第13話 くっ殺女騎士VTuber(1)

 今日の仕事はゴブリンを倒すことだ。

 かなり大きな群れと聞いているが、所詮はゴブリンなので、私一人で行くことになった。一応、仕事がちゃんと終わったかどうかをチェックするために後から後輩二人が派遣されるらしいが、それまでには十分終わるだろう。

 最近ゴブリンがよく出現していると言われている場所に向かう。

 近くの村では、それほど危機感はないのか、子供たちが元気に外で遊んでいる姿が見えた。

 村人に話を聞いておく。


「ゴブリン退治に来た者ですが、ほんとうにゴブリンが多く出現するのですか? 困っているという割には、危機感が薄いようですが……」

「ええ、そうなのよ。でも、最近のゴブリンは何だか様子が変で、全然人間を襲って来ないの。だから村の中ぐらいなら大丈夫だろうと思って……」

「ふむ。まあ騎士団が来たからにはもう安心ですよ。恐怖に震えて眠るのも昨日までのことです」

「あらまあ頼もしい。ゴブリン退治に行く前に少し休憩されてはいかがですか。遠くから来たのでしょう? お茶ぐらいは出しますよ」

「ふむ。ではありがたく頂戴しようかな」


 村の中で最も大きな屋敷に通された。


「村長! 街からゴブリン退治に派遣されてきた騎士様ですよ!」

「おお、ついに! ささ、少し上がって休憩なさい」


 たかだかゴブリンを倒しにいくだけだというのに、謎の好待遇である。しかも、そのゴブリンどもは今のところ大きな損害をもたらしていないらしい。

 放置すると後々面倒なことになりそうなので今のうちに倒しておきたいという気持ちも分からなくもないが、この程度の仕事でここまでもてなされたのは初めてだ。

 出された紅茶を飲み、群れを見かける場所を聞いてから出発する。


「たしかこの辺のはず……」


 渡された地図を読みながら歩いていると、後方からゴブリンが接近してきた気配がしたので蹴り飛ばした。


「この女、ノールックで……?」

「だから言ったじゃないっすか、女騎士は危険だって!」

「しかし、だから村と取引して、対ドラゴン用の麻痺毒を盛ってもらったはずだ。あの人間、裏切ったのか?」


 ゴブリンたちの会話が聞こえてきた。

 毒? 取引?


「ああ、やけに飲み物を勧められたと思ったよ。それに、身体が少し怠いのも事実だ」

「何ィ! オークたちから話は聞いていたが、この女は化け者か! 普通の人間ならとっくに死んでいてもおかしくない毒なんだぞ!」

「まさか、オークたちが前回盛ったせいで耐性がついたとか……」


 戦々恐々としているゴブリンの群れ。

 何のためにここまでの細工をしたのかは気になるが、私の仕事はゴブリン退治だ。故に、サクッと終わらせよう。

 剣を抜いてその場で一薙ぎ。

 たいていのゴブリンたちはこれで対処できるのだが、群れの一角が、強固な守りで覆われていた。


「何だあのゴブリンは……」


 みかけは普通のゴブリンなのに、守りの中心にいるゴブリンだけ纏っている雰囲気が全然違う。

 しかし、だからといって群れのリーダーというわけでもなさそうだ。

 とりあえず他のゴブリンから片付けようとした矢先、そいつが前に出てきた。


「女騎士を呼び出したのは俺の個人的な願望のためだ。そのために、これ以上群れのみんなを犠牲には出来ない」

「ほう? それで、ここまでして叶えようとした願望とは一体何だ?」

「そんなの、決まっている。くっ殺女騎士バーチャルYouTuberを世に送り出すことだ!」

「ば、ばー……お前、もしかして私のことをババアと言ったか?」

「違う! 聞き間違いだ。バーチャル! バーチャルだよ!」


 ゴブリンの口から全然聞きなれない単語が飛び出てきた。

 何だそれ。ゴブリンの間で流行っているのか?

 他のゴブリンに視線を移し、


「おい、お前。このゴブリンが言っているバーチャルなんちゃらとは何だ?」

「や、それがですね、こいつがある日突然、『転生したらゴブリンだった件』とか言い始めたなと思ったら、やたら饒舌に聞いたことのない単語をベラベラと喋り出したんですよ。逆に、騎士さんは人間なのに知らないんですか、バーチャルYouTuber。人間の中でめちゃんこ流行ってるって聞いたんすけど」

