5.ニナとイザベラ。







 メイド服にワンピース、しまいには異国の太ももにスリットの入ったキワドイ物まで。どうしてこんな小さなブティックに、これほどのバリエーションがあるのか。

 それを疑問に思わざるを得ない着回しが小一時間続き、ようやく終わった。

 僕とイザベラ先輩は、二人揃ってぐったり。


「では、これらの衣装を私の屋敷まで送っておいてください」

「承知いたしました」


 そんな僕たちを尻目に、アーニャは満面の笑みで店員にそう告げた。

 もう、どうにでもなれと思う。


「だ、大丈夫ですか。イザベラ先輩……」

「えぇ、なんとかね」


 僕は隣の椅子に腰かけたイザベラ先輩に声をかけた。

 すると彼女は苦笑いを浮かべながら、少しだけ視線を下に。そこには小さな紙袋があった。中に入っているのは、先輩が試着したうちの一つ。

 フリルのついた、可愛らしい蒼のワンピースドレスだった。


「気に入ったんですか?」

「あ、いや! そ、そういうわけではなくてだな……!」

「……? どうされたんですか?」

「うぅ、私がこのような服を着ていると、おかしいだろう!?」


 問いかけると、先輩は涙目で声を上げる。

 でも、僕にはそれの意味が理解できなかった。だって――。


「おかしくないですよ?」

「な、そんなわけ――」

「だって先輩、とっても綺麗な方ですから」

「――ひん!?」


 そうなのだ。

 厳しい印象を受けるイザベラ先輩だが、美人なのは間違いない。

 それにこうやって顔を真っ赤にして恥じらっている姿は、また愛らしい。僕としては恋愛対象にはならないけれど、それでも綺麗と言って偽りなかった。

 しばしそのまま観察していると、彼女は少しだけ目を伏せる。


 どうしたのか。

 そう思うと、不意にこう悲しげな声で言うのだった。


「でも、女の子は可愛らしいものが好き、だろう?」――と。


 何かに想いを馳せるように。

 手にした紙袋に入った、ワンピースドレスを見て。


「私のように、筋肉のついた身体は求められない。きっと拒絶されてしまうのだ。今までだって、何度も想いを告げようとしたが――」

「先輩……」

「――ははは。その勇気が出なかった。もとより、その人と私は相容れるべきではない相手だからな。忘れてくれ……」

「先輩!」


 彼女は自嘲気味に笑うと、出入り口の方へと歩いて行ってしまった。

 僕の声は届かない。そして、その時だった。


「きゃ!」

「あっ!」


 ちょうど、店に入ってきた女の子とぶつかったのは。

 互いに尻餅をついて、顔をしかめる。


「あの、大丈夫ですか?」

「私は大丈夫だ。それより、相手の――」


 駆け寄って、先輩にケガがないか確認した

 すると彼女は相手を見て、声を失する。僕が何事かと首を傾げていると、



「――ニナ・クレアル!?」

「アンタ、イザベラじゃない!!」



 ぶつかったニナという少女が、声を上げた。

 服装からして、他の学園の女子だろうか。小柄ながらも引き締まった身体をしており、強気な金の眼差しが先輩を捉えている。瞳と同じ色をした髪をツインテールにしており、語弊を恐れなければ小生意気な印象さえも受けた。


「どうしてアンタがここにいるのよ!」

「そ、それは……」


 そんなニナは、イザベラ先輩に詰め寄る。


「ははぁ、さては庶民の暮らしを見学、ってわけね? ――気に入らない!」


 そして、勝手な解釈をして腕を組んだ。

 立ち上がり先輩のことを見下ろして、顔を指さす。



「今度の練習試合、絶対に負けないから!!」



 最後に出たのは、そんな捨て台詞。

 口を挟む暇すらない。ニナは鼻を鳴らして立ち去った。


「あの、ちょっ――」

「いいんだ、フィーナ!」

「――先輩?」


 それでも、勘違いされたままでは気分が良くない。

 そう思って僕が追いかけようとした。それを、イザベラ先輩は止める。


 どうしてかと思い、振り返る。

 すると彼女は、また自嘲気味に笑って言うのだ。



「ははは。また、勘違いをされてしまったな」――と。




 込められていたのは、とても切ない思いだった。



 

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