2.不思議な少女の目的は?
「んー、なんだろう。最近、誰かにつけられてる気がする」
「誰かに、ですか?」
放課後のこと。
僕とアーニャは部活のあるアリーシャと別れ、寮へと向かっていた。
その時に感じたことなのだが、どうにも背中がひりつく。要するに視線を感じるという、なんの根拠もない感覚の話だった。
考えてみればおかしい。
誰かに狙われるのだとすれば、伯爵家よりも公爵家だ。
「わたしは、特になにも……?」
それなのに、このあからさまな違和感をアーニャが分かっていない。
もちろん僕の被害妄想かもしれなかった。しかし、一概にそうとは言い切れない出来事が起きている。例えば教科書もそうだが、先ほど――。
「外履きの靴もなくなってたし、絶対におかしい」
――そうなのだ。
正面玄関の靴箱。その中に入れてあったはずの僕の靴が、なぜか片方だけ紛失していた。どこかに転げ落ちたのかと探したが、見つかることはなかった。
もちろん朝そこに入れた記憶があるし、それはアーニャからも確認済み。
「これは、もしかして……?」
「もしかして?」
「…………」
そこまで思考を巡らせてから、僕は一つの可能性を口にしかけた。
それというのは、学園生活の中で最も恐れられることの一つ――『イジメ』だ。物を隠され、どことなく視線を感じる現状。その可能性は十二分に考えられた。
「あー、いや。ごめん、気のせいだと思う」
「…………?」
だけど、寸でのところで。
僕はアーニャを前に口にしかけた言葉を呑み込んだ。
元より気の弱く、心配性の節があるこの子に、変なプレッシャーは与えたくなかった。結果として公爵家令嬢は、首を傾げるにとどまる。
そして、そうこうしている間に寮に到着。
「それじゃ、今日はこれで」
「えぇ、お疲れ様です。なにか分かりませんが、お気をつけて」
「あはは、ありがとうアーニャ。そっちも、忘れ物には注意してね」
そんな会話を交わして、僕とアーニャはそれぞれの部屋へ。
今日はとりあえず、失くした物の代わりを買いに行かなければならない。教科書は仕方ないとして、外履きはなかなかに致命的だ。
僕は部屋にある外出用のそれに履き替え、ふっと息をついた。
「女装したまま、街に出るのは嫌なんだけどなぁ……」
そして、小さく不満を漏らす。
だが仕方ない。僕は気持ちも切り替えて、再び外に出た。すると――。
「きゃっ!?」
「え。あ、ごめんなさい!」
タイミング悪く、開いた扉が一人の少女に当たってしまった。
小柄なその子は短い悲鳴と共に転倒する。荷物が散乱してしまった。
僕は慌ててそれらを拾おうとする。――が、それを見た少女は大きな声で。
「触らないで下さい!」
「……え?」
こちらの動きを制した。
どういうことなのか理解できず、僕はそこに至って初めて少女を見る。
「わたくしの物に、触れないで下さい!!」
まるで、絵本からそのまま出てきたような女の子だった。
くりくりとした緑の瞳に、くるくると巻かれた桃色の長い髪。制服も独自のアレンジが施されており、ところどころにフリルがあしらわれていた。
先ほども述べたように体格は非常に小柄で、そも他の生徒よりも年下な僕より、さらに年下であるように感じられる。
「え、でも……」
「いいから! わたくし一人で片づけられますわ!!」
そんな女の子は目くじらを立ててそう叫んだ。
勢いに圧倒されて、僕は手を引く。すると散乱した物を確認し、どこか安心した表情を浮かべて、その少女は手を動かし始めた。
そしてすべてを鞄に仕舞って、砂埃を払いながら立ち上がるのだ。
「こほん、それでは失礼しますわ」
「あ、うん……」
僕は立ち去っていく彼女の小さな背中を見送る。
「なんだったんだろう」
思わずそんな声が漏れた。
なんだか、ずいぶんと気の荒い子だったように思う。
胸の帯の色からして彼女も同級生のはずなのだが、不思議と見覚えはなかった。かれこれ学園生活も一週間が経過している。
そうともなれば、おおよそ全員の顔には見覚えがありそうなものだ。
「まぁ、そうとも限らないけど」
僕は首を傾げつつ、自身の考えを否定する。
なんだか宙ぶらりんな感覚だった。そんなところで、
「ん、これは……?」
ふと、足元に転がった小さな何かに気が付いた。
そっと拾い上げると、さらに首を傾げる。
「えっと、これは――イヤリング?」
――なぜに、こんなものがここに?
しばし考えてから、気が付いた。
「あ、もしかしてさっきの女の子の!」
僕は慌ててその子を探したが、時すでに遅し。
もう彼女はどこかへ行ってしまって、姿が見えなくなっていた。
「うーん、どうしよう?」
大切なものだったら大変だ。
僕はしばし考えて、一つ頷いた。
「よし。明日、学園で探して返そう!」
同級生なら、きっとすぐに見つかるはず。
僕はそう考えて丁重に、イヤリングを部屋の机の引き出しの中に仕舞う。そして改めて、買い物へと向かうのだった。
◆◇◆
――とんだ失態ですわ!!
逃げるように駆け出しつつ、シャルロットはそう思った。
敵情視察を兼ねて追跡していたにもかかわらず、まさか姿を見られてしまうなんて。これではせっかくの計画も、なにもかもが水の泡になってしまう。
「――で、でも。盗った物は、見られていませんわね?」
息を切らし、鞄の中を確認するシャルロット。
ひとまずフィーナの教科書と、外履き一足は中にあった。
そのことにホッと息をつく。これはある種の【復讐】に近いのだから、犯行がバレてしまっては大問題なのだ。
「とりあえず、今日はこれで――」
部屋に戻って、休もう。
そう考えつつシャルロットは、いつもの癖で耳を触った。
「――――――――!?」
そして、気づいた。
自分が犯した致命的な失敗に。
「や、やってしまいましたわ……!」
明らかに動揺する少女。
周囲を見回し、その円らな瞳を潤ませた。
「どこ、どこにいったんですの!?」
そして、ついには大粒の涙を流す。
不安に駆られたシャルロットは、汚れることも気にせず、周囲の草木を掻きわけるのだった。
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