第16話 くっ殺女騎士VTuber(4)

 そんなこんなで数日間活動してみた。

 やはりというか当然というか、向こうの世界では相当珍しいものらしく、かなり話題になっているようだった。

 あまりの情報量に、私はエゴサーチをするのを諦めている。

 私の話題が大きくなるにつれて、転生ゴブリンが昔投稿していたという動画も掘り起こされて再び日の目を浴びるようになったようだ。


「チャンネル登録者数もかなりの勢いで伸びているな。いい傾向だ。これが異世界で撮られた動画だということに薄々感づいた人たちが話題にしてくれているからだろう。おかげで、オタク層以外にも広くリーチできているのかもしれない」


 転生ゴブリンは完全に後方プロデューサー面になっている。

 しかし、このままやつの戦略に乗せられっぱなしというわけにはいかない。

 ここの飯は美味いが、いつまでもここにいるわけにはいかない。


「あっ、今日は配信しながら昼ご飯を食べてもらうから」

「ほう。それは楽しみだ」

「食べ物は世界共通の要素だからね。今までよりは楽な配信になるだろう」

「ゲームも面白いが、私には少々難しかったからな。そっちの方が良いだろう」


 約束の昼ご飯の時間。


「みんな、くっ殺~(挨拶)。今日は昼ご飯を食べる配信らしい。いつも君たちの世界のご飯は楽しみにさせてもらっているよ。さて、今日食べるのは……」


 差し出されたカンペを読む。


「ええと、カップ焼きそばとやらだな。このゴブリンに初めて会った時に食べさせられたカップラーメンの仲間だろうか。……ええと、詳しくは動画のサムネイルと概要欄にて、だって。よく分からんが、それを見てくれ」


 調理したものをゴブリンが持ってくる。もちろん、画面に映らない範囲で。

 それを受け取って、元の位置に座り直した。


「カップラーメンに入っていた汁がなくなっているな。そういうものなのだろうか。まあいいや。というか、他人の食事風景なんか見ても面白いのか?」


 またもカンペが差し出される。


「これを見ながら食べることによって、一人で食べる寂しさを紛らわせることが出来る、だって? 変わったことをするやつらだな」


 さて実食。

 あまりボリュームのない縮れ麺を掻き分け、五分の一ほどを掬い取る。

 この量だと、配信が終わった後におかわりしなければならないだろう。

 茶色っぽい麺を口に含み、数回咀嚼して……。


「ゲホッ、辛! うわ何だこれ辛っ! 辛いというより痛い!」


 ゴブリンに向かって、飲み物を出せと身振りで伝えるものの、「食べ終えてから」というカンペを出されて一蹴された。


「このゴブリンどもに毒を盛られた経験もあるが、それより強烈って、別の世界の毒は進化しているな」


「毒じゃないです」というカンペが出される。


「何ィ! これが毒じゃなかったら何が毒だというんだ! というか早く飲み物か甘い物を持ってこい!」


 しかし向こうは態度を崩さない。これを食べきれということだろう。

 空気を吸うたびにヒリヒリする口の中や、溢れ出る唾液や鼻水などと戦いつつ、どうにか食べ終える。


「これで文句はないだろ! さあ、早く出せ!」


 しかし、「配信が終わってから」というカンペにすり替わっただけだ。


「あ? 配信が終わってから? しかし、配信の切り方とか分からんぞ。くっ、卑怯者め……!」


 つまり、この場の主導権は転生ゴブリンが握っているというわけだ。

 ん? いや待て。この機械をぶっ壊せば配信とやらは出来なくなるはず。

 ……しかし、また機械をどこかから出されれば配信は再開される。そんないたちごっこを続けるわけにはいかない。

 ならば、配信に使っているアカウントとやらを潰すしかあるまい。


「これまで貴様らゴブリンどもに協力してやったというのに……食べ物の恨みは深いぞ」


 この場の空気感が一変する。

 思わず、転生ゴブリンが口を開いた。私の動画にこいつの声が入るのは初めてだ。


「な、何をするつもりだ?」

「簡単なことだ。このチャンネルがBANされるように仕向ける。貴様はどうせ神から得た力でしか何もできないやつだ。ユーチューブ……いや、その上の存在であるグーグルとかいうやつの逆鱗に触れれば何も出来なくなるのだろう?」

