第14話 くっ殺女騎士VTuber(2)
私たちとは違う世界からやってきたという、謎の力や謎の道具を持ったゴブリンの先導に従って進むこと約1時間。
入り組んだ森の、さらに地中に隠すようにして形成された住処のような場所に移動した。
道すがら、ゴブリンから渡されたスマートフォンなる道具でバーチャルYouTuberとやらの動画を見る。
基本的に女の子が喋っているだけのようにも思えるが、別の動画では歌を歌っていたり、今まで見たこともないような遊び(?)をしている動画もある。
適宜端折りながらいろいろな種類の動画を見たが、長いものもあれば短いものもあって、見れば見るほどわけがわからなくなる。
コメント欄とやらもよく見るように、と言われたのだが、流れていく字の速さに頭が追いつかない。
洞窟の中も複雑な構造をしていて、後から私を探しにくるであろう新人たちでは簡単には見つけられなさそうな場所だと思った。少なくとも、私ならこんな場所を探り当てることは不可能だろう。
「ここだ」
あのゴブリンの部屋と思しき場所には、これまた見たことのないものが多く置かれていた。
机の上には、スマートフォンを大きくしたようなものが幾つかある。
椅子に座ったゴブリンが、着席を促す。
「まあその辺に座ってくれ」
言われた通り、近場にあった椅子に座った。
「さて、俺の能力でカメラとマイクを……」
ゴブリンが何かを念じる仕草をすると、部屋の片隅が光り、輝きの中から見知らぬ物体が出てきた。
見ているだけのゴブリンたちも歓声を上げている。
不思議そうに眺めることしか出来ない私たちとは対照的に、転生ゴブリンが出てきた物体を慣れた手つきで動かしていく。
私に向けて設置すると、説明を始めた。
「この機械……カメラという名前なのだが、これが君の姿を映す。そして、こっちの機械……マイクというのだが、これが君の声を拾う」
「スマートフォンとやらではやらないのか?」
「そっちでもできるけど、こっちの方が性能がいいんだ」
「そういうものか」
色々できるけど中途半端なやつと、限られたことしか出来ないがその分野に関しては能力の高いやつ。その使い分けが重要なのは人間も機械も同じか。
「そして、こちらの機械……パソコンというのだが、これにカメラの取った映像とマイクが拾った音声を集めて、YouTubeに流すという寸法さ。この作業は俺がやる」
「私にはさっぱり分からない機械だからな、任せる。ところで、もう始めるのか?」
「いや、今日は簡単な動画を取るだけだよ」
「今日は? ふざけるな! 1日で終わるんじゃないのか?」
「バーチャルYouTuberというのは本来長期間にわたる活動を前提としているんだ。しかし人気の低迷やモチベーションの低下、予算の問題や誹謗中傷などによる精神的ダメージ、仲間内のトラブル、進学や就職にともなう中の人の環境変化などによって短期間で活動が終わってしまう例も多くて……」
あまりにも悲しげに語る姿を見て、それ以上は怒る気になれなかった。
私にしてやれるのは、一撃でコイツを楽にしてやることぐらい……。
力を溜め始めたところで、制止の声が掛けられた。
「待ってくれ。ただで数日間拘束するとはいってない。ちゃんと報酬も用意してある」
「報酬? ゴブリンが? 人間に?」
「ああ」
扉の近くに立っていたゴブリンに目配せして、
「飯だ。飯を持ってこい」
「どこの世界にゴブリン飯で懐柔される人間がいるものか!」
私の抗議を無視しながら、転生ゴブリンが次々と指令を出し始める。
「Twitter班! そろそろ仕掛けるぞ。二か月温めたアカウントを動かせ!」
「はい!」
「ツイッターって何だ?」
「広告・宣伝に使う道具だよ。このためにここのゴブリンたちにはツイッターの使い方と、可愛い女子っぽく振る舞えるような文章の作り方を学んでもらった」
「可愛い、女子……?」
どこからどうみても可愛さゼロなゴブリンたちの姿を眺める。
ゴブリン目線で見れば絶世の美少女がいるのかもしれない。私にはゴブリンのオスメスの見分け方も分からないのだが。
「まあ、そういう面倒なことはお前らに丸投げだ」
「さて、今日はそのTwitterで使う用の動画を撮ろうと思う。それを上げて反応を見て、もしそれほど反応がよくなかったら……」
「このお遊びも終わりか?」
「王女様に演者を変えて再チャレンジしようと思う。人生なんでもトライ&エラーだ。そして、いかに速くPDCAサイクルを回していくか……いや、時代は
