第17話 ねこかいたい

「カタリナ王女、私に話があると聞いたのだが……」


 今日はカタリナ王女から直々の依頼があるらしいという話を聞いて王宮まで出向いたわけである。

 ベッドに座っている王女様は、いつになく真剣な表情をしていた。

 卑劣漢に襲われていた時ですらここまで深刻に悩んでいるような表情ではなかったように思う。

 彼女がそれほどまでに思い悩む内容とは一体……。


「よく来たわね、テトラ。聞いてちょうだい。私ね、猫を飼いたいのよ」

「は?」


 どんな悩みかと思えば、猫。

 王族のコネを使って業者から買えばいいじゃないか、と思ったが、それができるなら既にこの部屋に猫がいるはずだ。


「猫を買ってこいという話でしょうか」

「話が速くて助かるわ。ええ、猫を狩ってこいという話よ」

「しかし、人によって好きな猫は違うだろうから、ご自身で選べばいいのでは? 市場に行くための護衛が必要というのならば喜んで……」


 王女様が首を傾げた。

 つられて私も首を捻る。何かやらかしてしまったのだろうか。


「王族ともあろうものが、その辺の商人が売っているような猫を飼うことは許されない……お父様の言葉よ」

「売っている猫は買えない? となると……」

「野生の猫を捕まえるしかないでしょう。今回の場合は、猫というより、猫っぽい生物と言った方がいいのかもしれないけど」

「それはやっぱり、その辺を歩いている猫を捕まえるというのではなく……」

「そう。それなりの強さがある猫型モンスターを捕まえるという話よ」

「捕まえるのは構わないが……誰が世話するんだ? 私が毎日来るというわけにはいかないし……」

「モンスターの生態に詳しい博士に話を聞いたら、赤ちゃんの時に自分が親だということを理解させれば飼育できるんだって。だから、世話は私や周りの従者がやることになるわね」

「ふうむ。まあそっちの心配を私がしても仕方ないか。それで、どういうモンスターなんだ?」

「あなたも知っているでしょうけど、耳や尻尾に火が灯っている猫ちゃん――キャリドゥレッドレパードよ!」

「名前を聞いたことはあるが、戦ったことはないな。相当珍しい生物と聞いているが……まあ、わざわざ呼び出すぐらいだから、ある程度の算段は整っているとみた」

「そうよ。これが例のモンスター博士から受け取ったメモ。そろそろ子どもを産むシーズンらしいわ」


 生息場所や生態なども教えてもらったので、早速準備する。

 それなりの強さのモンスターだが、他の人のスケジュールと合わなかったので一人での遠征だ。

 片道二日の道のりを馬で移動し、最寄の村からは徒歩で移動する。

 聞いた話によると、相手は夜行性らしいので、どうにか昼の内に見つけて倒しておきたいところだ。いくら戦闘に自信があるとはいえ、無理に真正面から戦ってやる必要はない。

 むしろ、自分に有利な状況を作ることも戦闘力の一部だ。


「猫か……。確かにカワイイけど、世話してくれる人がいないからダメだな」


 下生えの多い土地を歩きながら、お目当てのモンスターを探す。

 ただし、当然ながらここにはお目当てではないモンスターも多く生息している。


「お前じゃないし、お前でもないんだよなぁ」


 久々の獲物だと思って襲ってくるモンスターたちを一蹴しつつ、さらに人気の少ない場所を目指して進んでいく。

 博士のメモによると、やつらは群れを形成しないらしい。

 戦闘においては助かる話だが、見つける場合には面倒なことこの上ない。


「猫狩りたい~、猫狩りたい~」


 繰り返しつぶやきながら歩き続けたが、まったく見つからないまま薄暗くなってきた。体の各所に火が灯っている相手を見つけるには、暗いぐらいがちょうどいいのだが、他のモンスターの相手も考えると、悩ましいところだ。

 出産シーズンの個体は、子どもを守るために普段より全力で襲い掛かってくるのが自然界の常である。そこも考慮すると、やっぱり夜が来る前に終わらせたいところだが……。

 モンスターの隠れやすそうなところを片っ端から探していると、ついにお目当ての相手を発見出来た。

 全体的に赤っぽい毛並み、黒々とした瞳、耳や尻尾に灯った炎にしなやかなフォルムの身体。キャリドゥレッドレパードだ。

 しかも、ありがたいことに、岩陰の奥に赤ちゃんらしき個体も見えた。


「さて、まずは猫解体といきますか!」


 明確な敵意を感じたのか、相手が先制攻撃として炎を纏って突撃してきた。

 剣の腹で受け止める。聞いた話によると、こいつの毛皮は高価で取引されるらしいので、出来るだけ綺麗なまま倒してやりたい。

 子どもの略奪なんて、なんとも人聞きの悪いことだが、モンスター相手なので一々心を痛めてはいられない。

 人間の子どもだって、無防備に晒されていればモンスターのエサになってしまう。

 やっていることは、人もモンスターも同じだ。

 さて、どう倒すか……と考えたところで、ふと別の思考が混ざる。


「とはいえ、人間に恨みを持ったまま育てられたら、いつ王女様が噛まれるか分からない。実際のところ、モンスターが何を考えているのかは知らないが……」


 子どもだけを抱えて走っても、恐らく相手の方が速いため追いつかれる。

 ならば逆か。

 剣をしまって、拳を構える。

 牙を剥きながら猛烈なスピードで首元目掛けて飛んできたところを狙う。

 相手の頭と下あごを掴んで、グルグル回転しながら振り回す。

 少し引っかかれる程度は無視して、良い感じに勢いがついてきたところで手を離した。

 夕暮れ空に、炎の塊が弧を描く。

 その様子を見送りながら、すぐさま子猫を抱え上げて急いで元来た道を引き返した。

 子猫は最初こそ抵抗していたものの、道中で確保しておいた肉をあげるとあまり抵抗しなくなった。


 数日後。王宮にて。


「お届けものでーす」

「あら、聞いていた日程より早かったわね」

「見つからなければ何泊もする予定だったが、幸運なことに、その日のうちに見つかったからな。というわけで、お待ちかねの猫だ」


 手に提げていたカゴの蓋を開ける。

 警戒しているのかすぐには出てこなかったが、しばらく待っているとゆっくりした足取りで出てきた。


「カワイイ! 本で見たものより何十倍もカワイイわ! 短い手足でよちよちしているところとか、つぶらな瞳とか、そして何より、ほんのりあったかい耳と尻尾! 最高!」


 興奮した王女が、既に用意していたと思われるエサを与えると、警戒する素振りもみせずに素直に食べた。


「予想以上に懐いているようだな」

「人懐っこい性格なのかもしれないわよ」


 戦闘中の親の顔を思い出し、


「どうだろうな。生まれたばかりで何も知らないだけかもしれないぞ」

「まあいいわ。ちょっと可哀想なことをしてしまったかもしれないけど、その分……いえ、それ以上の幸せを味わわせてあげるんだから」


 猫に頬ずりしているカタリナ王女がかなりだらしない表情になっていたのは間違いないが、猫の放っている独特のオーラと王族特有の高貴さが合わさって、何故かいつもより光り輝いて見えた。

 猫すごいな。

 私も猫……いや、やっぱり世話してくれる人手がいないからダメだな。

 たまにこの猫の様子を見にくることで代用しよう。

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