第20話 くっ殺魔法少女マーシャル☆テトラ(下)

 人狼の群れを壊滅させ、夜営してから騎士団に戻る。

 早朝に着いたのだが、アイヴィはもう出勤していた。


「お疲れ様です。おや、テトラさん。顔色が優れないですね」

「そうか? まあ、少し働き過ぎたかもしれないな」

「そうですよ。最近のテトラさん、少し変だから心配しますね。やけに飛躍した想像を口走るようになったじゃないですか」

「変なことに巻き込まれているから、自然とこうなったんじゃないか? まあ、魔法少女生活とももうすぐおさらばのはずだが……」

「それですよ。その、魔法少女という話自体が全く聞き覚えがない単語なんですよね。知り合いの魔術師たちに話を聞いても、それらしきことには心当たりがないと言われましたし。そもそも少女という年齢でもないでしょう」

「私に言うな。クレームはフォニ丸の方に言ってくれ」

「猫に言っても無駄でしょう」

「こいつはそれなりに賢いから大丈夫だ……いや、ムカつくほどふてぶてしいから、こちらの要求を理解はしても従いはしないだろうが」

「それは人の言語を理解してないだけですよ。はぁ……カタリナ王女に猫を届けて以来、何度も『猫飼いたい』と言っていた矢先にこれですか」


 全く理解されないことに悲しみを覚えつつ、フォニ丸を撫でる。

 クソみたいな仕事を押し付けてくる部分を除けば、これでもなかなか可愛げがある。

 前脚を掴んで身体を広げ、無抵抗のお腹に顔を埋める。

 そのまま深呼吸。

 何とも言えない少し甘い匂いを胸いっぱいに取り込むと、頭がふんわりと満足感に包まれる。

 数回繰り返してフォニ丸を顔から離す。


「よし! 今日の仕事に行くか!」

「テトラさん。今日は休みですよ」


 アイヴィの指差す先には、勤務表があり、確かに休みになっていた。


「休みか……。でも、超元気だから、適当にモンスターを狩り散らしてくるか」

「あっ、ちょっと。もう少し休んだ方が……」

「私にとって、仕事以外の戦闘は遊びの内だ!」


 戦いを求めるような声を聴いたような気がして、制止を振り切って外に出る。

 心まで浮き上がりそうな疾走感で街を走り抜け、そのまま、モンスターのいそうな森の中まで突っ込んでいく。


「フォニ丸を追ってネビュラスが出てくるというのなら、街の中よりも外で待ち構えた方がいいだろう。昨日の人狼みたいなのは御免被るからな」

「そうなのかい? 意外と思いやりがあるんだね」

「意外と、って何だ。意外と、って」

「そのままの意味だよ……おや? あの山の頂上に何かが降り立っているのが見えるかい?」


 カルボニス王国領で最も高いと言われている山を見る。

 雲が割れて、山頂へと降り注ぐ光の中に、人型の小さな物体のようなものが降りてきているように見えた。


「遠いな……」

「そうかな? 魔法少女になれば空を飛んでいけるじゃないか」

「ほう。それはいいことを聞いた。ならば、変身だ!」


 いつものフリフリした衣装に衣替えし、両足に力を込める。

 そのまま、山の頂上に向けてジャンプすると、地面に大きな跡を残しながら、一直線に向かうことが出来た。

 山に突っ込むような形で着地する。

 どうやらこの山頂には洞窟があったらしく、ここはその中らしい。土と石でできた壁の片方をぶち抜いて侵入した形だ。

 そして、天窓のように開いた穴から、ちょうど人型のネビュラスが降りてきているところだった。

 しかし、そいつの着地地点にはドラゴンがいて、私の方を不思議そうに眺めていた。

 睨みあうこと数秒。


「お前、ここに何しに来た? むしろここまでどうやって来た?」

「飛んできた。そして、お前の上にいるやつを倒しにきた」

「上? 上には何もおらぬぞ」

「視野が狭すぎるんじゃないのか?」

「たわけ。自分の背中も見れない人の子に視野が狭いなどと言われたくないわ」

「背中が見れるなら、空からゆっくり降りてきているやつの姿も見えるだろう。ほら! もうお前の背中に触れる距離だぞ!」

「さっきから何度も確認しているが、見当たらんな。気配も感じぬ。……いや、お前の肩に乗っているソレ。あまり良くない匂いがするな。そいつを差し出せば見逃してやろう。大人しく街に帰るがいい」

