第12話 八月五日 その3
譲司凪沙を乗せ、山城はまたタクシーを走らせた。
警察が来ない安全な場所と言う事で、また東條大学を目指す事にした。
さっきのゼミ室に戻ると、山城に親切にしてくれた男子学生の姿は無く、部屋は無人だった。
「基本夏休みですからね、出てくる人の方が少ないっすよ、今は」
「類野のしていたネックレスが、焼死体のネックレスと同じものだった」
「は?」
部屋に入るや、山城は話を始めた。
凪沙はオーバーリアクションで振り返った。
「ネックのレス?」
凪沙は驚いた顔で山城に聞き返した。そしてリュックをやはり一番資料が山積みになっている机の上に置いた。
「犯行当時、類野紀文の首にはネックレスがされてた」
「初の耳っす」
凪沙はその情報を聞いて、机の上にあった新聞を改めて見直すが、そのような事実はどこにも見当たらない。
類野が映っていた映像も頭の中で何度も再生するが、類野の首にネックレスがあった記憶の映像はどこにも残っていない。
「私の記憶が確かなら類野がネックレスをしていたところは、どこにも……」
そこまで言って、凪沙はハッとした。
「デパートの中で外したんですか?」
凪沙の勘の良さに今度は山城が驚いた。
「違うんすか?」
「あ、いや、そうだが……」
今度は山城が調子を崩され、頭を掻いた。
「警察に捕まる前に外して、証拠隠滅のためにデパートにあった遺体の一つにそれを付け替えていた」
「被害者の遺留品として処分しようとしたって事ですね」
「で、そのネックレスが、俺が追っていた焼死体事件の遺体につけられていたものと同じだった」
「でも、それだけなら、偶然って事も……」
「一緒っていうのは同じ商品ってレベルじゃねぇ。ネックレスについていた傷から付着しているもの、指紋、どれもこれも完全に一致したんだ」
「それって……同じ空間に全く同じ物体が二つあるって事ですか?」
山城が「どう思う?」と尋ねるより先に、凪沙の頭脳は回転し始め、自分の手前に広げていたノートに何やらを書き始めた。
「でも」
ノートに何やら呪文のような文字列を書きながら、凪沙は言った。
「そんなオカルトな物体、証拠として警察は使えるんすか?」
捜査経験もない癖に瞬時にそこに頭が回る事に、山城は「恐れ入った」と言わんばかりに目を見開いたが、ノートに夢中な凪沙はその事に気づいていない様子だ。
「だから、ここに来たんだよ。もう警察の手には負えねぇ。だから警察以外の奴が類野を捕まえないといけない」
「……入口と出口みたいな物かも知れませんね」
凪沙が突然、記述をやめて顔を上げた。その言葉の意味を山城はいまいち理解できなかった。
「同じものが二つあるという事は、それが類野紀文が何度も同じ時間をやり直しているキーアイテムだと言うことです」
同じものが二つあると聞いた時、山城の頭にもその考えが過った。だが、入口と出口だと言うことがいまいちよく分からなかった。
「これは仮定の話ですが、ネックレスは同じ時間に存在していれば問題がない。そして類野紀文が死ぬことで、類野はもう一つのネックレスが存在していた……いや、別の死んだ瞬間に戻るのかも」
凪沙が恐ろしいことを呟き、山城は思わず身を乗り出した。
「どう言うことだ?」
「類野が時間をやり直すのには二つのものが必要なんです。それなら対称性も取れるし……間違い無いんじゃ」
「二つ? ネックレスとあと一つはなんだ?」
「自分の死体です」
「は?」
突拍子もない答えに山城は顔を顰めた。
「もし、焼死体の正体が類野紀文だとしたら、過去にもネックレスと類野の死体、デパート襲撃後にもネックレスと類野の死体って言う対称性ができます」
凪沙は部屋にあったホワイトボードに何やら文字を書き出した。
「私の仮説では、きっと過去に戻るにはこの二つ、いや三つが必要なんです」
「三つ?」
「駄菓子屋のお婆ちゃんです」
「あの婆さんは何の役割なんだよ?」
「それはまだ分からないですけど。刑事さんだって分かりますよね。あの日のメッセージは全て当たってます。何かあるに決まってます」
そこまで文字を書いて「あ」と呟き、凪沙の手が急に止まった。
「だとしたら……もしかしたら、類野はネックレスを捨てたんじゃなくて、残したんじゃ?」
「どう言う意味だ?」
「遺体についていたネックレス。普通、遺族の人ってそれを捨てますか?」
「あっ」
「もしかしたら、処分したんじゃなくて、遺族の人が形見として、この世に残す為に遺体につけたのかもしれません」
山城は凪沙のその推理を聞いて「確かに」と内心で思った。
もし、類野自身についていた物なら、それは処分される可能性が高い。例えば、類野が毒で運悪く生き残ってしまった場合。そのネックレスが処分されてしまっていたら、過去に戻れなくなる。
「とにかく類野を止める為に行動あるのみです」
凪沙はそう言ってペンを置いた。
「あの駄菓子屋に戻りましょう!」
「は? また戻るのかよ?」
「そうですよ! あの時のメッセージを過去に送れるか確かめましょう!」
山城は「そうか」と思った。
山城と凪沙が受け取ったという事は、そのメッセージを送った時、駄菓子屋には二人で一緒にいたと思うのが自然だ。
凪沙は再びリュックを背負って、ドアへと向かった。
「ほら、刑事さん、行きますよ!」
「あ、そのよ」
山城は出て行こうとする凪沙を静止させるように言った。
「外で俺を刑事って呼ぶのは止めろ。どこで誰が聞いてるか分からねぇから」
「じゃあ、なんて呼ぶんですか?」
「それは……」
「じゃあ、ムサシで」
「ムサシ?」
「タケゾウって読むより、ムサシって呼ぶ方がカッコいいですから」
「なんだ、それ」
「ムサシさんだって、私のことジョージって呼んでるじゃないですか」
凪沙は「行きますよ」と言いながら一人、ゼミ室を出て行ってしまった。
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