「そんなもの流行ってないぞ。うちの国では、という話だから、別の国では流行っているのかもしれないが」


 雰囲気の違うゴブリンが補足した。


「たしかに人間の間で流行っているのだが、この世界の人間の間では流行っていないのさ。俺が昔生きていた世界の人間の中で流行っているんだ」

「昔、生きていた……?」

「ああ、不幸な事故に巻き込まれ、気付いたらこの世界に来てしまっていたわけだ。しかし、俺には神から与えられた能力があり、それが……」


 何かを取り出そうとしたゴブリンに向かって拳圧を飛ばす。

 横にステップしながら、


「チッ、かすっただけでこのザマか……。アンタ、異世界転生チート女じゃないのか?」

「何だそれ?」


 他のゴブリンが耳打ちした。


「どの国の騎士団にも、このレベルの人材がたまにいるんですよ。遥か昔から」

「マジか……。ともかく」


 懐から、へらべったくて黒いモノを取り出した。

 ゴブリンが少し力を込めたかと思うと、一部が光始めた。


「神から与えられた能力によって、俺は前世の世界と少しの繋がりを保つことができている。ここにも電波はあるようだし、俺の雷魔法があれば充電も問題ない。ならばやることは一つ。俺がYouTuberになることだーーッハッハッハ……ハァ」


 笑っていたゴブリンは唐突に溜め息をついた。

 一転して悔しそうな口調で、


「今までにない世界の映像を動画にして投稿すればバズりまくって超有名になり、俺の承認欲求は満たされまくると思っていた。だが! 二か月やっても得られたものは中途半端な広告収入だけだった! こっちのお金に換算すればそれなりだったが、それでも中途半端だった!」

「いや、あのお金には助かりましたよ。リスクの高い略奪をしなくても村人たちから商品を買えましたし」


 いいやつなのか悪いやつなのか分からん。村人がゴブリンをそれほど恐れていなかった理由は分かったが。


「俺に何が足らなかったのか。それは、コメント欄を見れば一目瞭然だ! 『映像は綺麗だけど、うp主の顔面は超キモいですね笑』だと? そんなの俺が一番分かっているわ! だから、もっと動画映えする人材が必要なんだ。しかし、村人たちを見てもピンと来ない」

「それで、私ということか。いや、何か人を探しているということ以外さっぱり理解できないが。……まあ、内容によっては協力してやらんでもないぞ。何だったかな、バーチャル……いや、この単語の前にも何かあったような気もするが」

「くっ殺女騎士バーチャルYoutuberだ!」

「そう、それ。それ何だ? もう少し分かりやすく説明してくれ」

「どこから説明したものか……まずは動画か」


 ゴブリンが器用に板を操作して、その板を構えたまま、その場でぐるりと回った。

 また操作して、私の方に板を向けてくる。その板には、先ほどの私や周りのゴブリンたちの姿が映し出されていた。


「目で見たように情報を保存する。これが動画だ」

「おお、すごいな」

「そして、この動画が世界のあちこちから集まってくる場所がある。その場所の名前がYouTubeであり、YouTubeで活動している人たちをYouTuberと呼ぶ」

「で、バーチャルってのは何だ?」

「うむ。これを見て欲しい」


 再び差し出された画面には、絵画で書かれたような女の子がゆらゆら動いている様子がみえた。目は瞬きし、声に合わせて口も動いているように見える。


「絵が動いている……?」

「ああ、しかし、これはリアルの……生きている人間ではない。動かしている人はいるが。そういうわけで、リアルの生きている人間ではなく、こういうバーチャルな存在が主体のYouTuberをバーチャルYouTuberと呼ぶ」

「はあ。でも、絵は描けないぞ」

「心配ない。動画で映したものをそのまま出す」

「それは、絵じゃないからバーチャルとやらではないんじゃないか?」

「そうなのだが、YouTubeがある世界は、この世界とは別だ。つまり、あっちの世界から見れば我々全員バーチャルなものと言えるわけだ。いや、言い通す」

「強引だな。それで、たしかバーチャルYoutuberって言葉の前にあったのは……」

「くっ殺女騎士は、向こうの世界では人気のあるジャンルだ。略さずに言えば、『くっ……殺せ!』と言っている女性の騎士のことだ」

「なぜ人気が出るのか理解しかねるな。さて、遺言は終わりか?」


 一通り話を聞いてやったので、背負っていた剣を振り上げた。

 それなりの実力だと思うので激戦になると思うが、まあ問題ないだろう。

 しかし、相手は戦闘の構えを取らなかった。


「お前が従わないのなら、俺は一度退いて、次はこの国の王女様とやらに代役を頼みに行くだけだが……」

「くっ、王女様を人質に取るか……」


 体調が万全でない今、こいつを仕留めきれない可能性はなくもない。

 そして、ずっと王女様の護衛をやらせてもらえるほど騎士団も暇ではない。

 ならば仕方ない。


「王女様に迷惑を掛けるわけにはいかん。やれるところまでは貴様らに協力しよう」


 

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