第4話開幕Ⅳ

 学園前広場で、待機していた公爵家の馬車に乗り込みます。予定よりも遥かに早い時間に戻ってきた私に不審を抱いた御者が何事かと動揺を浮かべていました。


「お嬢様……随分とお早いお帰りですね?何か御座いましたか?」


 卒業パーティー、学園最後のイベントとも言えるこの日に卒業生であり、王太子の婚約者でもある私がこんなにも早い時間……どの生徒よりも一早く帰る等、不審以外の何物でもなのでしょうね。


 何も無い訳がないわ。何かあったからこんなにも早い帰宅なのよね。


「些末事よ。帰るわ、出してちょうだい」

 御者は、それ以上何も言わずに馬車を屋敷まで走らせた。


 些末事…とは言うものの、お父様への報告はやはり気が重く成るわね。

 どう言い繕った物かしら。……確かに殿下の今夜の遣り方は、戴けない物がありますわ。

 だけど、卒業から半年後には私達の結婚が迫っている。王太子殿下にとっても婚約破棄を切り出すギリギリのタイミングだったのでしょう。


 美しく聡明ではあるが、弱味を見せない可愛いげの無い気丈な女と、可愛らしく何かと庇護意識をそそる儚い印象の女……。

 王太子殿下にとっては、後者が最良だったと言うことかしら……。


 だけど、その選択では国が乱れる。


 政策は乱雑になり、正妃の失態により国家の信用も王家の威厳も失墜するでしょう。

 彼にもし、冷静な思考が残っているならリアーナ嬢を正妃に据えることはしない筈。


 そうこう考えているうちに、屋敷に到着してしまったわ。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 コンコン。

 お父様の書斎のドアをノックする。


「お父様、アデレードですが、お話しせねばならないことがあるので、お時間を頂け無いでしょうか?」


 お父様の在宅は、先程帰宅の際に筆事のマルケルに聞いていた。


「入れ」


 ガチャリと音をたててドアを開くと父が書斎の窓に向かい立っている後ろ姿が見えた。

 どうやらパイプを吸っているようで、プカプカと白い煙を吐き出す。


「随分と早い帰宅だったな。パーティーは、まだ途中だろう?」


 はたしてお父様は、何かを察しているのでしょうか?

 どこか待ち構えている様にも感じ取れるのは気のせい……では無さそうですね?


「は、はい。……その、申し上げにくいのですが…………」

「……構わん、話せ」

 やはり、知っていらっしゃいますのね。何かあることを……。

「……その、今夜のパーティーで……王太子殿下から、婚約破棄と国外追放を言い渡されました」




 その言葉に、敏感に反応して父様はバッと振り返った。

「……!!婚約破棄はともかく、国外追放だと!?何考えてるんだあの馬鹿王太子は!!」


 ……あれ?お父様、婚約破棄は良いんですか……???


「婚約破棄など家の名に傷を付ける結果になり、申し訳ございませんでした……」

 深く深く頭を下げて父親に謝罪する。


「!!……アディー!そんなことは良いんだよ。あぁ、家の名に傷?そんなものは一時の事だ、大した事じゃない。例え爵位が落ちようとも、それもたいした問題ではない!」

 そう言うとお父様は私の前に立ち、両肩を付かんで覗き込むように苦し気な表情を浮かべて口を開く。

「……大切なのはねアディー、君だよ。私達の宝だ。君が一人で国外追放など断じて認められるものじゃない。今の国外がどういう状況か分かるか?この国よりも瘴気が溢れているんだ。魔物だって多い。国内に居れば安全なのに何も国外になど……。王が帰国したら直談判するよ。だからアディー、それまでは家にいなさい。良いね?」


 お父様の決意に揺らめいた濃い緑の瞳が私を真っ直ぐに見つめている。


「……はい、お父様。……ですが万が一、王太子様の打つ手が早かった場合にも備えておきます。国外でも、瘴気でも私の『闇達』は優秀ですから、私は大丈夫ですわ」

「ああ……アディー!私の愛しい娘、たった一人の天使、何て美しいんだ」


 お父様の、久しぶりの抱擁を受けてしまいました。

「……お……おとうさ……ま…苦し……です……」


 お父様、久方ぶりの抱擁のせいか、力加減が微妙です。痛いです。圧死させるおつもりですか??



 翌朝、この事を知ったお兄様達も同じような反応と押し問答がありました。


 内務で勤めるオルドーお兄様。事務的な面から働き掛けてくださりそうですね。

「アディーを国外追放!?何て事言うんだあの王太子!!アディー、出ていく必要ないからな?俺達が何とかしてやるから!」


「俺も、騎士団の連中けしかけて何とか動くから!」

 騎士団をけしかける?何だか物騒ですわね。クレイルお兄様は、現在第二騎士団に所属しております。


「お兄様達……心配かけてごめんなさい……だけど、私は何処でも大丈夫ですから」

 潤んだ瞳で見つめれば妹思いのお兄様達は、きっと頑張ってくださるのでしょうね……と、思いつつアレク王子にも言った通り、これから先の事を提示しなくては!!