「こ、こいつ……脳みそまで筋肉で出来ていると侮っていたが……」


 昨夜、手元のスマートフォンで調べたらアカウントを破壊するための幾つかの条件が分かったので、ここまで強気でいけるというわけだ。

 まさか相手の倒し方を、相手が渡してきたものから得られるとは思っていなかったが、何でもとりあえずやってみるものだ。


「何をするつもりかは知らないが、俺はアカウントを守る! たった四日でチャンネル登録者数が百万近くまで伸びたアカウントだぞ! ゴブリンの俺じゃあ、頑張っても千五百人がせいぜいだった……。ましてやゴブリン以下の顔面だった前世じゃ百人にも行かなかっただろうよ。せっかく掴んだこのチャンス、捨てられるわけがない!」


 パソコンに向けて伸ばされた手を、拳による風圧ではねのける。


「何て力だ……!」

「アカウントもろとも、貴様らゴブリンは根絶やしだ!」


 一番近くにいたゴブリンを掴み、カメラに映る場所で思い切り地面に叩きつける。

 気合いを入れるための掛け声はこう。


「YouTubeポリシー! 及びィ! コミュニティガイドラインによるとォ!」


 一つの単語ごとに、一匹地面に叩きつける。もちろん、その間にカメラやパソコンなどに近付こうものなら、優先して倒していく。


「ヌードや性的なコンテンツ! 有害で危険なコンテンツ! 不快なコンテンツ! 暴力的で生々しいコンテンツ! 嫌がらせやネットいじめ! スパム! 誤解を招くメタデータ! 詐欺! 脅迫! 著作権違反! プライバシー侵害! なりすまし! 子どもの安全を損なうもの! その他の違反に対してェ! 様々な措置を執り行います!」


 血だまりとなった撮影部屋を歩き、転生ゴブリンに近付く。


「残ったのはお前だけだ。見逃せば王女様に危険が及ぶ。アカウントに対する処罰はユーチューブが下し、お前に対する制裁は私が行う。アカウントと共に果てろ」

「くっ、お、俺には神から与えられた能力がある! こうなりゃ、力でねじ伏せて演者を継続してもらうだけだ!」

「お前の能力が他のゴブリンより高いことは知っているが、メインは別の世界から物を取り寄せることだろう。その程度では……」


 ゴブリンの手から、モノを取り寄せる時の光が放たれ、次の瞬間、別の閃光が連続で発生した。

 ゴブリンが握っている黒い筒のようなものから、高速で小さな矢のようなものが飛んでくるのが見えた。

 見えたのなら対処出来ないわけがない。

 自分に当たりそうなものを素早く掴み取る。

 数秒で中身の全てを吐き出したと見え、それ以上何も飛ばして来なかった。


「お返しだ!」


 掴み取っていた金属を投げ返す。


「ぐっ、銃弾を掴み取るとは、化け物か……?」

「うちの騎士団相手にあんなものが通じると思ってもらっては困るな。こっちこい」


 カメラの前にゴブリンを投げる。


「いいか? お前の敗因は一つ。騎士団に喧嘩を売ったこと……ではない。それ以前の問題だ。つまり、自分の手で掴み取った前のチャンネルのファンを大切にせずに、安易な手に走ろうとしたことだ! 他人の手で戦おうとしている間は、私には絶対に勝てないと思え」

「そうか……そうだよな」


 思うところがあったのか、大人しく俯いた。


「元人間だというのなら、せめてもの情けだ。一撃で楽に逝かせてやる」


 剣を一振り。

 勢いで飛んだ首を空中で掴んで、胴体の上に据えた。

 ゴブリンの能力が切れたせいか、異世界の機械たちが徐々に薄れ始めた。

 変わり果てた撮影部屋を一瞥して、出ていく前に、届くかどうかも分からない言葉を一言。


「せめて、元居た世界の誰かがお前の最期を看取りますように」

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る