第5話国外追放の執行

 昨夜、父との会談の後から、私は早急に今後の対策の為の準備を行っていた。


 あの王太子が、国王の帰還を待たずに私の国外追放を執行するのでは?と、言う危惧があったからだ。


 脳内お花畑の王太子の事だ、国内で処刑などしては、宰相で父たるファルファーレン公爵を筆頭とした、大貴族達を相手にしなくてはいけなくなる恐れが有る。


 幽閉なら国王が戻り次第即座に解放、婚約破棄も含め無かったことにされるだろう。

 国外追放なら国王も早々手を出せず、上手くすれば私が野垂れ死ぬか、魔物の手により死ぬ……算段なのだろう。

 最悪暗殺もありうるかも……。

 考え出したらキリがないから、この思考は打ちきりにしよう。



 兄達を見送った後も、自室に籠り同じ作業を続けている。

 昼食を済ませ、再び続きの作業をしようと机に戻った時だった……。

 にわかに屋敷の外?……出入口付近かしら?階下が騒がしくなってきた。



「お、お嬢様!!……た、大変です……!!」

 常に無い、大きな声で侍女のヘラの声が響く。

 バタバタと廊下を走る音に続いて、何時もより大きなノックの音。


 …………もう来たのか……。


「どうぞ」


「お、お、お嬢様…………」

 顔面蒼白で、全身がガクガク震えているようだった。このまま倒れても可笑しくは無いような、公爵家の仕用人としては有り得ない立ち居振舞いになっている。


 ……まぁ、此ばかりは仕方がないわね。


 ヘラは、私にとって有る意味母のような姉の様な近しい存在でもある。


 彼女も、単なる仕える屋敷の主人の娘……よりも近しく捉えてくれているのだろう。



 彼女の背後、部屋の入り口から男の声が上がった。


「アデレード・ルシア・ファルファーレン様ですね?王太子殿下からの勅令です。貴女を国外追放の刑により、今から国境までお送りします」


 侍女の後ろから入ってきたのは、王国騎士の鎧に身を纏った者……通路にも数名……宮廷魔導師団のローブを着用した魔導師が、見えていることから、魔法による抵抗でも警戒しているだろうか。


「あら……随分とお早い沙汰ですのね?

 ……まぁ、来てしまったものは仕方がないわね。支度をするから少しお時間を取って下さる?……まさか、追放とは言え公爵家の人間をこんな格好で放り出す訳では無いでしょう?」


 室内着……とは言え、レースをあしらった清楚なドレスのスカートがヒラヒラしているのでは、山道にせよ平原にせよ動き辛いことこの上ない。

 スカートの部分を軽くヒラヒラさせれば、察しが良くても悪くても意図は理解するだろう。


「解りました、部屋の外にて待機致しますので、早めにお支度をお願いします」


 そう言って、騎士は部屋から出ていった。


「お、お嬢様ー……!」


 騎士達が退出し、扉が閉まったとたんにヘラが泣き出してしまった。


「ヘラ、泣かないで。私は大丈夫だから……」


 ヘラを抱き締め、背中を幼子をあやすように軽く叩いて落ち着かせる。


「……さぁ、ヘラ服を脱ぐのを手伝って頂戴」


 鼻を啜りながら、涙を拭ったヘラが、無理に作り出したで有ろう微笑みを讃えて応える。


「…………はい、……お嬢様……」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 ガチャリ、ヘラがドアを開く。


「待たせたわね」


 青を基調とした生地に、襟と袖が黒で縁取られた上下の軽装で、黒の部分には目立たないが銀糸で薄い刺繍が施されている。

 下は動きやすいようにズボンになっている。年頃の娘が着るよりも少年が着るような格好では有るが、国外追放になったら世界を『旅する』目的の私は、見た目よりも機動性を重視した。

 上着には同じ意匠だが、此方は襟が立ててあり、鳳凰の刺繍が施されている。


 私の服装が気になったのか、その騎士は珍しいものを見るような顔を一瞬させたが、そこは王国騎士、直ぐに職務に忠実な顔に戻った。


 無理も無いわね。この服は、別大陸の今はもう無い王国の民族衣装だし、そんなものを私が所有している着ている何て可笑しな物だわ。

 ………と、言っても彼等にそんな知識は無いでしょうから、ただ珍しい服だと思うだけかしら?


