3.主人公の知らぬところで行われる戦い。







「塵と化せ――【フレイム】!」



 ――校庭にて。

 一つの火柱が舞い上がり、周囲には高熱の風が吹き荒れる。

 その魔法を唱えた人物――クレアは、ニヤリと笑いながら後方へと振り返った。するとそこには小柄な少女、すなわちシャルロットの姿。

 がら空きになった相手の背中に打撃を加えようとする。

 だがしかし、保健医は目を見開きながら両腕を交差させることで防いだ。


「意外ね。魔法学以外に、体術も修めているなんて……!」

「ふふふふ。フィーナ様に悪い虫がつくのを防ぐためならば、わたくしは何でも致しますの」

「あら、そう。なかなかに見どころがあるじゃないの」

「お褒めに預かり、光栄ですわ。――センパイ?」


 そこまで言葉を交わしてから、二人は一度距離を取った。

 互いに笑みを浮かべながら拳を構える。


「それでは、今度はこちらから――!」


 先に動いたのはシャルロット。

 小さな身体を大きなバネのように弾ませて、一気にクレアとの距離を詰めた。そしてノーモーションで、右の拳を相手の顔面目掛けて叩き込む!


「ふ、そんな一直線な攻撃――」

「果たして、そうでしょうか?」

「――なっ!?」


 再びクレアが攻撃を防ごうとすると、異変が起きた。


「これは、魔法と体術の――融合!?」


 シャルロットが放った右拳。

 それが、突如として炎を纏いクレアに襲い掛かったのだ。

 さらにはその炎、生きているかのように彼女の身体にまとわりついてくる。


「ちっ……!」


 舌を打って後退するクレア。

 しかし、不完全な体勢になった彼女を見逃すシャルロットではなかった。


「まだまだ、いきますわ!!」

「小賢しい!!」


 二撃、三撃――数えて、計五連撃。

 細かく左右にフェイントをかけながら、少女は叩き込んでいった。

 しかしそこは、かつての首席生徒――クレアは、忌々しげに表情を歪めながらも的確に防いでいく。そして次に繋がるよう、足元に策を用意していた。


「センパイ、防戦一方ですわね?」

「ふふ、そうでもないわよ?」

「え――!?」


 ほんの一瞬の気の緩みを見逃さない。

 クレアはシャルロットの足元に、魔法陣を展開した。


「この反応は、まさか――!」

「ご明察。さぁ、藻掻いてみせなさい――【アントリオン】!」


 そう叫んだと同時に、少女の足元の土が変質する。

 土から粒の細かい砂へと変化した足場。シャルロットの足は沈み込む。

 慌てて逃げようとするも、簡単に抜け出せるものではなかった。むしろ足掻けば足掻くほど加速的に、少女の足は砂によって絡め取られていく。


 やがて腰まで沈んでから、シャルロットはクレアを見上げた。


「ふふ、まだまだ甘いわね――コウハイ?」

「………………」


 しかし、その鋭い視線に怯むことなく。

 自身の有利を確信したクレアは、余裕をもって少女の前にしゃがむ。


「あたしはね? 実力だけなら、宮廷魔法師になれたの。でも、そこにあたしのやりたいことはなかった。あたしは、ただ可愛い男の子に囲まれていたかったの」


 そして、昔を懐かしむように笑うのだ。


「自分の性癖が歪んでるのは分かってる。年下の幼くて可愛い、それこそまだ性に目覚めていない男の子のことが好きだなんて――ドン引きよね」


 少女を見て目を細め、最後にこう宣言した。



「でも、それがあたし! そのためなら、あたしは何も恐れない!!」――と。



 そこに、嘘偽りはない。

 彼女は言い切ってみせたのだ。

 己の性癖のためであればなにも恐くないのだ、と。


「貴方とあたしの違いは、そこね? ――貴方にはまだ、迷いがある」


 クレアは告げる。

 シャルロットがなぜ負けたのか、を。

 しかし、それを耳にした少女は――。



「あら、センパイ? ――――勝鬨を上げるのは、まだ早いのではありません?」



 ――ニッと、表情を歪めてみせた。


「なっ――!!」

「わたくし、魔法は一度見れば理論構造が分かりますの。それに――」


 そして、こう囁いた。



「アレンジもできますわ――【アントリオン・オマージュ】」



 刹那――クレアの足元から、砂が吹き上がった。

 大きなうねりとなったそれは、大きな手のようになり彼女の足を掴む。

 次いで砂塵の爆発が発生。視界の自由は奪われ、クレアは両手で目を覆った。



「これが、次代の魔法ですわよ?」



 そんな無防備な彼女の背後に、シャルロットは立っていた。

 そして、最後に一撃を加えようとし――。


「――――!?」


 大きく後方に距離を取った。

 棒立ちになったクレアを見て舌を打つ。

 そんな後輩の動きに、先輩は拍手をした。


「あぁ、もう少しだったのに。よく気付いた、と言えばいい?」

「えぇ、そうですわね。危うく負けるところでしたわ……!」


 そうシャルロットが口にすると、その直後――クレアは砂となって崩れ落ちた。

 そしてその足元の砂が、クレアと変化していく。


「まさか、ご自身の身体を砂に変えるだなんて。やはり――」

「過去の首席は、伊達じゃないでしょう?」

「――ふふっ」


 互いに笑うと、ちょうどその時に砂煙は収まった。

 晴れやかな空の下。二人は再度、拳を構え――。


「そろそろ、決着ですわね」

「えぇ、そうね」


 ――駆け出そうとした、その時だった。




「貴方たち、なにをしているのですか?」




 一人の老齢の女性が、二人の間に割って入って言った。

 ピタリ、動きを止めたクレアとシャルロットは同時にこう叫ぶ。


「クリストミア学園長!?」

「クリストミア学園長!?」



 そう。二人の間に割って入ったのはヴィヴィアンヌ女学園の長。

 その名も、カテナ・クリストミアだった。白い髪を後ろで一つに結んだ彼女は、年老いても陰ることなき眼光で二人を見る。

 そして、一言こう口にした。



「貴方たちには、謹慎を言い渡します」




◆◇◆




「あれ? 今日って、身体測定じゃなかった?」


 僕はアーニャとアリーシャに、そう訊ねた。

 すると二人は苦笑いして、こう口を揃えて言う。





「どうやら、諸事情で中止になったそうです」――と。




 

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