こいつもこの前見た商人みたいに空中で何かを回しているな。
しかし、王女様に狙いを変えるだけという態度なら、黙ってみているわけにはいかない。
「王女様に手出ししないという条件でわざわざこんなところまで来てやっているんだ。次はないと思え。だいたい、中身を入れ替えれば次は上手くいくなんて態度でやってたら見てるやつにも何となくそういう空気が伝わるんじゃないか? お前の企画なんだから、企画と心中する勢いでやれ!」
「そ、それは……そうだな。似たようなことで大炎上した例を俺は知っている。その騒動を間近に見たファンがどう思うのかも、痛いほどに知っている! だからこそ、自分の手でそういうことをするわけにはいかない。俺が間違ってたよ」
「詳しいことは聞かないが、王女様を狙わないのならそれでよし」
「それに、我々って本来のVTuberじゃないですし」
転生ゴブリンを中心に話し合って段取りを決めていると、湯気の立った白い容器を持ったゴブリンが入ってきた。
「少し遅めですが、昼ご飯です」
「な、何だこれは……?」
「カップ麺だ。俺が元居た世界では珍しくもなんともないが、この世界ではレアだろう?」
「レアどころか、見たこともないぞ。この容器も、今まであまり触ったことのないような材質に思える」
「だろう? つまり、異世界の飯が報酬ってわけさ。おっと、毒を気にしているのなら俺が食べようか?」
「ダメだ。一口たりとも渡さん」
この世界にも麺類は存在するが、そのどれとも食感が異なる。
柔らかすぎず、けれど歯ごたえはある。具材の少なさは少し物足りない感じがしたが、スープの味の濃さが打ち消してくれた。
打ち合わせしながら食べ進める。
少々時間が経っても、冷めにくい容器らしい。
「もう少し量が欲しいな」
「高いモノじゃないから、リクエストに応えてもう一個。別の味のやつね」
光の中から出てきたものを掴もうとすると止められた。
「これはね、お湯を注いで数分待つことによって出来上がるんだ。そのまま食べてもおいしくないぞ」
「お湯を注ぐだけであんなものが出来るのか! お前のいた世界は凄いな!」
「この世界も充分すごいけどね。さて、台本は読んでくれたかな? 生放送は基本的に自由に行うけど、一発目は慣れてもらうためという意味も込めて台本通りにやってもらう」
「これをそのまま読めばいいのか?」
「たまに確認するぐらいは大丈夫だけど、ずっと棒読みするのはやめてほしい。それこそ、見ている人に伝わるからね。言い回しが多少変わっても、大体の内容が伝わればオーケーだよ」
「ふむ……面倒だが仕方ない。飯のためだ」
二つ目のカップ麺を食べながら台本の大筋を頭に入れる。
動画を撮り始めた瞬間からゴブリンたちは無言になるとのことだったので、疑問点は先に確認しておかなければならない。
食べ終えてから再び確認し合って、ついに本番。
カメラを起動し、合図を送ってくる。
「くっ……殺せ! おい、ゴブリン共、こんな薄暗い部屋に閉じ込めて何をするつもりなんだ? ……何? バーチャルYouTuber? とりあえず目の前の機械に向かって自己紹介しろ? いいだろう。私はテトラだ。カルボニス王立騎士団所属。年は21だよ。以上! もういいだろ? あ? 明日から配信? まず配信とは何なのかをだな……」
ここでオッケーの合図が出る。
ゴブリンたちは早速、細々とした作業をしている。編集とかいう作業らしい。
軽い編集が終わると、ついに動画が投稿される。
投稿されたものを私にも見せてもらったが、自分が喋っている姿を改めてみるのは何だか恥ずかしい。
いいねとやらが付き始めたが、これ以上眺めても無駄だろう。
異世界の飯は美味いが、何日も付き合ってやるわけにはいかない。
王女様に迷惑を掛けず、1週間ほどでこのおままごとみたいな茶番を終わらせる方法は何かないだろうか。最終的には暴力という解決手段もあるが、謎の能力を持ったこのゴブリンを真正面から相手にするのは少し面倒だ。となると……。
養成学校時代の講義内容を頭の片隅から絞り出し、一つの結論に辿り着いた。
まずは相手を知るしかない。
「おい、私にもスマートフォンとやらを使わせてくれないか? ほかのバーチャルなんたらの動きをみたい。ユーチューブとツイッターとやらもちょっと教えろ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます