第18話 くっ殺魔法少女マーシャル☆テトラ(上)
カタリナ王女様に猫を届けてから数日後。
街の通りを歩いていると、少女の叫び声とともに、人垣が割れ始めた。
「みんな、私が捕まえるまでその猫から離れて! その猫は危険なの!」
「何だ? また猫か……」
視線を移すと、通りの真ん中を疾走する小柄な影が見えた。
その後ろを猛追しているのは、箒に乗ったクラヴィスちゃんだった。
一般市民たちは、猫よりもクラヴィスちゃんとの衝突を恐れて避けているようだ。
猫自体は、この前の火を灯した猫――キャリドゥレッドレパードに比べれば無害そうだ。白とピンクを基調とした毛並みで、キラキラした粒子を放ちながらピョコピョコ走っている。あの箒に追いつかれないスピードは評価に値するが、それだけだ。
知り合いが困っているのなら助けるのが騎士というもの。まあ、早めに収拾をつけることによって一般市民に安心を与えることも出来ると考えても、これは騎士たる私の出番だろう。
行く手を塞ぐように堂々と道の真ん中に立つと、クラヴィスちゃんが驚いたような表情を浮かべた。
「テトラお姉ちゃんもダメ! そいつは……」
「案ずるな。この程度の猫相手に私が遅れをとるとでも?」
「そういう意味じゃ……あっ」
突撃してきた猫を普通に受け止める。
身体が小さいので衝撃もほとんどなかった。
逃げないように首根っこをガッチリホールドする。
「何でもない猫じゃないか」
民衆たちが、ほっとしたような表情を浮かべた矢先、掴んでいた猫が声を出した。
「君、魔法少女になろうよ」
「は? 魔法少女? てか、喋ったぞコイツ!」
明らかに喋ったと思うのだが、口は全く動いてない。怖い。
「この世界には喋るモンスターもそれなりにいるじゃないか。何を珍しがっているんだい?」
「確かに、オークやゴブリンみたいに喋るやつもいるけど、喋るやつは人型に近いやつと、ランクの高いドラゴンとかぐらいだぞ。猫型モンスターが喋るなんて聞いたこともないね」
クラヴィスちゃんが追いついて会話に加わった。
「テトラお姉ちゃん、この猫はね、この世界のモンスターじゃないのよ」
「またそのパターンか? 最近もいたぞ。全然違う世界の人間が転生してきたとか何とか……」
「ボクは人間が転生したやつじゃないよ。最初からこの姿さ。前世もコレ、来世もコレだよ」
「よく分からんな……まあ、私としては、殺した方がいいのか殺さなくてもいいのかという事さえ分かればいいのだが」
「テトラお姉ちゃんは相変わらずだね……。コイツの代わりに私が説明すると、コイツを殺す必要はないよ。元の世界に戻す算段が見つかったらそれで帰ってもらうだけだから」
「そうだよ。むしろ殺さない方がいいとも言うね」
やけに自信満々に言い放った姿に腹が立つ。
「この猫が危険ってさっき言ってなかったか? それなのに殺さない方が良いなんて矛盾しているだろう」
「えーと、この猫自体はそんなに危なくないんだけど、この猫に関わると危ない目に遭う確率が高まるんだよ。だから、あたし一人でどうにかしようと思って……」
「そうだよ。だから、身を守るために君も魔法少女になろう!」
「魔法? 私は魔法が全然ダメなんだ。他を……それこそクラヴィスちゃんを当たりな」
「ダメだよ。ボクたちは最初に接触した人類から順番に契約する決まりなんだ」
「私は契約しない! さあ、次はクラヴィスちゃんの番だ」
「この契約はクーリングオフできないんだ。諦めてもらう他ないね」
「クーリング……? いや、破棄できない契約なんておかしいだろう。というか、お前は私と契約したら一生ついてくるつもりなのか?」
「一生ではないよ。ボクたちの故郷を襲ってくる悪魔たちを一定数倒せたらノルマ達成ということで契約終了。お礼をしてサヨナラさ」
「なるほど。お前たちにも事情があることは分かった。しかしなぁ、お前たちの故郷を襲うヤツらがこの世界に来てないとすれば絶対にノルマが終わらないことになるのだが……ん?」
真昼の空に何かが煌めいた。
逆光を背に、猛スピードで落ちてくる。
眩しさでよく見えないが、落ちてくる影の大きさが相手の脅威度を物語っている。これまでに見たこともないほどデカいぞ。
「テトラお姉ちゃん、支援します!」
「助かる」
その辺の魔術師よりも強力な肉体強化の魔法を受け、足を大きく広げて剣を身体に引き付ける。
タイミングを合わせてフルスイング。
だが、相手の勢いを止めるところまでは出来ても、打ち返すには至っていない。
このまま自然に超巨大モンスターが落ちると、街に大規模な被害が生まれてしまう。
「さあテトラ、今こそ魔法少女になろう!」
「今は選り好みしている場合ではないか……後悔するなよ!」
「契約成立だ。存分に戦うといい」
自分の身体を中心に、透明な半球状のベールのようなものが生じて相手を押し上げる。おお、何だコレ。強そうだな。
そのまま私の身体も光を放って、普通のTシャツとズボンといういつものスタイルが、やけにフリフリした衣装に変わった。前の服どこ行った?