「…………いえ、それほどは………申し遅れました。私は、第5騎士団所属のルーペンスとも申します。アデレード様の移送責任を預かっております。これよりアデレード様を西の国境城塞都市レヴェンへお連れします。同行願えますか?」


「……承知しましょう」


 貴族らしく、威厳を持たせて応える。


 城塞都市レヴェンは、西の隣国ラオルーク皇国に隣接している。

 両国の間には、ルヴェル山脈が聳え、国交は頻繁では無いものの、一昔前なら戦争をしていた様な時期もあった。

 何代か前には王族同士の婚姻が成され、それを期に停戦に至った様な歴史がある。


 近年は、瘴気による影響が芳しくなく、進軍しようと思っても、お互いにそれどころでは無いのでしょう。


 城塞都市レヴェンまでの移動は、騎士団所有の移送用の馬車だった。


 簡素な作りではあるが、辻馬車よりもゆったりとしているが貴族の所有する内装よりも粗末な感じがする。

 椅子のクッションが堅い。だからあまり長く揺られると、お尻が痛くなりそうだ。


 西の城塞都市レヴェンへは、馬車でおおよそ一週間は掛かる。そんな永い間このクッション性の低い椅子と仲良くなんて、自信がないわ……。

 お尻が痛くなるんじゃないかと心配していたが、そんなに走らないで目的地に到着したらしく、馬車が止まった。


 降り立った場所は、転移門の有る場所だった。


「……転移門?馬車で国境を目指すんじゃ無かったんですね」

「馬車では、一週間も掛かってしまいますからね」


 そんなにも早く、私の事を追い出したいのね。あとニ日もすれば国王夫妻が帰国なさるから、その前に何としてもカタを付けようと言うことか……。


 転移門のある場所まで上がると声をかけてくる者があった。


「アデレード様の護衛を勤めます。騎士団所属のグレンドール・ガリエランです」


 護衛?国外追放なのに?

 …………護衛と名のつく暗殺者だったりして……もしくは監視かしら?……有りうる。

 グレンドール・ガリエランと名乗った男は、身長175センチぐらい、薄茶色の髪に、グレーの瞳の好青年だった。


 そう思いたくは無いけど、この方が私を殺すと言うことかしら?


「アデレード様ー!!」

 遠くから、馬蹄と共に、私の名を大声で呼ぶ声があった。

 騎士達は、その声の主を知っているのだろうか?一瞬警戒の構えを見せたが、馬上の主を認識するとあっさりと道を開け私の前に通してしまった。


「……!レイン!?貴方、どうしてここに!?」

 驚いて声を荒げてしまったが、相手は何でもない事のような顔で応える。


「どうしてって、お嬢様を一人国外に出すわけ無いでしょう?」

 さも当然の様に、自分が護衛に来たのだと微笑して答えた。


「……っでも、国外追放なのよ?旅行じゃないのよ?帰れないのよ?貴方の人生なんだから、私に付き合うこと無いのに……」

 レインは、幼い頃に兄達と出掛けた帰りに拾った、孤児だ。ずっと、屋敷で使用人や警備見習いとして過ごしてきて、私たちとは兄弟に近い、家族のような存在として育ってきた。


 砂色の髪に同じ色の瞳。美形とは言わないけど恵まれた体躯と落ち着いた顔で、私にとっては安心できるもう一人の兄のような存在だ。

 最近は、上の兄オルドーに付いて内務の仕事も補佐する様に成ったとかどうとか……。

 それなのに付いて来てくれて、嬉しいのに手放しで喜べない。


 業と困った顔を作り出そうとしているのに、見知ったものが側に居てくれると思うと泣きたくなるほど嬉しかったりするものだから、きっと可笑しな顔をしているに違いない……。


「嬉しいくせに、素直じゃないな……」

 ぼそり言う声が、頭の上から聞こえる。


「五月蝿いわね!後悔しても知らないわよ!?貴方が勝手に付いてくるんですからね!!」

 完全に内心が バレてる……恥ずかしさのあまり、反射的に高慢とも取れる返答をしてしまった。


 若干、涙も滲んで潤んだ瞳になり、顔が紅く染まって叫んでも、照れ隠しにしか見えてないと言うことを本人以外知らない。












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