第5章

1.願っても叶わなかった。






 ――少女は少女に恋をした。

 それはあまりにも突然で、何の脈絡もなかったけど。

 一目見た瞬間に、その可憐さに目を奪われた。自分にはない魅力を持つ、そんな少女に。小さな小さな可愛い従妹。ニナに、イザベラは恋をした。


「貴方は良いわよね。貴族として残れるのだから」

「…………その」


 だけど、そんな二人の袂が分かたれたのはいつの日だったか。

 分家であるニナの家は、貴族としての権利を失った。大人の事情があったのだろうが、それを知る二人ではなかったのだ。

 なぜなら、あまりに幼すぎたから。


「アタシは、認めない。アンタのこと、許さないから……!」

「ニナ……!?」


 駆け出す少女に、手を伸ばすイザベラ。

 しかしその手はすり抜けて、ニナは遠くへと行ってしまった。

 もう戻ってこない、仲良く過ごした幸福な日々。すれ違ってしまった、悲しい日々の始まり。イザベラは三日三晩涙し、眠ることができなかった。


 どうして、こんなことになってしまったのだろう。

 どうして、自分たちはこんなにもすれ違ってしまったのだろう。

 どうして、こんなにも愛しく思っているのに恨まれているのだろう。


「私は、今でも大好きだよ。――ニナ?」


 イザベラはそう口にしながらも、忘れようと必死になっていた。

 そして魔法競技部に入部し、それに打ち込み、ついには部長にまでなったのだ。それでも心の空虚は埋められない。彼女を失った悲しみは、癒えなかった。


 そんな、ある日の出来事だった。


「今日は、アリス女学園との練習試合よ!」


 部長になって、初めての練習試合の日。

 彼女はヴィヴィアンヌに、王都にあるもう一つの女学園を招いた。

 両学園とも歴史のある学園だ。もっとも違いがあるとすれば、庶民が多く通うのがアリス女学園。対して貴族や上級庶民が通うのが、ヴィヴィアンヌ女学園。


 そういったこともあってか、この二つはライバルであるとされていた。


 しかし、イザベラにはそのつもりはない。

 むしろ互いを高めあい、共に成長しあっていければと考えていた。



「あぁ、来たようだな――――!?」



 その日、あの子と再会するまでは。





「あら、久しぶりね。――イザベラ?」




 部室を訪ねてきたのは一人の少女だった。

 見間違えるはずがない。その子は、最も愛した存在で――。




「アンタのプライド、へし折りにきたから」




 ――しかし、イザベラの言葉は届かないだろう。

 だって、彼女はあんなにも邪悪に笑っているのだから。

 見たこともないほどに、恨みに満ちた表情だった。それこそ、ようやく仇敵と相見えたかのような、そんな顔をしていたのだから。



「ニ、ナ……」



 声が震える。

 悲しかった。

 寂しかった。



「あぁ、今日はよろしく頼む」



 でも、イザベラは感情を押し殺した。

 なぜなら自分は、他でもない競技部の部長だったから。


「ふん、部長さまは余裕、ってことね? ――詰まらない」

「……………………」



 心のこもっていない、ニナの口振りにショックを受けながらも。

 唇を噛みしめて、イザベラは部員に宣言した。



「さぁ、今日の試合――絶対に勝つぞ!!」





 それこそ、歴代の魔法競技部部長のように。

 ただただ力強く、あるだけだ――と。


 

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