剣も謎のステッキになっている。また弁償ものだろうか……。
例の猫が思考を読んだように、
「そういう世知辛いのは置いといて、いつものよろしく」
「はぁ? いつものって何だ……うわ、身体が勝手に……?」
変なポーズを取っている場合ではないと思うのだが、抗えないほどの力で身体を勝手に動かされた。
「暗い顔したそこのキミ、私の
キャピーンとウインクが決まると、ふたたび相手が落下し始めた。先ほどまで世界が止まっていたみたいに思える。
勢いは完全に減殺出来ているとはいえ、このまま地上に落とすわけにはいかない。人々には逃げてもらいたいが、街一つよりも遥かに大きそうな相手を前にして、逃げろというのも酷である。
街の人々が呆気にとられた様子でこちらを見ていることに気付き、今更ながら恥ずかしさが蒸し返してきた。
「くっ、殺せ……!」
「そういうこと言ってる場合じゃないよ、テトラお姉ちゃん!」
「ボクも貸した力を踏み倒されると困るから、今は負けて欲しくないなぁ」
「安心しろ。借金は割と返す方だ」
握っていたステッキに力を込めると、徐々に相手を押し返せているような手応えがした。剣では受け止めるので精いっぱいだったのだが、恐らく魔法による身体的なバックアップがなされているのだろう。
「このまま、吹き飛べ!」
クソデカい怪獣を空に打ち返す。今までにないスピードで飛んでいったので一種の清々しさすら感じたのだが、猫様はお気に召さなかったらしい。
「ダメだね~。第一宇宙速度に達してないよ」
「何だそれ?」
「要するに、また落ちてくるってわけさ。やっぱり星屑にするしかないね」
「どうやって? アレを粉々にするのは大変そうだぞ」
「そこで魔法少女としての力さ。手と手の間にパワーを集めることをイメージして」
「こ、こうか?」
空中でろくろを回していた過去の数人と似たようなポーズをとりながら、両手の間に意識を集中させる。
すると、暖色系の球体のような何かが形成されていった。徐々に膨らんでいる。
おお、アイツらもこれをやろうとしていたのか? 商売敵をこれでドーン、みたいな。
「いいね。それをアイツ目掛けて撃ち込むんだ」
「よし、いくぞ。……波ァ!」
こちらの攻撃を悟ったのか、怪獣が口から青白い光線を放った。
空中で光線どうしがぶつかり合う。
「テトラお姉ちゃん、別世界の魔法にどれだけ効くか分からないけど、サポートします!」
「おお、助かる」
クラヴィスちゃんから魔力のようなものが流されてくると、それが反映されたように、私の放つ光線が更に太くなり、勢いを増した。
相手の光線を押し切り、爆発四散させる。
「ヤツらから魔力を回収するから、ボクを空に投げてよ」
「じゃあ遠慮なく」
散々な目に巻き込まれた恨みも込めて全力で投げたのだが、気にすることなく、相手の残骸を謎の空間にしまい込んで、ついでに謎の光を放ち、ふわふわと降りてきた。
「君たち二人以外の人間から、さっきの出来事に関する記憶を改ざんしておいたよ。別の世界と過剰に干渉すると、お互いにとって面倒なことが起きかねないからね」
「じゃあ帰れよ」
「ボクだって好きで流れ着いたわけじゃないんだ。しばらくの間はよろしく頼むよ」
こうして、謎の魔法少女生活が始まった。というか、少女って歳じゃないはずなのだがいいのだろうか? ……深く考えるのは止めよう。酒だ、酒。
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