第17話 七月二十六日 その4

「山城さん」


 捜査本部に戻った山城に、ムスッとした表情の相澤が近寄って来た。


「どうだったんすか?」

「へ?」

「なんすか、その惚けた顔?」


 珍しく怒っている相澤が山城に顔を近づけて来た。新人の頃から見ているが、先輩にこんな態度をとれるほど度胸がついたのかと山城は関心した。


「まさか、手ぶらで帰って来たんじゃないっすよね?」


 胸ぐらを掴むような口調で、さらに山城に詰め寄ってくる若造。普段はチャラチャラしているが、なんだかんだでこの仕事にプライドが出て来たようだ。


「リアクションすんなよ」


 山城はそんな相澤の耳元で呟く。その一言で、相棒の喧嘩腰だった態度は一気に弱まった。


「焼死体のネックレスの出所がわかるかもしれない」

「マジっすか!」


 山城の言葉に相澤の怒気は一瞬で引き、いつもの馬鹿に戻った。


「大声を出すな」


 山城は相澤の頭をゲンコで軽く叩く。数名の刑事が相澤の声でこっちを見ている。だが、あまり間を置くとバカが催促してまた声を出すとも限らない。


「まだ、確証がある情報じゃねぇ。だから、この会議では言わん」

「でも、山城さんが信じてるってことは、確かな出所なんでしょ?」


 相澤に言われ返事に窮した。

 いくら、おめでたい性格をしていると言っても限度がある。『未来からのメッセージだ』なんて、相澤が相手だろうと、口が裂けても言えない。


「悪いが、明日も一人にさせてくれねぇか?」

「何言ってんすか? 有力なら、俺も行きますよ」


 自分で言っておきながら、山城は内心で「そりゃそうだ」と納得した。

 どこに「有力な情報がある」と聞いて『じゃあ、一人で行って来て』なんていう刑事がいるのか。ましてや、危ない場所なら、出所が怪しい情報なら尚の事一人では行かせない。その為に刑事は二人一組で捜査をしているのだから。


 相澤の返事はある意味、模範解答だ。なんだかんだで成長していた後輩を嬉しく思う反面、「なんで今日に限って真面目なんだよ、コイツ」とも思う山城であった。


「類野紀文」


 山城は相澤の耳元でその名を囁いた。


「誰ですか?」

「もしかしたら、あの焼死体の被害者の名前がそうかも知れないって話なんだ」

「マジっすかぁ!」


 驚いた相澤の大声に本部にいた警官全てが二人の方を振り返った。


(だから、大声出すなっつっただろ!)

(でも、山城さん、どこでそんな情報を仕入れたんすか?)

(それは……)


