徐々にジャンルの幅を広げていきたい10話
第11話 えっ、探している騎士の名前が分からない? 一緒に探してあげるから、特徴を言ってみて
街の治安維持は、騎士団の日常的な業務の一つだ。
街の中を実際に見回ることもあれば、依頼を受けてから動くこともある。
特に用がなければ自主的に訓練しながら待機、というのが騎士団の日常である。
私も今日は特定の仕事がなかったので、騎士団員用の訓練施設で運動していたのだが、アイヴィから呼び出された。
「テトラさん、この前教会で出会ったマリリンさんから相談があるとのことです」
「そうか。今行く」
彼女とはプライベートでも何度か会う関係になっていた。上司についての愚痴を話し合う仲間というわけだ。とはいえ、上司に対する不満は向こうの方が遥かに多いのだが。
彼女の個人的な用事かと思っていたのだが、シスター服を着ているため、業務上の用事だと推察できた。
小さな男の子を連れて立っている。男の子は、服装からみて街の中間層の子どもと思われ、両手でバスケットを抱えていた。
「待たせたな。それで、相談って?」
「ええ、実は、この子がとある騎士を探しているとのことでして、やはり騎士団の手を借りるのが一番だと思いまして……」
チラリとアイヴィの方を見る。「お前でも対処出来たのでは?」という視線を送ると、
「それがね、この子どもは探している騎士の名前を知らない、と言っているんだ」
「えっ、探している騎士の名前が分からない? まあ、名乗る機会も多くないから無理もないと思うが……」
男の子が申し訳なさそうに何度か頷いた。急ぎの用事もないので協力してあげよう。
「そもそも君はどうして騎士を探しているんだ?」
「少し前にね、お父さんとお母さんが騎士様に助けられてね、お礼として食べ物や回復道具を渡したいんだって」
「なるほど。ところで、君はその時にお父さんやお母さんと一緒にいたのかい?」
「うん。でも、怖かったから馬車の中に隠れていたんだ」
それなら両親が渡しに来ればいいじゃないか、と思ったのだが、マリリンさんが私の思考を読んだように、
「この子のご両親は道具屋を営んでいて、普段からとても忙しい生活を送っているそうですよ」
「なら仕方ないな。君たちが騎士と会ったのはいつなのか覚えているかな? それが分かればある程度は絞り込めるのだが……」
「一昨日の夜だよ。その日はお父さんもお母さんも休みを取って、久しぶりの家族旅行に出かけていたんだ。その帰りにモンスターに襲われたところを助けられて……昨日は色々手が放せなかったけど、今日は余裕が出来たから持っていけって」
ついでに、どの辺で襲われたのかも聞き出した。
ここまで分かれば、あとは勤務表を見れば解決する。
メモした紙をアイヴィに渡して、雑談しながら待つこと数分。
苦々しい表情でアイヴィが歩いてきた。子供が不安そうに黙る。
「申し訳ないが、その時間帯にその辺に仕事で赴いていた騎士はいないように思われるね。つまり、勤務時間外にその辺をうろついていた騎士がやったか、騎士以外の一般人が騎士を名乗りながら助けたと考えるべきだろう」
「それは本当にうちの騎士団の人なのか?」
「お父さんとお母さんは、その人は騎士団の紋章が入った剣を背負っていたって言ってたよ」
「ならやっぱり騎士団の人か。あの剣は普通には売っていないからな。じゃあ、鎧は?」
「鎧は着てなくてとにかく身軽だったって聞いたよ。ものすごい速さでモンスターを退治したんだって!」
「まあ、普段は鎧着てない人の方が多いからな。鎧を着ていたのなら、かなり候補が絞られていたと思うのだが……」
鎧を着ていない日をほとんど見たことがないクリストファー先輩などのごく一部の先輩たちの顔を思い浮かべ、今回の選択肢から外す。
「もっと情報が欲しいな。髪の色とか、聞いてないか?」
「夜だったからハッキリとは分からなかったって聞いてるよ」
「それもそうか。でも、男か女かぐらいは分かるんじゃないか?」
少年が険しい表情をした。
「それがね、お父さんは『あの規格外の強さは絶対に男だろう。あんなに軽々とモンスターを倒す女がこの世にいてたまるか』って言ってて、お母さんは『声が女の人っぽかった』って言ってるんだよ」
