第19イヴェ 新種の〈ザイタク〉の出現

 秋人は、レポートを思考の赴くままに一気に書き上げ、その〈生〉の思考の軌跡を、弟・冬人に読ませてみた。


「ちゃんとしたリライト前の初稿だから、未だ不十分なシロモノだけど、いかにも俺っぽいだろう?」

「まさに、シューニーがいつも言っている〈在宅〉と〈イヴェンター〉の違いってやつだよね。

 まあ、シューニー自身がイヴェンターだから、なんか、論調がイヴェンター寄りになっている気はするけれど、でも、レポートのテーマって、〈集団的な認識の変化〉、えっと……、〈パラダイム・シフト〉だったっけ? こっから一体どう展開させるつもりなの?」


「そこね。

 ここから俺が取り上げるパラダイム・シフトの具体例こそが、〈在宅〉とイヴェンターの在り方の変化なんだよ。結構おもしろくなりそうな予感がするんだよね」

「でもさ、大学のレポートなのに、そんなポップな題材で大丈夫なの? それで単位取れるの?」

「そこは無問題。うちの先生がよく言っているんだけど、しっかりとした調査と情報源を明らかにし、論理的に展開し、自分なりの結論を導き出すことができるのならば、あらゆる事象は論文の研究題材となり得るって」

「へえええぇぇぇ~~~」

「それにさ、うちの先生もヘヴィーなヲタクで、それより何より……」

「それより何より?」

「そもそも、イヴェンターだからさ」

「へっ!?」

 そう言って、驚きを隠せない冬人に、秋人は笑ってみせたのであった。

 それから秋人は、レポートの続きを書くべく、再びパソコンに向かい出した。


              *


 今年の二月末、具体的に言うと二月二十六日に、政府の要請によって、突如、大規模なライヴが開催日の当日に中止されて以降、イヴェント、ライヴ、あるいは、コンサートの開催に関する風向きが自粛の方向に一気に傾き、以降、多くの施設や演者が、イヴェントを延期・中止せざるを得なくなった。

 つまり、〈現場〉が無くなってしまったのだ。


 〈現場〉で〈生〉の音楽を享受するのが〈イヴェンター〉、これに対して、自宅にて任意のタイミングでコンテンツを楽しむのが〈在宅〉だとすると、実際問題、〈現場〉が消失してしまった結果、イヴェンターはその存在意義を失ってしまった。

 当然、演者側も、自分たちのパフォーマンスの発表の場を失ってしまった。

 だが、演者の中には、様々な配信サイトを利用して、過去の動画を蔵出ししたり、生配信したりと、それぞれが工夫を凝らしながら、ファンとの繋がりを途切れさせないようにする者も現れ始めたのである。


 演者のパフォーマンスに飢えたヲタクは、〈在宅〉であれ、イヴェンターであれ、配信番組以外に演者に接触する方法を失っていた。

 その結果、ヲタクは〈総在宅化〉してしまったのだ。


 これが、いわゆる感染症の拡大後に認められる、アイドル、アニソンファンにおけるパラダイム・シフトの一例であるのは確かであろう。

 しかし、だ。

 それでは、これまでイヴェンターであった〈ヲタ種〉が、一様に同じ〈在宅〉、すなわち、自宅で様々なメディアを通して、なるべく廉価で音源・映像を自分の任意のタイミングで享受するタイプのヲタクになってしまったかと言うと、そんな事はないように思われる。 


 動画配信という枠組みを巧みに利用しながら、演者側の配信のあり方は多様化していった。これも、ある意味、〈ステイ・ホーム〉という社会の変化がもたらした事態の転換、パラダイム・シフトの一種であろう。


 とまれ、配信方法は、録画してある動画を配信サイトにおいて、無料でオンデマンド視聴するというスタンダードなものだけではなく、ライヴ生配信もあれば、有料配信、歌や演奏を配信するのではなく、ネットでの特典会といった、様々なタイプの配信スタイルが急増し始めたのであった。


 動画配信サイトにはコメント欄というシステムがあって、配信映像を観ながら、視聴者がコメントを自由に書き込める機能が搭載されている。

 このコメント欄を表示させている時に気が付いたことがある。

 生配信が為されるのは、曜日・時間帯に関しては、平日の夕方・夜や、土日・祝日という、通常のイヴェントが催される日時と同じである。こうした配信のゴールデンタイムには、リアルなイヴェントと同様に、同じ時間帯にイヴェントが催され、つまり、〈被って〉しまうこともあり得るのだ。

 生配信番組の中には、アーカイヴを残さない、〈生〉感覚を大切にしているものもあり、その結果、〈在宅〉も見るべき配信番組を選ばなければならなくなる。

 そして、生配信番組に来ているヲタクの大半は、結局の所、〈現場〉に来ている、〈いつも〉のイヴェンターとほぼ同一なのだ。


 当初、このパラダイム・シフトに関するレポートを書き始めた時には、「イヴェンターの総〈在宅〉化」というタイトルを考えていたのだが、起こっている事態は少し違うように思えてきた。

 この場合、感染症によるパラダイムの転換の結果、自宅でコンテンツを楽しむ〈在宅〉の中に、たしかに、間接的な接触かもしれないけれど、演者との〈生〉のコミュニケーションを大事にする、イヴェンター由来の〈在宅〉という新たな種の存在が顕著になった、という方が、より適切なのではなかろうか。

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