第3話開幕Ⅲ

『王太子が呼んでいる』と言う先で起こった突然の断罪、婚約破棄並びに追放宣言。


 ベルナード殿下とは、確かに妃教育が始まった頃から歯車が狂うようにその関係性が少しずつ悪化していたわ。


 単に私が忙しかったのよ。だからこそ、会話や交流の機会も減っちゃったのよね。


 そして、そのかわりにリアーナと言う少女と密接になっていったと言う所なのでしょうけど。


 だけど私は彼女とろくに面識も無いし、嫌がらせだの況して殺害未遂など行う暇など無いのに……何を馬鹿なことを仰有るのかしら?


「…………婚約破棄の理由は、何でございましょうか?それから、リアーナ嬢への嫌がらせと殺害未遂と仰いましたが、私には全く見に覚えの無いことにございます」


 至極冷静に切り返す私に対して、王太子の言動は激しいもので、緑の瞳には怒気が宿り穏やかな気性の彼には見たことの無い形相を向けてきたわ。


「……この期に及んでシラを切ろうとは!!見苦しいにもほどがあるぞ!!」


 と、言われましても本当に身に覚えも御座いませんのよ?


「見苦しいなどとは、心外ですわね。身に覚えもないことに言い掛かりをつけられる言われもございませんし……何か確かな証拠でもございますか?」


「証拠なら在る!嫌がらせを何時誰にされたのかリアーナ嬢はしっかりと書き残しているぞ!それに、殺害未遂も証人が居るんだ!アデレード嬢、もう言い逃れはでき無いぞ!?」


 自信満々に告げられるものは、何と申しましょうか、お粗末すぎる証拠未満な物で……。


「書き留めに、証人ですか……随分とお粗末な証拠ですわね。書留なんて幾らでも改竄出来ますし、証人では偽証が疑わしくて充てに出来ません。明確な物証は無いのですか?」


 苦しくなったのか、王太子から返ってくる返答は要を得ないものになってしまいましたわ。


「……う、うるさい!!物証など無くとも貴様がやったと言う事実は変わらないんだからな!!」


「そうですねわぁ!私は確かにアデレード様から嫌がらせを受けていたんですぅー!!実際に、授業の合間に教科書や筆箱が無くなっていたり、階段から落ちたりしたんですからね!」


 発言も許されていないのに、王太子殿下の隣に立ち、可愛らしい声で囀ずっているのはリアーナ嬢。


「おお、よしよしリアーナ、今までさぞや辛かっただろうに……。もう、それも終わりだよ。……さぁ!聞いただろう!?リアーナはこう言っているんだ、大人しく罪を認めろ!!」


 実際、リアーナ嬢へは、貴族の一般常識レベルでの注意くらいしかしていないと認識しているのだけど。


 それでもって、王太子は私が妃教育や公務随行・代行でアクセクしている中でリアーナ嬢との逢瀬を楽しんだ挙げ句、私を捨てると言うことですか。


 こう言うのを、どの時代でも糞男と言うんじゃないかしら?


 私の執務代行、王太子殿下のも含まれていたのよね……。

 あらやだ、本当に糞男じゃない。

 人が苦労している時に遊び歩いてる奴。そう思うと段々、王太子殿下がただの愚図にしか見えなくなってきましたわ。


 イケメンなだけに残念ですわ。好き……だったのよね?


 百年の恋も一瞬にして覚めるなんて、呆気ない物ですのね。

 ……でも、まぁ、国外追放なら死刑や幽閉では無かったたけマシよね。

 よくよく考えてみれば、体よく貴族社会を離れて、世界を自由に旅する機会を得たのよ!!


 その点に関してだけは、糞男でもグッジョブですわ!!



「分かりましたわ。殿下の仰る通り、した、してないの押し問答は、時間の無駄ですわね。殿下の気持ちが定まっていて、変える余地がないのならこの婚姻は破棄してしまいましょう。国外追放?私自身はさほど困りませんので、殿下がそうお望みならそれで構いませんわよ?」


 そこで、区切り一つ息を整える。


「しかしながら、これだけは確認させていただきたいのですが……」

 

 シュンとした表情をわざと作り、王太子に媚びるような上目使いをする。勿論瞳はこれでもかってウルウルに潤ませてね。


「…………!……な、何だ……!?」


 自分の容姿が取り分け美人の部類で、普段弱味を見せない人間が弱味を見せたときの異性の隔たりが取り分け弱くなるのを理解した上での技ですのよ。

 普段見られないほどの涙に濡れた、縋るような弱々しく潤んだ瞳。そんな瞳で、震えた声で、甘い声音で問われたら彼はどうなさるのかしら?


