4.買い出しと過去の記憶。
魔法競技における、競技用品――主にシューズなど――を買い揃え、僕たちは店を出た。それでもまだ日は高く、寮の門限までは時間がありそうだ。
どうしようかと、そう考えていたところ。
「あの、良かったら二人にお願いがあるのだけど――」
イザベラ先輩が、不意にそう口にした。
僕とアーニャは顔を見合わせて、小さく首を傾げる。すると、
「その、私に服を選んでくれないかしら」
頬を赤らめながら、先輩はそう言うのだった。
◆
そして、僕たちはいまブティックにいる。
貴族が行くような場所ではなく、どちらかといえば庶民的。町娘でも気軽にこられるような、そんな場所だった。最初はもう少し大きな店を目指したのだが、イザベラ先輩が拒否したのだ。
「わ、私にはみんなが着るようなドレスは似合わないだろうから……」
そう、小さくなりながら。
話を聞くに、どうやら彼女は普段から男物の動きやすい服を着ているらしい。それこそ競技の練習などで着るような、そんな服だった。
それなのにそどうして、突然に女性ものなのか。
僕にはそれがわからなかったが、アーニャがこう耳打ちしてきた。
「乙女心、というものですっ!」――と。
――乙女心、とは?
僕は結局のところよく理解できなかったが、ここはアーニャに従った方が良いだろう。女性らしい仕草は叩き込まれたが、僕はどう足掻いても男だから。
そんなわけで、入店したわけだが――。
「ふわぁぁぁぁ!?」
開口一番、イザベラ先輩はそう言った。
女の子らしい衣服の数々に、目をぐるぐると回している。
僕も滅多には訪れない場所であり、少しばかり緊張してしまっていた。そんな中で、率先して動いたのはアーニャ。
彼女はささっと店員に声をかけ、笑顔で談笑した。
数分後に戻ってきたかと思えば今度は、イザベラ先輩――と、なぜか僕の手を引く。奥へと通されて、試着室の前へ。
「あの、アーニャ?」
「ふふふ。お二人は私に任せていればいいのです!」
声をかけてみると、そこにはいつになく元気な少女がいた。
「あ、この目は――」
僕はそれを見て、幼少期のことを思い出す。
そうそれは、病弱な姉さんと過ごしたわずかな時間、その断片だ。
◆
「ね、姉さま。僕はずかしいよぉ……」
「うふふ。大丈夫よ、フィオ? ――とっても良く似合っているわ」
姉の体調が比較的良好な日のことだった。
僕は部屋を訪ね、そこで幾ばくかの時間を共に過ごす。だがその日の彼女は、何やら怪しい目をしていた。そしてこう言ったのだ。
『フィオ――貴方、ずいぶん可愛くなったのね』
結果、僕は姉の着せ替え人形となった。
ウィッグを整え、顔には必要最低限の化粧を施す。身にまとうのは、姉が幼いころに着ていた純白のドレスだった。
せっかく姉さんと過ごす時間。
無下に断ることもできずに、僕は羞恥心を堪えた。
フィーナ姉さんの鼻息が荒かったのは、なかったことにしたい。
「ねぇ、フィオ?」
「どうしたの? 姉さま」
若干の怯えすら抱いた時。
不意に姉さんは、こう切り出した。
「もし、私がいなくなったら――」
そこまで口にして。
彼女は、何かを振り払うようにして首を左右に。
「ううん、なんでもないわ!」
そして、明るく言うのだった。
まだ幼かった僕には、姉が何を言おうとしたか分からなかった。
「さぁ、お父様にお見せしましょう!!」
「え!? ちょ――」
考えさせる暇もなく。
彼女は、僕の手を引いて……。
「いやああああああああああああああああああああああああ!?」
屋敷の中には、僕の悲鳴が響き渡った。
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