第1章~追放されし転生聖女~

第1話開幕Ⅰ

 アレハインド王国、王都アレンシャ。

 夏の始まりの今日。この日この夜、王立アカデミー高等院三年生の卒業パーティーが開かれていた。


 白の大理石を基調とした大ホール。天井には、金を基調とした幾何学模様が張り巡らされ、ホールの周囲を取り囲むように繊細な意匠のガラス細工を設えた照明ががキラキラとした煌めきを放つ。

 天井の中央部には半円状に弧を描き、その真ん中の一際高い位置には一際煌びやかに輝きを放つ三段造りのシャンデリアが美しく輝いている。


 既にホールには、沢山の人々が集まり各々歓談を楽しんだり、用意された晩餐に舌鼓を打たり、お酒を嗜んだりと思い思いに過ごしていた。


際奥部には両側から半円を描きホール全体を見渡すエントランスがあり、そこに彼はいた。


「今宵お越しの卒業生、並びにその御父兄、来賓の皆々様、こちらのエントランスにお集まり下さいませ……」


 会場の運営より、皆に注目するよう声が掛けられ、一様にそちらへと注目が集まる。


 エントランスに姿を現したのは、サラサラとした明るい金色の髪と緑色の瞳のまだ若い青年の姿が。今日の卒業生の一人であり、この国の王太子ベルナード殿下その人だった。


「今日良き日、我々卒業生は学生生活を終え明日から新たな門出に旅立つ。そこに至る前に、是非とも私は成し遂げねばならぬことが在る。」


 そう切り出して、彼は言った。


「アデレード・ルシア・ファルファーレン、貴女との婚約を破棄する!!……そして、この二年間に渡るリアーナ・エルネス嬢への数々の嫌がらせと殺害未遂により、そたなを国外追放とする!!」





 突然の宣告だった。






 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




ゆらゆら、ゆらゆらと揺れている。

心地のよい、緩やかな揺れに微睡みながら身を任せている。


朝の柔らかな日差しが、白いレースカーテンから差し込み、私の目覚めを促す。


「アデレード、目が覚めたのね♪私のかわいいお姫様♪♪」


優しい母の声、歌うように話しかけるこの声が私は、大好きなの。


「おお!アディー♪今日も可愛いなぁー♪」


そして、やたらとテンションの高い男の、割りと大きめな声に驚いて、ベッドの中の赤子は反射的に泣き出してしまう。


「……ぅぅぅうわぁぁぁぁーん……わぁぁぁーん……」


 おや、覚醒した現状の意識的には成熟しているつもりでも、反射的に起こる生理現象は年相応を示すのかしら?

 ギャン泣している赤子の中で、赤子では無い精神の私はそんなことを思っていた。


 赤ん坊の私を抱き抱えているのは私の母マデリード・クレア・ファルファーレン。銀糸にも見える薄灰色の髪と青色の瞳が美しい女性で、月の女神の表現が似合いそうな柔らかな雰囲気の女性だ。

 対する男性は我が父、グレドリュー・アル・ファルファーレン公爵。

 栗毛色の波打つ髪に口髭を蓄え、暗い緑色の瞳が鋭い眼差しをしたら萎縮してしまいそうな威厳のある雰囲気を纏う美丈夫だ。

 ゆくゆくは、王国の宰相に……と、囁かれるほどの実力者らしく、現在は宰相補佐に就いている。


 相も変わらず『私』と思われる赤ん坊は泣いているけど、何かしら?感覚的には赤ん坊の私と『私』の間には透明の板があって、それを挟んで見ている感じなのよね。

 これまで何度か転生はしたと思うけど、大抵はその時の人生の途中で思い出すか、全く思い出さないで人生が終わるの。だから、今回みたいに最初から全部の記憶が有るこの状態は、初めてである意味新鮮なものなのよね。


 だけどきっとこの赤子の成長と共に、この違和感も解消されて、『私』と『赤子』の意識は重なるものになっていくんでしょうね。……と、過去の経験上推察されるわ。


「父上、母上おはようございます!!アディー!おはよう僕の可愛い泣き虫さん♪」


 泣いてる赤ん坊に、ニコニコ満面の笑みを浮かべて覗いてくるのは、父譲りの栗毛と緑色の瞳が美しく輝く、7才年上の長兄オルドー・フィン・ファルファーレン。


「兄様、ずるいです!今日は僕が先にアディーにおはようをするって言ったのに!……あ、父上、母上お早うございます……。アディー、お早う♪」


 ダダダダッ……と、駆け込んで来たのは、先程の兄よりも薄い色合いのライトブラウンと言えば良いのかしら?柔らかく波打つ髪と薄緑の瞳の美しい少年。こちらは5才年上のクレイル・オッドー・ファルファーレン。


 公爵家の美しい両親に、兄二人。

 あら、今回は恵まれた環境っぽいわね。

 前世の知識とか技術が通用するかはさておいて、概ね平穏そうな家庭の雰囲気に安堵していた。



 気になることを一つあげるとしら……。




「「父上、言ってらっしゃいませ!!」」


 二人の兄達に見送られ、馬車で父が登城する為、馬車に揺られ出立する。

 開け放たれた両開きのドアからひしひしと流れ込んでくる……目に見えぬほどの僅かな瘴気。

 薄紫色の今はまだ霧よりも薄く漂うこれは、普通の人間ならば、まだ感知できずに居られるレベルだけど……。

 皮膚にまとわり付くと言うか、ねっとりと張り付くような感覚で、肉の腐ったような腐臭がするそれは、身近に有ると思うだけで気持ちが悪くなっちゃう。

 それもこれも、前世のうちの一つに『聖女』をしていたが所以かしら……。

 取り合えず、寝床に下ろされた私は人知れず、『聖女』としての力を試してみますか。

 そもそも、前世と同じ世界なのかも現時点では確認できないし、知識や技術を持っていても、それに必要な力の発動が有るかは解らないからね。




 結果は…………まぁ、出来て当然よね。




 先程まで感じられていた僅かな瘴気は、綺麗サッパリ消えて、清らかな空間だけが広がってた。


 でもなぁ……聖女って、大抵ろくな死に方しないのよね。

 前の時は確か……力を使い果たして肉体毎失ったんだったかしら……?


 その前は、力の喪失と同時に肉体が石化したんでしたっけ?……でも、あれは半女神状態?聖女では無かったと思うのよね……。



 …………………………。



 …………………………。



 …………………………。




 決めた……!!今決めたわ!!




 今回は、絶対に天寿を全うするわ!!

 その為には、『力』が有ることは絶対に秘密ね!!

 他の力もそう。

 こっそりと……バレ無いように、どの程度使えるかは確認しても、公にはしない。




『聖女』??とんでもない!!




『女神』??益々とんでもない!!



 私は人間として、普通に恋をして孫に囲まれて安らかに天寿を全うするのよ!




 使命やら何やらは他に任せるわ!!




 今度こそ、私は私の人生を自由に生きるのよ!!





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