「私との婚約破棄……用は、『闇』の使い手である私より、『光』の使い手であるリアーナ嬢の方を殿下は、好ましく感じた……と言うことで宜しいですか?」


「…………!!そ、……それは……」


 明らかに動揺している。

 普段とのギャップに戸惑いましたの?

 それとも他にやましく感じることでも御座いまして?


 その姿は、もはや王太子としての威厳も何も無い。嘘がばれてオタオタしているかのようにたじろぐ姿は本当に情けないですわね。


 ここでまた一つ、殊更大袈裟な溜め息を吐く。


「承知いたしました。殿下のお望み通り、婚約破棄と国外追放を受け入れます。およそ八年…永らくお世話に成りましたわね」


 最上の笑顔、淑女の礼をとり、取り分け優雅で洗練された仕草を醸し出す。


「私事で皆様の貴重な時間を奪ってしまって申し訳ありませんわ。残された時間、皆様が心から楽しめることを願って、私はおいとまさせていただきますわね。ご機嫌よう」


 私は踵を返し、会場を後にした。


 王太子は、突然の転身に呆気に取られ呆然としていました。


 イヤイヤもう他人!振り返りませんわよー!



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「お待ちください!アデレード嬢!!」

 

 建物の外に出て暫くして、そう言って追いかけてきたのは王宮でも何度か顔を合わせている第二王子のアレクセイだった。


 黒い髪、青色の瞳の人懐こそうな2才年下の少年。

「……どうなさいました?」


「……ぅっ、その、兄上の事……」


 年若い王子は、どう言葉を取り繕えば良いのか分からないのでしょう。次の言葉を紡げずに詰まってしまったわ。


「気になさらないでください。アレク殿下」


「し、しかし……。王様も王妃様も不在のこの様なときにあんなことして……兄上は何を考えているのか……」


「済んでしまった事です。それに、お心変わりを止められなかったのも事実。私の『負け』ですから殿下が気に病む必要は御座いませんわ」


「……。アデレード嬢は、強いのですね。しかし、国外追放は遣りすぎです。リアーナ嬢の件の嫌疑も、明らかな冤罪だと言うのに!」


 本当に、この王子は優しいのね。自分の事でもないのに、こんなに必死に謝意を示して。


「国外は、瘴気の蔓延している所だって在るのに……国外追放は、王様が戻られたら取り下げて貰いましょう!」


「殿下……そのお気持ちだけで充分ですわ。私はこの機会に世界を自分の足で歩いて見て見たいと考えておりますの。だから本当に……大丈夫ですわ」


「瘴気が在るのに……!?旅をすると言うのか!?危ないじゃないか!!」

 信じられないと言う顔でこちらを見ますけど、はい、そのまさかです。旅をするつもりなのよね。


「殿下、私が操るのは『闇』です。瘴気とは違うけれど近しい存在。幾らでも交わることなく防げるのです。それに、私の『』は非情に優秀ですので一つの型に嵌まること無く動いてくれます。むしろ、これからが心配なのは殿下達の方ですわ」


 アレクセイ王子が訝しい表情を作る。

 それもそうですわね。王国内なら今のところ瘴気の発生は微々たるものですけど、何故か国外は、此処よりも酷いらしいですから。


 北に近づくにつれ瘴気の濃度は増し人も住めないような地帯が広がり始めていると言う。

 貴族令嬢が一人国外追放されたうえ、旅をする等。何と言うか、戯れ言に聞こえたのでしょう。

 それなのに、そんなわたくしの事よりもこれからの王国の方が大変だと言うのだから、何の根拠があっての事か、不信に思うのは当然ですわね。


「見えざる者達は、『視ている』し、聞こえざる者達も『聴いている』世界は目に見える物のが全てではない。多くを知り理解するものに道は開かれる。目を瞑り、耳を塞ぎ、口を閉ざす者に道は開かない。どんなに苦しくとも、前を向き答えを求める者にこそ道は開かれる」


「…………それは…どういう事です……?」


「それが答えで、それが全てよ。今は分からなくても良いわ。何れ分かるときが来るから。簡単に言うとね、努力しなさいって事なの。まぁ、殿下には宿題ね♪」


 ニッコリ笑って、呆然とするアレクセイ王子にカーテーシをして別れましたわ。









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