 相澤の質問に一気に怒りが消えていく。

 そこを突かれると本当に痛い。なんせ言えることが何もないのだから。


 すると、相澤がハッとした顔を見せた。


「もしかして、反社組織……ですか?」


 相澤の閃きに山城は返事をせず、意味深に目を逸らした。

 それを見て相澤は「なるほど」と納得をした顔を見せた。


 嘘は言っていない。

 相澤が勝手に勘違いをしただけだ。


「情報の出所から、『俺一人で……』と言われてる」

「俺がいたら、警察に情報が漏れる恐れがあるって、あっちが疑ってるんすね?」


 山城は相澤の目を力強く見た。

 相澤はそんな山城の「なんかありそうな視線」を勝手に信じ、強い視線で返してきた。

 嘘は言っていない。

 山城の言っている出所と相澤が思っている出所がズレているだけだ。


「とにかく、明日は一人でやらしてくれ」

「了解っす。俺も類野って奴の線で焼死体を当たってみます」

「あと、それとな」


 山城はポケットからさっき駄菓子屋で貰った紙を相澤に差し出した。


「なんすか、これ?」

「お前にラブレターだ」

「誰からっすか?」

「俺から」

「はぁ! きもっ」

「恥ずかしいからよ。俺のいない時に一人で呼んでくれ」


 そう言って、山城はトイレに行くために、一旦、捜査本部を後にした。


「さっぶい冗談言うなぁ。やっぱオヤジになって来たな、あの人」


 相澤は近くのパイプ椅子に腰掛け、山城からもらった手紙を早速開く事にした。


──お前にこんな手紙で要件を伝える事になって、すまないと思っている──


「えっ」


 相澤は咄嗟に後ろを振り返った。

 出入り口付近を見たが山城の姿はもう見えない。


 しかし、手紙の文字から確かに山城の声が、相澤の頭の中に響いた。

 だが、その声は相澤の知っている山城の声と少し違って聞こえた。


 なんとも言えないが、相澤の知らない山城武蔵からの手紙と言った感じがした。


 相澤は首を傾げたが、手に持った手紙が「ただのラブレター」では無いではないことを悟った。


──ただ、あまり余裕はない。俺も、それにお前の時間にいる俺も、つまりこの手紙をお前に渡した山城武蔵も、きっと切羽詰まっていると思う──


「俺?」


 相澤は首を傾げた。

 まるで山城さんが二人いるような文面。


 誰が書いた手紙なんだ?


 山城さんっぽいが、あの山城さんには書けなさそうな文章をしている。


──カリフォルニアロールだ。これから言う事を守って欲しい。

 まず、一つ目の頼みだ。

『この手紙の内容は絶対に山城武蔵には言ってはならない』

 お前の目の前にいる俺はこの手紙の内容を一切知らない。だから俺に一切話すな。お前の中にだけ留めておいてくれ。

 二つ目。

『今から、事件の事や日常生活で起きる出来事を細かくメモし、もし八月四日以降の山城武蔵から聞かれたら、すぐに答えてやって欲しい』──


「八月、四日?」


 相澤は捜査本部の後ろの壁に掛かっていたカレンダーを見た。

 その日が特に何かがある特別な日だとは思えなかった。


──三つ目。

『これから山城武蔵の身に何があっても、お前は刑事を続けろ。変な仲間意識はいらない。お前の人生だ。最悪、山城武蔵を見捨てても構わない』──


「え?」


 相澤は改めて出入り口を振り返った。トイレに行った山城はまだ帰らない。


「死ぬの、あの人?」


 何が何だか分からず、相澤は一瞬笑ってしまいそうになった。

 まず、カリフォルニアロールを知っている時点で山城本人が書いているのは間違いない。

 なのに、山城を他人の様に扱っている節もある。

 一体、誰が書いた手紙なのか、皆目見当がつかない。


「多重人格だったのか、あの人?」


──ここは余談になるが、今、捜査している焼死体事件は証拠や情報は何も見つからず、お蔵入りになることが有力だ。つまり、明日からの捜査の時間、お前が何をやるかは「お前次第」という事だ。それを踏まえて最後のお願いだ──


 相澤はその手紙の最後のお願いを見て、目を見開いた。

 

 手紙はそこで終わった。

 相澤はその手紙を四つ折りにして、背広のポケットにしまった。そして一度立ち上がり、弛んでいた背広とネクタイを直した。


 ちょうどそこで山城もトイレから帰って来て、捜査会議が始まった。


 手紙の言う通り、これと言った有力な情報は何も出て来なかった。

 相澤はその間、隣に座っている山城のことが気がかりで仕方が無かった。


──この手紙の主がさっきの情報源か? ──


 昼間に山城に何があったのか、気になる。相棒の自分にも話せない様な、何かがあったんだ。


 きっと山城は相澤にはこの事は打ち明けないだろう。


 話さないなら、自分で調べるしかない。

 ましてや、このオッサンは自分の相棒だ。相棒が隠している事を知るのは相棒の仕事だ。


「よしっ!」


 相澤が突然気合いを知れると、横のオッサンが「ん?」とこっちをみた。明日、少し調べよう、このオッサンを。


 相澤はそう決めた。











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