第2話 僕とお爺ちゃん

「死んでくれ」


ドスッ!

っと鈍い音を立てながら、ボロボロの服を着た少年は自分の背丈より高い剣をオークの頭に突き刺す。

その途端、少年の体に温かい力が流れ込んでくる。

人はこの力を経験値と呼んでいるらしい。


「弱いから悪いんだ」


そう一言呟いてから、深緑の目を持った少年はオークの頭から剣を抜き取った。

そして油断なく素敵を行いながら、オークの死体から血を抜いた後、どんどん切り取っていく。

解体が終わり、ギリギリ抱えきれる量の肉をカバンに入れた後、少年は剣を肩に担ぎながら森の奥へ向けて歩き始めた。


しばらく歩いた後、岩場の近くにあるログハウスにたどり着く。

外には簡素だが小さな畑があり、色々な花や薬草が植えてある。

少年はログハウスの扉を開け、そっと中に入る。

「戻ったか、ラクナ」

「ただいま、お爺ちゃん」

家の奥から聞こえてくる優しい声に答えながら、少年ラクナは扉を閉める。

オークの肉が入ったカバンをカウンターにドサッと置き、テーブルの上に並べられている瓶の一つを手にした後、ラクナは奥のベッドで横たわっている老いた男の横に座った。

「お爺ちゃん、元気はどう?」

ラクナは瓶を老人に手渡す。枯れた枝の様な手、瓶を持つその手は少し震えていた。

―もうお爺ちゃんは、、、、

ラクナはそんな自分のお爺ちゃんの姿を見るごとに心が痛む。

数年前は元気よく剣を振り回しながら森を抜け、都市へ買い物に出かけていたお爺ちゃんの姿はもうそこにない。

サラサラしていた長い白髪は萎れており、体は一回り小さくなったようにも見える。

この森を出て、外界の者たちに助けを求められるほどの力を持っていないラクナは自分の大事な家族を助けような色々な事を試した。

ひたすら名前の知らない薬草を混ぜ合わせ、怪我をした動物に試し、やっと作り上げた薬。

その薬を毎日お爺ちゃんに飲まして、約一か月、ラクナは自分の努力が無駄だったのでは、もうお爺ちゃんは助からないのでは、と思い始めていた。

「ッはー、いつになっても不味いなこれは!」

そんな苦し紛れな声を出しながら瓶の中の薬を飲み終わったお爺ちゃんは、瓶をラクナに渡した後、突然ベッドから跳ね起き、飛び跳ね始めた。

「お、なんだか体が軽くなったぞ。」

「本当に!」

突然の出来事に驚きながらも、ラクナは嬉しさの余りに同じように椅子から跳ね起きる。

「あぁ、今日は久しぶりに剣の稽古をしてやるか?」

―信じられない、、やっとお爺ちゃんが!

普段は無表情なラクナは涙ぐみそうになるのを必死に堪えながら元気よく答えた。

「うん!」

「よし、じゃあ行くぞ」


+++


剣と剣がぶつかり合う音が森に響き渡る。

ログハウスの前の空地では小さな少年と老人がそれぞれの剣で激しい攻防を繰り広げていた。


「少し見ない間に腕が鈍ったかぁ?」

「に、ぶ、って、ない、よ!」

「そう、かい!」


シュン!

と鋭い音と共に、ラクナの手から剣が跳ね飛ばされる。

―やっぱり、お爺ちゃんは強い

ラクナは地面に突き刺さった剣を片手で引っこ抜く。

「病み上がりの老人に手加減は必要ないぜ」

「もう手加減はしない」

その言葉と共にラクナの剣が少しずつ光り輝いていく。

―これが修行の成果だ

ラクナは右手に握る剣を肩の上まで振り絞る。

そして、青空のように透き通った水色の光を纏った剣をありったけの力を込めて振り落とす。

水色の光が大きな弧を描きながらお爺ちゃんの方へ向かっていく。その光は太い木をもたやすく切る魔力と風圧の刃、ウェポンスキル、<ソニック・ブレイド>

だが、それはお爺ちゃんの軽い一振りだけで消し去られてしまう。

「ほう、基本は物にしたようだな、だが、、「一撃だけじゃないよ」、なに!?」

ラクナの突然の呟きにお爺ちゃんは驚きの声を上げながらも、反射的に上体を反らせる。

さっきまで居た位置を通り過ぎたのは緑色の魔力の刃。違うスキルだろう。

「その年で単発型ウェポンスキルのクールタイムを減少させるとは大したものじゃねえか!」

「簡単に躱されちゃったけどね」

「本当に可愛げねーな。俺が何年生きてると思ってんだ!?」

お爺ちゃんはげらげら笑いながら、剣を肩の上に乗せる。

どうやら、さっきの攻撃はお爺ちゃんの御眼鏡に適ったようだ。

ラクナはそんなお爺ちゃんの嬉しそうな姿を見ながらも表情を変えずに剣を目の前に構え、相手を鋭く睨めつける。

―どんな時でも油断したら負けだ

ラクナはお爺ちゃんに教えられたことを忠実に守りながら、じりじりと間合いを取る。

「丁度いい、ラクナには少しだけ、『世界』というものを教えてやろう」

その途端、周りの空気が変わる。

空はいつの間にか日陰になっており、体が妙に重たい。

ラクナは一瞬、大量の冷汗が背中に流れ落ちるのを感じた。

―本気でくる、だけど距離はある。ちゃんと見てれば。

ラクナはそう考えたが、彼は病み上がりという理由だけで相手を甘く見すぎていた。

「今から使うのはエンハンススキル、」

剣をだらんと持ったまま自然体でそう呟いた途端、お爺ちゃんの姿は掻き消える。

「えっ!?」っとラクナが声を出しながら瞬きをした時には、

「<ボルテックス>だ」

お爺ちゃんはラクナの首に刃を当てながら、彼の耳にスキルの名を囁いていた。


+++


「これが『世界』だ!」

お爺ちゃんは埃で汚れたラクナの銀色の髪を撫でながら、豪快に笑い始める。

さっきまで発していた激しい威圧感はもうなく、ラクナを見るその顔は、子の成長を喜ぶ親の顔だった。

―完全に負けた。自分はまだ未熟だ。

十一歳とは思えないような思考や落ち着きを持つラクナは自分の油断を悔やんだ。

しかし同時に、今回は負けて良かったかな?っと頭の隅でそう思う。

負けたことでラクナは確信することができたからだ、お爺ちゃんは復活したと。

ラクナはそんなお爺ちゃんの復活に内心喜ぶあまりに、その時、気が付くことができなかった。

ラクナの頭を撫でるお爺ちゃんの手が変色していることを。

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