4.買い出しと過去の記憶。







 魔法競技における、競技用品――主にシューズなど――を買い揃え、僕たちは店を出た。それでもまだ日は高く、寮の門限までは時間がありそうだ。

 どうしようかと、そう考えていたところ。


「あの、良かったら二人にお願いがあるのだけど――」


 イザベラ先輩が、不意にそう口にした。

 僕とアーニャは顔を見合わせて、小さく首を傾げる。すると、



「その、私に服を選んでくれないかしら」



 頬を赤らめながら、先輩はそう言うのだった。





 そして、僕たちはいまブティックにいる。

 貴族が行くような場所ではなく、どちらかといえば庶民的。町娘でも気軽にこられるような、そんな場所だった。最初はもう少し大きな店を目指したのだが、イザベラ先輩が拒否したのだ。


「わ、私にはみんなが着るようなドレスは似合わないだろうから……」


 そう、小さくなりながら。

 話を聞くに、どうやら彼女は普段から男物の動きやすい服を着ているらしい。それこそ競技の練習などで着るような、そんな服だった。

 それなのにそどうして、突然に女性ものなのか。

 僕にはそれがわからなかったが、アーニャがこう耳打ちしてきた。


「乙女心、というものですっ!」――と。


 ――乙女心、とは?

 僕は結局のところよく理解できなかったが、ここはアーニャに従った方が良いだろう。女性らしい仕草は叩き込まれたが、僕はどう足掻いても男だから。


 そんなわけで、入店したわけだが――。


「ふわぁぁぁぁ!?」


 開口一番、イザベラ先輩はそう言った。

 女の子らしい衣服の数々に、目をぐるぐると回している。

 僕も滅多には訪れない場所であり、少しばかり緊張してしまっていた。そんな中で、率先して動いたのはアーニャ。

 彼女はささっと店員に声をかけ、笑顔で談笑した。

 数分後に戻ってきたかと思えば今度は、イザベラ先輩――と、なぜか僕の手を引く。奥へと通されて、試着室の前へ。



「あの、アーニャ?」

「ふふふ。お二人は私に任せていればいいのです!」



 声をかけてみると、そこにはいつになく元気な少女がいた。


「あ、この目は――」


 僕はそれを見て、幼少期のことを思い出す。

 そうそれは、病弱な姉さんと過ごしたわずかな時間、その断片だ。






「ね、姉さま。僕はずかしいよぉ……」

「うふふ。大丈夫よ、フィオ? ――とっても良く似合っているわ」


 姉の体調が比較的良好な日のことだった。

 僕は部屋を訪ね、そこで幾ばくかの時間を共に過ごす。だがその日の彼女は、何やら怪しい目をしていた。そしてこう言ったのだ。



『フィオ――貴方、ずいぶん可愛くなったのね』



 結果、僕は姉の着せ替え人形となった。

 ウィッグを整え、顔には必要最低限の化粧を施す。身にまとうのは、姉が幼いころに着ていた純白のドレスだった。

 せっかく姉さんと過ごす時間。

 無下に断ることもできずに、僕は羞恥心を堪えた。

 フィーナ姉さんの鼻息が荒かったのは、なかったことにしたい。


「ねぇ、フィオ?」

「どうしたの? 姉さま」


 若干の怯えすら抱いた時。

 不意に姉さんは、こう切り出した。



「もし、私がいなくなったら――」



 そこまで口にして。

 彼女は、何かを振り払うようにして首を左右に。


「ううん、なんでもないわ!」


 そして、明るく言うのだった。

 まだ幼かった僕には、姉が何を言おうとしたか分からなかった。




「さぁ、お父様にお見せしましょう!!」

「え!? ちょ――」




 考えさせる暇もなく。

 彼女は、僕の手を引いて……。




「いやああああああああああああああああああああああああ!?」




 屋敷の中には、僕の悲鳴が響き渡った。



 

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