第3話 八月一日 事件当日 その2
とりあえず、また聞き込みのため、山城と相澤は車に乗り込んだ。
相澤は助手席に座り、すぐさま、スマホを開いてデパート襲撃事件の情報収集を始めた。
普段は相澤が運転役だが、こういう時は若いゴシップ好きの相澤の方が情報収集に長けているため、山城は無言で運転手を勝手でる。
ネットも昨日までは『謎の焼死体事件』を「反社会組織の見せしめ」「他国のスパイ」など、SNS上であれこれ騒がれていたが、一瞬でデパート襲撃事件一色になっていた。
「えっ!」
突然、信号待ちをしていた時、相澤が助手席から大声を上げた。
「なんだよ。大声出して」
「犯人の類野が、死んだそうです」
「あぁん?」
信号が青に変わったにも関わらず、山城は横の相澤のスマホを奪って記事を確認した。
【超速報】デパート襲撃の犯人、パトカーの中で自殺を図る!
SNSにある、普段は有る事無い事を勝手に吹聴しているゴシップアカウントに確かにそう書かれていた。
「死んだ?」
「山城さん。前、前」
相澤の声でやっと信号が青である事と、後ろからクラクションの嵐が鳴り響いている事に気付き、山城は車を近くの沿道にまで進めて、記事を再確認した。
「パトカーの中で自殺って、歯に毒を仕込んでたとかですかね? スパイっすね」
相澤の言ったことが、山城の耳を通り過ぎていく。そんな覚悟までして、なぜ、あのデパートを襲撃したんだ?
「類野の情報は何もねぇのか?」
「調べた限りじゃ」
相澤は「失礼しまっす」と言いながら、山城からスマホを取り返した。
「ただの人生に疲れて自暴自棄になった男だったんですかね? 日本も怖いですね、そういう負け組の犯罪が増えてて。俺たちの給料、上げてほしいですよ」
「類野はそんな……」
「ん?」
山城は思わず怒鳴りそうになったが、相澤の惚けた顔を見て我に帰り、口篭った。
「そう言えば、山城さん。犯人知ってるんですか?」
「……知るわけねぇだろ。なんか、見つかったら言え」
「了解でぇす」
山城は落ち着く為にため息を吐き、車を車道の流れへと戻した。
駄菓子屋で見た時の風貌……そんな行き当たりばったりで生きている人間では纏えない貫禄をしていた。
だが、それは何の確証もない、山城の主観。刑事の直感といえば聞こえはいいが、山城の目が耄碌していて、相澤の方が正しい場合だってある。
「類野……自衛隊だったみたいっすよ」
相澤が赤信号のタイミングで山城にスマホをチラッと見せてきた。
【速報】犯人の類野紀文は元自衛隊員!
またネットのゴシップアカウントだった。
普段は鼻で笑って、こんなものを見てる相澤に嫌味を言うところだが、こういう稼ぎ時のコイツらの野次馬根性には舌を巻くしかない。
スマホには自衛隊時代の類野らしき、迷彩服を着た写真があった。裏は取れていないのだろうが、よくこんな短時間で見つけてくるものだ。
その時、山城は類野らしき人物の胸元に目が入った。
「おい、このネックレス」
類野の胸元に半分に割れたハートマークの片方がぶら下がっていた。山城達が追いかけている焼死体がしていたものと同じに見えた。
「あー、本当だ。偶然ですかね?」
相澤は緊張感の無い口調で言った。
偶然と言えば偶然だが、山城は気になった。この短期間に別々の事件で同じネックレスが二つも目の前に現れた。単に偶然と片付けて良いのか?
だが、焼死体とデパート襲撃がどう結び付くのか、見当がつかない。
「自衛隊……」
そう呟いた時、山城のスマホがブルっと震え出した。
画面を見ると、見たことのない番号だった。
相澤にスマホを返し、山城は自分の電話に出た。
「もしもし」
電話の向こうは、やたら後ろから大きな喧騒が聞こえた。
「あ、その、山城……むさし? さんのお電話でよろしかったでしょうか?」
「山城、たけぞうです」
「あ、申し訳ありません。あの、突然、お電話を差し上げて申し訳ありません。こちらはG病院の救急外来の受付なんですが」
「G病院?」
山城の頭にその周辺の地図が浮かぶ。
G病院は事件が起きたT区のデパートから一番近い場所にある大きな病院。そこの救急外来となると、おそらくさっきの襲撃事件の被害者達が、今、運ばれて来ているはずだ。
山城はよからぬことを想像してしまった。
「こちらに谷口愛美さんが搬送されて来ていまして、患者様の関係者の方にお電話差し上げたんですが……」
「ま、愛美に、何かあったんですか?」
山城の心臓が鷲掴みにされたようにドクッと動いた。
「谷口さんから、こちらの番号にお電話をして欲しいと言われて、その……ご主人様で、よろしいでしょうか?」
受話器から帰って来た看護師のセリフで『愛美の命に別状はない』と分かり、山城はひとまずホッとした。
「いえ……元夫です」
看護師は慌てて「あ、失礼しました!」と謝った。
山城は気にせずに続けた。
「愛美に何かあったんですか?」
「その、先ほどのデパートで起きた事件はご存知で……あ、刑事さんって言ってましたね」
「愛美が巻き込まれたんですか?」
「その、ちょっと足を怪我されてしまって」
「重いんですか?」
「大きく皮膚を裂いていましたけど、神経などは無事ですからご安心下さい。ただ、足に傷が残るかも知れないのと……院内がいまバタバタしていますので、患者様にはスマートフォンの使用を遠慮いただいていますので、こちらから順にお電話を差し上げているんです」
あの騒動だ。おそらく、病院は今頃、てんやわんやだろう。
看護師は「また何かありましたら、御連絡します」と電話を切った。
「奥さん、どうかされたんですか?」
山城がスマホをポケットに戻すと相澤が心配そうに聞いてきた。
長い付き合いで山城の家の事情を知っている相澤は、別れた今でも愛美のことを「奥さん」と呼んでいた。
「あのデパートにいたらしくて、足を怪我したらしい。まぁ、命や歩けないってことじゃないんだが」
「でも、行ってあげた方が良いんじゃないですか?」
相澤にそう言われ、山城は考えた。
山城の中には、愛美が心配だという気持ち以外にも『愛美があの現場にいたなら少し話を聞いてみたい』という好奇心が湧いていたからだ。
しかし、そう思った自分に気付いた瞬間、山城はその刑事の本能ともいうべく感情にストップを掛けた。
愛美の前で、刑事らしい感情は出してはいけない。そう決めたはずだ。
今の山城の精神状態で、愛美の前に行くのは止めた方が良いかもしれない。
だが、愛美に会って類野のことを少し聞いてみたいというのも刑事の本能なら、愛美の事は病院に任せて、このまま捜査を続行するのも刑事の本能である。
どっちを選択したとしても、結局は愛美に申し訳ないと思う自分と対峙する事になる。
山城は決断を下す時間を少しでも遅らせようと、相澤のスマホを奪い、さっきの類野の写真に目をやった。
さっきは気づかなかったが、写真の中の類野は駄菓子屋で会った時とは別人なくらい、明るく、内に暗いものなど何も無い笑みを浮かべていた。
「行ってあげたらどうですか? 奥さん、喜びますよ」
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