3.男爵家令嬢――シャルロット。
シャルロット・アーデベルチは、アーデベルチ男爵家の一人娘だ。
幼くして母を亡くし、継母によって育てられた。しかし年月を重ねるごとに二人の間には、どうしようもない溝があるのが分かってくる。
その結果として、半ば逃げ出すようにしてシャルロットは学園へやってきた。
しかし問題は他にもある。
「わたくしに不釣り合いな者には、近寄る権利すら与えませんわ!」
というのも、彼女は高飛車なタイプのコミュ障だったのだ。
継母との関係もあって歪んでしまったのか、シャルロットは虚栄を張ることで身を守るようになっていた。そうなってくると当然、庶民上がりの学生は近寄れない。
さらには貴族の者たちからも煙たがられる。
最終的に、一週間足らずで少女はボッチになっていた。
◆
「雨が降るなんて、気象魔法師も言っていませんでしたわ」
そんなシャルロットに転機が訪れたのは、にわか雨が降ったある日のこと。
小さな少女は唇を尖らせて、正面玄関に突っ立っていた。他の生徒たちは彼女に目もくれず、傘をさして寮へと向かう。
もっとも、先述のような経緯がなかったとしても。
このような殺気を放つ者に、声をかける変わり者はいなかった。
「はぁ、イライラしますわ」
ボンヤリと、そう漏らすように呟いて。
シャルロットは空を見上げた。分厚い雲に覆われたそこからは、大粒の涙が降り注いでいる。ただの雨のはずなのに、そんな想像を働かせてしまうほどには、彼女の心には空虚があった。
なにも、上手くいかない。
本当の母親が亡くなってから、自分には不幸ばかりだ。
「きっと、誰もわたくしを見てくれない」
つま先でトントン、と。
暇つぶしの音楽を奏でて、少女は無為な時を埋めようとした。
それでも全然、気持ちは晴れない。そもそも彼女自身、自分が何を求めているか分かっていなかった。だから、人前でどう振舞えばいいのか分からないのだ。
「はぁ……」
もう、何度目か分からないため息。
少女はもう一度、雨に対する文句を口にした。
「さっさと晴れないのですか?」
「早く晴れてくれないかなぁ?」
――ピクリ。
肩が弾むのが分かった。
まったくの無警戒。少女は、声のした方へと目をやった。
「あれ、キミも雨宿り?」
すると、そこにいたのは一人の見目麗しき令嬢。
金の髪に澄んだ瞳。幼い顔立ちには、シャルロットにはない優しさがあった。
小首を傾げながらその人は、少女に問いかける。どうやら同級生らしいが、シャルロットの悪評は知らない様子だった。
「ホントに困るよね。私も傘を持ってこなかったんだ」
「………………」
その女生徒は、こちらの返事を待たずに話を進める。
おそらく、誰でもいいから話し相手が欲しかった、というところか。鼻歌交じりにゆっくりと、身体をメトロノームのように振っている。
シャルロットは興味なくその歌を聞いていた。
すると不意に、その女の子はこう口にするのだ。
「この曲の意味、知ってる?」――と。
こちらを見ることなく、ただの世間話として。
シャルロットは無言でうつむいた。答える必要はない、そう思ったから。
曲の意味など聞いたところで、自分の人生には何の足しにもならない。それこそ延々と降り続けるこの雨のような、自分の生涯にとっては。
「えっと、ね。この曲はね――」
そう、思っていた。
そう思っていたからだろうか。
「『上がらない雨はない。虹のたもとはきっと、そんなキミの足元に』」
「…………虹の、たもと?」
ふと、関連性のある言葉に反応してしまった。
ようやく返事を引き出せたことが嬉しかったのだろうか、相手は空を見上げながら語り始める。
「上手くいかないことなんて、たくさんある。でも希望の架け橋は、その中にでもかかっているんだよ――って、意味なのかな? 私はちょっと事情があって学園にきたけど、この曲を聴いて元気を出してるんだ」
前向きに、微笑みながら。
そんな彼女の横顔に、シャルロットは思わず見惚れた。
なぜだろう。きっとこの人にも、理不尽な出来事があったのだと、そう思えた。
「…………」
それだというのに、自分とは正反対。
シャルロットはいつまでもウジウジと後向きで、笑ったこともない。ずっと過去の出来事に縛り付けられていて、そこから抜け出せないでいる。
だからこそ、少女にはその人が眩しかった。
耳に触れる。
そこには、実母の形見であるイヤリングがあった。
「あ、晴れてきたね!」
「え……?」
その時だった。
相手の少女がふいに、そう口にしたのは。
「それじゃ、ありがとう! 世間話に付き合ってくれて!」
「あ、あの……!?」
まだ小雨が降っていた。
しかし、その少女はまるで鉄砲玉のように飛び出していった。
「――――あぁ」
でも、それを追うことはできなかった。
なぜならその時、空には――。
「綺麗……」
――希望の架け橋が、かかっていたから。
◆
あの日からシャルロットは、フィーナに執着するようになった。
なぜなら彼女のことが、どうしても頭から離れなくなってしまったから。理由は分からないが、自分の感情に不器用なシャルロットは、それを憎しみと捉えた。
きっとあの日、自分は辱めを受けたのだ。
どうしても埋められない、心の清さがあるという辱めを。
「憎い、憎い憎い憎い! あの子に会わなければ、きっとこんなに胸が苦しくなることなんてなかったのに!!」
シャルロットは、草木を掻き分けながら口走る。
「どうすれば良いのか、分からない! わたくしは、わたくしは――」
涙ぐみながら、少女は必死に母の形見を探した。
「――わたくしは、いったいどうしてしまったの!?」
自分の心の動き。
それが、まったく分からないまま。
「はぁ、はぁ……!」
すっかり日は落ち、周囲は暗くなってしまった。
雨も降りだした。服がどんどん汚れていく。
それでも形見のイヤリングは見つからない。
しかし、それでも少女は諦めない。
なぜならアレは、自分にとってかけがえのない物だから。
大切な母から預かった――。
「――あの。もしかして、探してるのはコレかな?」
「え……っ!?」
いずれ大切な人と巡り合うための、魔法のイヤリングだったから。
「思い出した。キミ、あの時の子だよね?」
シャルロットが見上げた視線の先。
そこにあったのは、同じく雨に濡れたフィーナの姿だった。
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