第35イヴェ 気になるガールズ・バンドの解散ライヴのチケ争奪戦

「じん君、例のガールズ・バンドのライヴ、一緒に行かへん?」

 グっさんからSNSのDMが、秋人の許に届いたのは八月末の事であった。

 グっさんは、〈シュージン〉と名乗っている秋人を「じん君」と呼んでいる。


 秋人は、時折、グっさんがリツイートしていた、ガールズ・バンドのベース・ヴォーカルが、以前から気になっていて、グっさんと〈現場〉が一緒になった際には時折、「ライヴに行きたいんですよね」などと語っていた。グっさんの方も「なら、一緒に行こか」と誘ってくれていたのだが、なかなかタイミングが合わず、存在を知ってから一年以上も経つというのに、未だに、秋人は、そのバンドの〈現場〉に行けていないまま、二〇二〇年の夏を迎えてしまっていたのであった。


「でな、あの子ら、次が〈解散〉ライヴなんよ」

 実は、秋人も、ネットで、件のガールズ・バンドが、今秋には解散してしまう情報は抑えていた。だが、これまで一度も、そのバンドの〈現場〉に行った事のない、自分のような、完全なるニワカな者が、大切な〈解散〉ライヴに足を運んでもよいかどうか、と思い悩んで、その解散ライヴに行くべきかどうか迷っていたのである。


 そんなお気持ちを、グっさんにDMしたところ、今回のライヴは四月に開催予定だったライヴの振替だから、ガチのヲタクたちは、既にチケットを握っている、との事であった。

「そんでな、抽選じゃなくて、先着順の早い者勝ちの実力勝負なんよ。だから、そんなん、気にする事あらへん」

 という返事が返ってきたのであった。


 その言葉を受けて、秋人の気持ちは楽になった。

 そのアーに対して本気ならば、販売が開始になった瞬間に、チケ取りをすればいい分けだから、たとえ自分が解散ライヴが初参加になるとはいえども、これまで〈おし〉続けていたガチなヲタクから、〈チケットを奪ってしまった〉という引け目を覚えるずに済む話で、遠慮せずに参加できるというものである。

 そういった次第で、自分の観たい、聴きたい、逢いたいって気持ちのままに、秋人は、チケットを手に入れるために、販売開始時刻と同時にポチったのであった。


 それにしても、最初のライヴが、〈解散〉ライヴか……。

 この機会を逃したら、もう、そのヴォーカリストの生歌を聴ける機会は、この先、二度とない可能性だってある。

 ヲタクたちは、「多少、無理してでも、〈現場〉には行ける時に行っとけ」と、しばしば言っているけれども、本当にそれだよな、と秋人は、今更ながら思ったのだった。


 秋人は、動画を観てヲタクのノリ方を参考にしながら、解散ライヴ開催までの日々を過ごした。


 やがて、解散ライヴが催される秋の土曜日がやってきたのである。 

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