第2章

1.小さな事件の始まり。






 本格的に学園生活が始まって、一週間が経過した。

 慣れない寮生活――しかも女性ばかり――というのは、男子である僕にとってストレスが溜まる空間ではある。それでも、アリーシャやアーニャと行動することで、いくらか楽しくも思えてきた。


「あ、れー……?」


 そんなある日のこと。

 僕は次の授業を受けるため、鞄の中に仕舞った教科書を探していた。

 日常の光景だが、問題なのはいくら探してもそれが見つからないこと。たしかに昨夜、確認したはずだったのに。どういうことなのだろうか?


「どうしたの、フィーナちゃん?」

「あぁ、アリーシャ。えっと、次の薬草学の教科書がなくて……」


 悩んでいると、声をかけてくれたのはアリーシャ。


「忘れた、とかじゃなくて?」

「それはない、と思う。昨夜も、今朝も確認したから……」

「それは、少し変ですね……?」


 ガサゴソと鞄をあさっていると、アーニャも覗き込んでくる。

 そして一緒に首を傾げるが、それで教科書が出てくるはずもなかった。


「それじゃ、今日はアタシが見せてあげるよ!」

「ありがとう、助かるよ!」


 そんなわけで、ひとまず捜索は打ち切り。

 アリーシャが見せてくれるというので、それに甘えることにした。きっと探し物も、なにかの拍子にひょっこりと出てくるだろう。

 僕はそんな楽観論のもとに着席した。

 ほどなくして教員が入室して、生徒たちはみな談笑をやめる。



「さて、今日の授業範囲は――」



 老齢の男子教員は、しわがれた声でそう語り始めるのだった。



◆◇◆



「くくく、子爵家のフィーナ。困っていますわね……!」


 そんな授業中に。

 隠しきれない愉悦から、口角を歪める女子がいた。


「わたくしに教科書を隠されたとも気付かず、暢気なものですわ」


 そんな彼女の手には、二冊の教科書。

 一方にはしっかりと「フィーナ」と、名が書かれていた。



「なんとも滑稽。そんな姿も、気に入りませんわね」



 すなわちこの少女こそ、この一件の犯人。

 この少女は、アリーシャと身を寄せ合っているフィオを後方より見て、ほくそ笑んでいた。しかしどこか気に入らないのか、詰まらなさそうに鼻を鳴らす。

 そして、自身の鞄にフィオの教科書を仕舞うのだ。


「余裕なのも、今のうちですわ」


 小声で言って、またも口角を上げて言った。



「今に、辱めて差し上げますわ。この――シャルロット・アーデベルチが!」



 少女――シャルロットは、その幼い顔に似つかわしくない邪悪な笑みを浮かべる。そして、改めてフィオのことを見下すように見つめるのであった。




 これはちょっとした嫉妬から始まった、小さな事件のお話。


 

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