第1章
プロローグ 少年、女学園へ。
「皆様は今日から、晴れて我がヴィヴィアンヌ女学園に入学されます。心よりお祝いの言葉を贈らせていただきますとともに、これからの学園生活について――」
学園長の話が続いている。
僕は落ち着かない気持ちで、列の最後尾に立っていた。
なぜかというと、これは当然の話となってしまう。その理由とは――。
「ねぇ、キミ! キミはどこの家の子なの?」
「え、僕――じゃない、私……?」
「そうそう、キミだよ! アタシはヒードリック子爵家のアリーシャ!」
そう考えているところに、元気いっぱい。
隣の女の子にそう声をかけられた。僕は思わず素で返事をしかけて、しかしすぐに取り繕う。どうやら違和感は抱かれなかったらしく、同じく新入生の少女――アリーシャは満面の笑みで頷いた。
肩ほどまでの赤髪をサイドアップにした子だ。
活発そうな声の印象と同じく、金の瞳がキラキラと輝いている。背丈はこちらと――僕が小柄というのもあるが――大差なかった。
「ねえ、キミはどこの子なの?」
「え、えっと……」
教員の視線を感じてか、少しだけ声のトーンを落としてもう一度。
僕の名前を訊いてくるアリーシャ。
「はぁ……」
そこで、僕は一つため息をついて。
これまでの出来事を思い出しながら、自分の仮の名を口にした。
「私は、フィーナ。ニクリストス伯爵家の、フィーナ」――と。
◆◇◆
「え、っと……? お父様、いまなんて仰いました?」
「すまないな、フィオ。お前には女性として、ヴィヴィアンヌ女学園に行ってもらうこととなった」
「ごめんなさい。ちょっと、何言ってるのか分からないです……」
――今から二か月前のこと。
そろそろ眠りにつこうと思っていた時間帯に、僕は父から呼び出しを受けた。何事かと思いつつ部屋を訪ねると、突然にそう切り出されたのだ。
一気に目も覚めた。
だって、そんなことあり得ない。なぜなら……。
「あの、僕は男…………ですよね?」
そうだった。
僕は正真正銘の男性、なのだから。
とはいえ、あまりに自然に切り出されたために己の性別さえ疑ってしまった。そんな混乱するこちらに、父であるピエールは静かに言う。
「あぁ、間違いない。お前は我が伯爵家の一人息子だ」
「ですよね!」
よかった。
ひとまず自分の性別を勘違いしていた、というわけではなさそうだ。
「でも、それなのにどうして……女学園?」
同時に、父が勘違いしている線も消えた。
そこで改めて、僕は理解不能なその点について訊ねる。
すると父は静かにため息をついてから、重い口を開くのだった。
「お前の姉――フィーナのためだ」――と。
僕はそれに首を傾げる。
「フィーナ、姉さん? どうしてここで、フィーナ姉さんが出てくるのです」
「お前も知っての通り、フィーナは産まれついての病弱だ。そのため学園に入学する年となる今まで、外に出る機会もなかった」
「はい、だからそれが――」
「だからお前には、フィーナのために学園に通ってもらおう、と思ってな」
「――前後の文脈に繋がりなくないですか!?」
思わずツッコミを入れてしまった。
「あぁ、すまないな。少々、結論を急ぎすぎた」
「その結論自体もおかしいと思いますが……」
僕の叫びに、父は咳払い一つ。
改めて説明を始めた。
「適正年齢に至ってなお学園を卒業できぬ者には、貴族としての権利が与えられない。それがこの国の決まりであるのは、知っていたか?」
「え、えぇ……なんですか、その決まり」
「私もどうかと思う。しかし、それが今回の問題なのだ」
「…………」
そこまで聞いて、なんとなく想像ができてきた。
つまり僕がヴィヴィアンヌに行くのは、三つ上の姉――フィーナを無事、貴族として独り立ちできるようにするため。
「貴族でなくなれば、病弱なフィーナの面倒を見ることができなくなる。貴族から庶民への、個人的な関与は禁止されているからな」
「…………」
そして、その生涯を守るためだった。
僕は少しだけ考え、しかし改めて首を左右に振る。なぜなら……。
「お父様の考えは、分かりました。でも僕は男で――」
「心配するな、フィオ。お前は母親似の、根っからの女顔だ。バレないバレない」
「――バレると思いますけどねぇ!?」
――この父親、最初から意見を聞く気ないな!?
僕が声を上げると同時に給仕が二人、左右に現れた。そして、
「あの、お二人とも。その手にあるのは、なんでしょう?」
「メイク道具ですわ、フィオ様」
「安心してくださいまし。痛くは致しません」
「…………」
ガッチリ。
身動きを封じられてしまった。
「頼んだぞフィオ! フィーナの命運は、すべてお前にかかっている!!」
「このクソ親父ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」
こうなっては、なすすべなし。
僕は給仕二人に引きずられ、メイクを施された。
そして、女子らしい仕草とはなにかを、徹底的に叩き込まれたのだった。
◆◇◆
――以上、回想終わり。
「まったく、どうなってるの……?」
入学式を終えて、僕は一人洗面所にきていた。
今日は式が終われば、そこからはしばし自由行動。ひとまず人気のない旧校舎の裏にきて、深いため息をついた。
なんとかバレずに済んだ安堵と、理不尽への憤りを処理する。
そしてふと、懐から手鏡を取り出した。
「…………」
覗き込むと、そこに映っていたのは一人の女生徒だ。
柔らかなウェーブを描く金の髪(ウィッグ)に、蒼の瞳。ほんのりと施された化粧は、すべて自分でやったもの。見れば見るほど、そこには一人の女生徒がいた。
「…………可愛いじゃん」
いや、完成度高くない?
これ僕が僕じゃなかったら、僕に告白してたよ。
決してナルシストになったわけではなくて。素直に一人の美少女として、僕はそこにいた。フィーナ姉さんも綺麗な方だけど、これはこれで……。
「じゃないよ!?」
なんだよ!
なんで納得しようとしているんだ、僕は!!
「うがー!! こんなもの(ウィッグ)、邪魔だあぁぁぁぁ!!」
僕はいよいよ錯乱し、ヅラを外して叩きつけた。
肩で呼吸をして、必死に理性を保とうとする。だがしかし――。
「だ、ダメだ。イライラして仕方ない……」
気持ちは収まらない。
だから、気付かなかったのだ。
「…………あ」
「…………」
一人の女生徒が、ずっとこちらを見ていたことに。
「…………」
僕はその子を見た瞬間に、声を失った。
女装がバレたから、ではない。その子が、あまりにも美しかったから……。
制服の帯の色が赤だから、新入生なのだろう。
蒼い髪に赤の瞳をした彼女は、これといって顔色を変えずにこちらを見ていた。不思議なのは、視線が交わっているにもかかわらず、不快感がなかったこと。
いつまでも目を合わせていられる、不思議な美少女。
乾いた風が吹き抜けた。
舞い上がる髪を押さえることもなく、僕たちはただ立ち尽くしていた。
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