「ふん。その手には乗らんぞ。フォニ丸を狙うとは……やはり貴様もネビュラスの一味だったか」

「いや? 単純にお前の健康を心配しただけだが?」

「何を言っている? むっ!」


 空から降りてきた人型のネビュラスがドラゴンに触れると、ドラゴンの背に鞍と鐙が現れた。つまり、ただのドラゴンから、ドラゴンライダーに変化したというわけである。


「もう言い逃れは出来ないぞ。魔法少女マーシャル☆テトラちゃんが成敗してくれる!」


 あいさつ代わりの拳がドラゴンの爪を砕く。

 しかし、さすがはドラゴンといったところで、爪は壊せても前脚全体にダメージを負わせるには至らなかった。

 下のドラゴンばかり殴っても仕方ない。

 相手の攻撃をかいくぐりながら、背中にステッキを振り下ろす。

 だが、一撃では倒しきれなかったらしく、相手はまだ手綱を握りしめて鞍上に踏みとどまっていた。そのまま、ドラゴンが飛翔する。


「くっ、逃げるのか!」


 上昇してから方向転換するまでの間に、ふたたび跳躍してドラゴンの腹に蹴りをお見舞いする。


「テトラ。ネビュラス相手には魔法を使うことも大事だよ。相手はこの世の理が通用しない存在なのだから」

「そうだったな。この世界をネビュラスから守るという熱い正義の心が私に大いなる力を与える……ドラゴンもろとも、消え去るがいい! 波ァ!」


 魔力の光線を放つと、ドラゴンがブレスで応戦してきた。

 なぜか押し切れないまま、空中で爆散する。


「あいつ……今までの戦いで学習したみたいだ。もう同じ手は通用しないよ」

「そんな! いや、まだ私は、このステッキの本気を見せたことがなかったはずだ」


 ステッキに魔力の光線を纏わせ、疑似的な刃を形成する。


「受け取れ! ライトニング・ゲイボルグ・オルタナティブ!」


 光り輝くステッキを、槍投げの要領で投擲する。

 音よりも速く投げたつもりだったのだが、ドラゴンの形成した魔力障壁を突破するために、知覚できる程度の停滞が一瞬だけ発生してしまった。

 この刹那を利用して、ドラゴンは片翼に風穴を開けられるだけにダメージを抑えたわけである。


「ぐっ、先ほどの反動で右肩が使い物にならなくなったな……。だが、私は魔法少女。肉弾戦はオマケみたいなものだ!」


 バシバシ魔法をぶつけていくが、ネビュラスに操られ始めてから急にパワーアップしたドラゴンに対し、火力で有利を取れなくなっていた。

 もともと魔法が得意ではなかったことも大きいだろう。


「このままでは押し切られる。どこかに勝つためのヒントが……」


 視線の端に小さな白い生物を捉えると、無意識的に笑みが深まった。

 フォニ丸だ。やつの匂いを嗅ぐと、不思議と活力と魔力が溢れてくるのだった。

 これを利用しない手はない。

 衝動的にフォニ丸を掴んで、顔に近付けて胸いっぱいに空気を吸う。


「おぉ……。これなら、私はまだ戦える」

「愚かな……。人間よ、それは貴様らには過ぎたものだ。過剰に摂取することは勧めないぞ」

「ふん。劣勢に立たされるのが怖いだけだろう」


 出力の上がった魔法のおかげで戦局が変わる。確実にこちらの攻撃が通り始めた。

 しかし、このパワーアップは一時的なものだったらしく、仕留めきれないまま、元の拮抗した状態に戻ってしまった。

 慌ててフォニ丸を吸うが、効果がやや鈍ったように思われた。それに、以前よりも多く吸い込まないと、パワーアップ出来なくなっている。

 当然、それだけの隙が生まれるわけで、大ダメージを受けてしまう。

 転がりながら腕の中の小動物の安否を確認する。


「げほっ……。フォニ丸は無事か。なら、まだ戦えるな」

