばない性格に難がある娘だという噂がある。

 エドワードは黒幕なだけあってヘイト処理をうまくやっているのか、称賛の声しか聞こえない。悪名高いラングフォード家の中で唯一の救いと言われるだけある。

 しかも、秋月がもっとも期待していたボディーガード候補のラングフォード家の衛兵たちが全員エドワードの取り巻きでアーロンを蚊ほども気にかけておらず寧ろ見下してすらいる。アーロン、お前はなんて駄目な奴なんだと秋月は絶望する。


 しかし、秋月だってここで諦めるわけにはいかない。正真正銘命がかかっているのだ。

 内部が駄目なら外部から得ればいいじゃない。腐っても大貴族のラングフォード家。金と権力だけはある。アーロンの所有する財産を使って外部から衛兵、最悪、冒険者を雇えばいいじゃない。楽勝。

 秋月は自身の名案に酔い痴れ、早速、メイドのところへ直行する。


「そんなお金ありませんよ」


 メイドから告げられた言葉である。秋月は呆然とする。無い? お金が無い? こんな豪邸に住んでてお金が無いってどういうことだよ。お金持ちなんだからそれくらいあるだろうと思っていたのに、何故?

 その理由をメイドが教えてくれた。アーロンの年齢でそもそもお金の管理を任されるわけがない。という至極真っ当な理由を。確かにアーロンは思春期も来ていないような少年である。そんな子供に資産管理を任せるわけがない。

 それは確かに正論だ。だが、それでもいくらか自由に出来る資産があっても良く無いか。お金持ちの坊ちゃんでしょう、アーロンは。


「小遣いもないのか?」


 秋月は切羽詰まった感じに尋ねる。


「アーロン様の雑費用のお金はありますけど……」


 なんだ、あるんじゃないかとほっとする秋月。

 だが、メイドの歯切れが悪い。


「使用したお金は全て記帳しなければなりません。衛兵や冒険者を雇う為にお金を使えば私が首を飛ばされます」


 そう答えた。

 アーロンのお小遣い、というか、雑費用のお金はあるが、それは何に使ったか使用用途を記帳しなければならない。

 ラングフォード家には既にボディーガードがいる。なのに、新たな衛兵を雇うわけがないし、そんな勝手なことをすればメイドは首になる。


 ジレンマ。これがエドワードの行動であったならば許可されていたかもしれない。しかし、アーロンの行動であれば却下されるだろう。ネット小説のアーロンは異常に父親に認められることに執着していた。つまり、父親に全く相手にされていなかったって事だ。


 秋月はメイドから気落ちしながら離れる。読書する気にも起きず、秋月は自室の部屋から出ようとする。


「どこに行くんですか?」


「散歩だ」


 メイドに問われ、秋月はそう答えた。

 部屋の中で居たら鬱でどうにかなりそうだ。外にでも出て気分転換するしかない。

 全く進展していないどころか行き詰まっている。

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