「寧ろ、これから大変に成るのは、この大陸と王国自体ですわ。私の『闇達』が教えてくれます。瘴気の吐き出しがこちら側を向いた以上、エストリア大陸の教会に聖女の派遣要請を出すべきです」

「何だ…?瘴気の……吐き出し口とは……?」

 聞きなれない言葉に、内務に勤務するオルドーが怪訝な表情を浮かべる。

「……なんと言えば言いのかしら……。世界の中には、瘴気が出てくる穴のようなものが幾つか存在いします。それがこの大陸の側に出現した以上、この国も早晩瘴気に覆われることでしょう」


「何故、アディーには、そんなことが解るんだ?後、前から気になっていたんだけど。アディーの『闇達』って何で?……闇は闇しゃないの?」

 下の兄クレイルも訝しげな顔をする。


 その辺は、やっぱり気になりますよね。

 私は『闇属性』で通しているけれど、本当は違うの。『元聖女』は、今も『聖女』の力を保有しているの。


 あの時(聖女であった前世)は、聖属性一辺倒だったけど、他の前世では色々な恩恵も預かっている。『肉体』にではなく、『魂』に与えらた恩恵だから……全属性持ちなの。


 五歳のあの時、すべての属性を敢えて黒く塗りつぶした。だから私は『闇属性』しか持ち合わせず、その殆どの本来の性質は『闇』ではないから『闇達』になるのだ。


「私の闇達は、とても優秀だから成ろうと思えば、何物にもなれるのです。そして彼らが教えてくれます、これから先が試練の始まりだと」


 私の回答に、不信な物を感じているであろうお兄様達は、私が基本嘘は言ったことがないので、某かは起こるかもしれない事を欠片は気にかけてくれたようだ。

「防ぐ手だては……無いのか?」

「空いてしまった穴を『聖』魔法で修復する必要が有ります。即刻、教会に聖女様の派遣を要請するべきです」


「…………にわかには、信じられんな…」


 それも、当然ですわね。現時点でこの王国は国外に比べて瘴気の被害は極端に少ない。故に、瘴気の絡んだ危機的な話など寝耳に水。幾ら身内の欲目で見ても、与太話にしか聞こえないのでしょう。


「今すぐ信じろとは言いませんが、空気に常の自然界の魔力の流れに気を払ってくださいね」


 瘴気は、初めからこの世界に存在した訳では無いわ。この世界を作った若き創成の神々、彼等の試作としてこの世界は創られた。

 だけど、この世界が命で溢れる遥か前に神々の世界に争いが生じ、この世界は忘れ去られたしまった。


 未完のまま打ち捨てられたのか、忘れ去られたのか、創成の神々は誰一人として帰っては来ていない。

 世界としてあり続けるには、様々な欠陥を抱え、不備を抱え、それでもギリギリのラインでバランスを取って成り立っているのよ。


 それらの問題を最低ラインで解消したのも束の間、この世界とは関係無い他の世界の邪神の被害に遭ってしまった。


『禍の種』と、呼ばれるものを撒かれてしまったの。

 ある程度は防ぎきれたのだけど、防ぎきれなかった物が色々と困った事態を引き起こしてくれている。

『禍の種』は、負の感情を吸い上げ瘴気と言う毒を吐く。

 瘴気とは……魔物の発生や強化、凶暴化、繁殖率の増加効果を生む。

 また、瘴気は窪地や洞窟など空気の流れの弱いところに溜まり易く、瘴気溜まりとか、瘴気の塊といったものからも、厄災の種と同じ効果を産み出すから、非情に厄介な代物である。


 しかし、折角人間に産まれたと言うのに、馬鹿正直に聖女で御座いとしてしまうと、また早死にコース決定の懸あるわ。

 今回は、様子を見て早々に次代に任せてしまおう…とか思ってしまうわ……。

 

 上手いこと、その次代が居れば良いけど……。


「暫く様子を見て、情況次第で検討しよう」


 長々と話をしている間に、お兄様達の出勤時間になってしまった。

 お父様は早朝から登城している為、今朝はあまり話せなかったけど、お兄様達とは……主に上のオルドーお兄様とばかりの会話だったけど。

 それも、私が一方的に、お兄様達には理解の出来ない代物ばかり。


「いってらっしゃいませ、お兄様達!!」


 ニッコリ笑って兄達を送り出す。


 まさかこれが、兄達との別れになるなんて……。







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