話を聞いていたアイヴィがぼそりと呟いた。
「その条件でいくと完全にテトラさんですね。戦闘中のテトラさんを見た一般の人たちは大体似たような感想を述べます。騎士団の人も半分は同じことを考えていると思います」
この説に対して、マリリンさんが反論する。
「この子から話を聞いた時は私もテトラさんのことだと思いましたが、多分違います。私とテトラさんは、その日の夜にご飯に行っていましたから……」
「そうですか。ならテトラさんではなさそうですね。テトラさんは一度飲み始めると大体酔いつぶれますからね」
一昨日の夜の記憶がほとんど思い出せないと思っていたのだが、マリリンさんと飲みに行っていたのか。
「もう少し情報が欲しいな。何か他にあるか?」
「うーん……。あっ! 騎士団の人って剣を使わなくても戦えるのが意外だったって言ってた気がするよ」
アイヴィが、答えは簡単だと言わんばかりに指を鳴らした。
「その特徴はやっぱりテトラさんですね。騎士団のほとんどの人は素手よりも剣を使った方が強いですから」
「いや、私以外にも何人かいるだろう。団長とか。……それで、どうやって戦っていたのかもう少し詳しい情報はないか?」
「モンスターを投げ飛ばして僕たちの帰り道を手早く作ってくれた、って聞いたよ」
ここにきてアイヴィが悩んだ。先ほどまでの「聴かせてやるよ――ロジックのリズムを……」と言い放ちそうなドヤ顔はもう存在していない。思考が迷宮入りしてそうだ。
「だとするとテトラさんではないかもしれません。テトラさんはモンスターを手で引き裂くことに定評がありますからね。テトラさんの戦闘を直視した場合、一般人の半数はトラウマになってお礼どころではないでしょう」
「とんだ風評被害だな。私が引き裂いているんじゃなくて、向こうが勝手に裂けているんだ」
話の途中から、マリリンさんが男の子の耳をそっと塞いでいた。
子どもには早い内容だったのかもしれないな。
これ以上は有益な情報がなさそうだったので、結論を述べる。
「やはりそんな騎士は存在していないのではないか? 通りがかりの人が助けたと解釈するのが一般的だろう」
「かもしれませんね。ここは気持ちだけ受け取っておきましょう」
まだ納得できてなさそうな少年にマリリンさんが優しく声を掛ける。
「わざわざお礼を用意するだなんて、素晴らしいご両親ですよ。君もその心意気を見習って立派な大人になってくださいね」
マリリンさんに頭を撫でられている少年に私からも一言添える。
「教会流にいうなら、神の思し召しってやつだな。そのバスケットの中身は君のものにするといい。神が君にあげたものと解釈して、私たちは黙っておく。どうだ? 良い話だろう?」
しかし、予想に反して少年はあまり喜ばなかった。
何故だろう? 超がつくほど真面目な子どもなのだろうか?
「う~ん。でも、これ、僕には用がないんだよね」
「何が入っているの?」
バスケットの蓋が開けられ、私たち三人が覗き込む。そこにあったのは……。
「これ、酔い止めですね。あとは食べ物と回復道具が少々」
薬もよく扱っているはずのマリリンさんが真っ先に反応した。
男の子が補足する。
「助けてくれた騎士さんからかなりのお酒の匂いがしたからこれがいいだろう、って言ってたよ」
マリリンさんとアイヴィが同時に私の方を見た。
「じゃあやっぱりテトラさんですね。酔いつぶれても無意識で戦闘をこなせそうなのはテトラさんしかいません」
「そういえばあの日は意外と早く解散して、テトラさんは夜の散歩に行くと言いながら猛ダッシュでどこかに行ってしまいましたから、可能性は高いですね」
「そうか……そういう気もしてきたような……。しかし何か悲しいから私であって欲しくはないぞ。くっ……」
少年が、何かを思い出したかのように声を上げた。
「モンスターを倒した騎士さんは、父さんや母さんのお礼の言葉も聞かずに、『こんなだから私はいつも恐れられるだけなんだ……。くっ、殺せ!』と言いながらどこかに走り去ったって聞いたよ!」
「完全に私じゃないか!」
少年から貰った酔い止めが次の日を迎えることはなかった。
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