「ふん。戦闘よりもそっちが気にかかるようになったか。もうその辺でやめておけ。戻れなくなるぞ」

「お前を倒したら元に戻るさ。何もかも、な」

「さて、それはどうだろうな」


 魔法と肉弾戦を合わせて戦う。右腕は使えなかったが、これでも一応戦えている。

 私の魔力的に、大きな魔法はあと一発といったところだろう。

 相手の尻尾を掴んで振り回し、遠くに投げたところでフォニ丸に手を伸ばす。

 だが、その瞬間を見計らったように、これまで静観していた人型ネビュラスがフォニ丸に向かって、文字通り腕を伸ばした。

 恐ろしい勢いで伸ばされた細い腕を掴もうとしたが、相手は腕をしならせて避けた。

 その影響で狙いがずれたのか、フォニ丸に直撃することはなかったが、風圧でフォニ丸が山頂から転がり落ちていった。


「フォニ丸!」


 落ちていく方向を見やると、自分の影が揺らめいているように見えた。

 反射的に見上げると、頭上でドラゴンが今まで以上に魔力を込めたブレスの準備をしているのが見えた。片翼しかないはずなのに、魔法か何かでちゃんと姿勢制御されている。

 もしアレが放たれれば……。

 本能的に敗北を悟る。

 あれはもう避けられない。岩場に隠れても、瞬時に岩ごと消し飛ぶのがオチだ。

 魔法での防御? 今の私の魔力では、一秒止められればいい方だ。

 寒気がする。身体が震える。しかし、奇妙だ。何故って、私はドラゴンのブレスを恐れているのではなく、フォニ丸がどこかに行ってしまったことを、あの不思議な甘い匂いを嗅げなくなることをこそ恐れているのだから!


「くっ、殺せ……!」

「このまま見逃してやる方が残酷というもの。さらばだ、人の道を外れてしまった女よ」


 せめてもの抵抗として、魔法による防壁を作り、その間に山を砕いて地中に逃げ込もうとしたが、威力が大きすぎて頭上をカバーするようなタイプの穴を掘ることが出来なかった。

 眩しい光とともに、熱が届く。

 そして私の意識は白く塗りつぶされ、身体の震えも感じられなくなった。





※作者あとがき

 ここまで読んでいただいて誠にありがとうございました。

 誠に唐突な話なのですが、『100分の1の確率で死ぬ女騎士』(カクヨム版)は、更新ガチャの結果、ここで完結となってしまいました。

 ガチャ結果に疑問を持っている方は「#100分の1の確率で死ぬ女騎士」でTwitter検索をしてみてください。

 全100話を構想しており、24話ほどまで書き進めていた最中の出来事なので、作者自身が一番衝撃を受けているかもしれません。


 でも大丈夫! まだ小説投稿サイト残機は残っているのだから!


 本業が忙しくなることを考慮して、別サイトへの投稿は2020年6月以降を予定しています。詳しい日程が決まれば、こことあらすじ部分で告知する予定です。

 またお付き合いいただければ幸いです。


→事後報告で申し訳ないのですが、6月29日にノベルアップ+で連載を開始しました。19話より早めに死なない限りはカクヨム版と同じ内容になります。

 20話で死ななかった場合は、カクヨム版とは違う話になっていくことになります。

 今のところ週2回更新の予定なのでノベプラの方が20話に来るまでは時間が掛かると思いますが、20話以降はノベプラの方でお楽しみください。

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100分の1の確率で死ぬ女騎士 富士之縁 @fujinoyukari

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