第25イヴェ 〈大声なし〉と〈大声あり〉とは?

 東京駅を五時に出発した成田空港行きの高速バスは、第三ターミナル前で停車し、この降車場にて、佐藤兄弟はバスから下車した。

 この第三ターミナルから離陸するLCC(Low Cost Carrier)、すなわち、格安航空会社の飛行機を、秋人と冬人は利用するのだ。

 早朝にもかかわらず、空港行きのバスは、ほぼ満席状況だったのだが、保安検査場前にある飲食スペースは、この時刻、人は未だ疎らであった。


 二人は、この空間で、スマフォのWEB航空券を起ち上げたり、ズボンのポケットの中身を空にしたり、上着をバッグに詰め込んだり、タブレットやバッテリー、飲料水などをトートバックに入れ換えたりして、保安検査場をスムースに通過するための最終準備に取り掛かった。

 秋人と冬人は、黙々とその作業に勤しんでいたのだが、二人の近くに座っていたカップルが保安検査場に向かい、周囲に誰もいなくなったのを確認した冬人は、満を侍したかのように、秋人に詰め寄ってきた。


「あのさ、シューニー、さっきのリプはいったい何なのさ? どうして、ようやっと声出しがオーケーになって、マツリになっていたのに、あんな冷水をぶっかけるようなリプをするのさ」

「いや、どうしてもなにも、認識ちがいのまま、話が展開していたようなので、軌道を修正しようとしたまでの話だけど。

 例えばの話、声出しOKって思って、いざ〈現場〉に行ってみたらNGって事だったら、『ここの運営はダメ』だみたいな事を言い出すでしょ、勝手な思い込みをしているヲタクは。でも、これって、運営の判断うんぬんって話ではなくって、政府や自治体のレギュレーションで、どこの〈現場〉でも声出しは不許可って事なんだからさ」

「何言ってんの、シューニー、あのさ、昨日の政府の発表の記事、読んだの?」

「いや、まだ目を通してはいないけど」

「じゃあさ、ここ、読んでみてよ」

 人差し指と親指を上下に拡げ、画面を拡大させると、冬人は、タブレットのディスプレイの表面を中指でトントンと叩いてみせたのであった。


「ここに、『八〇〇〇人収容の会場』って書いてあって、それが『大声なし』と『大声あり』に分岐しているよね」

「だからさ、それは、クラシックのような声出しを前提としていないものと、ロックのような声出しの可能性があるものの分類上の名称って、はな……」

「ちょっと、ここをよく見てよ」

 冬人は、秋人の言を遮りながら、イラストを限界まで拡大させたのであった。

「このイラスト、上の『大声なし』は、キャラの目が〈・〉で、マスクの先が『・・・』て、無言マークになっているけれど、これに対して、下の『大声あり』の方は三本線になっていて、しかも、人物の目がアーチ状にニッコリしてるじゃん」

「たしかに」

「この絵って、マスクをしていれば、声を出して構わないってことじゃないの?」

「でも……」

「いいから、さらにその上の『参加人数制限』ってとこも見てみてよ」


 冬人は、記事を拡大させたまま、画面を上にスクロールさせ、ペン機能で、中指で該当箇所に下線を引いたのであった。

「ここに、『参加人数制限』として『大声での歓声・声援ありなら』、収容定員の五十パーセント以下って書いてあるじゃん。下のマスクをした黒人間の脇の表記だけならさ、シューニーが言ったように、『大声なし』『大声あり』ってのも、カテゴリーのための、ただの名称って事かもしれないけれど、『参加人数制限』の項目で、鍵括弧をつけて、文を強調しているんだから、これは、今回の制限緩和で、ついに声出しの規制解除になるって意味じゃないの?

 しかも、これってさ、どこかのヲタクが書いた図じゃなくって、マスコミが作った図解なんだよ」


 ここまで冬人が一気に説明したあたりで、ちょうど、荷物の整理が終わり、話も区切りがついたので、二人は保安検査所に向かった。すでに、遠征のため幾度もこの通過儀礼を経験しているので、何ら問題なく、二人ともに検査を済ませることができた。

 

「うっ、うぅぅぅ~~~ん」

 飛行機の搭乗口エリアに向かいながら、秋人は考え込んでしまった。

 自分の認識が間違っていた、ていうか、古かったのであろうか?

 そりゃ、俺だって、〈ビフォー感染症〉の頃みたいに、ライヴで声を出したい気持ちはやまやまだけれど、状況的には、まだまだ声出しが解禁されるってのは、論理的に考えられないんだよね。

 でも、記事には、あんな風に図で描かれているし、なんか、分かんなくなってきたぞ。


 秋人は、黙ったまま思考に耽っているようであった。

 その時、搭乗開始を告げるアナウンスがフロワに流れ出した。

「シューニー、そろそろ搭乗の時刻だから」

「そだな」


 やがて――

 冬人は、七時五分発の福岡行きの便の搭乗口に向かって行った。

 弟を見送った秋人は、独りフロワに残り、自分が乗る八時十分発、札幌行きの搭乗が開始されるまでの間、思考をぐるぐると巡らせ続けることになったのである。

 

〈参考資料〉

「【図解】イベント制限1万人解除=27都道府県、来月から―政府」、『YAHOOニュース』、「時事通信 10/28(木)20:36配信 時事通信」より転載、二〇二一年十一月八日閲覧。

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