第10話 王族と女騎士
カルボニス王立騎士団の本来の役割は、王族の警護である。
王国の発展とともにその機能が拡大され、国内の治安維持や、国民の守護なども業務内容に加えられていった……というのは騎士養成学校で真っ先に習う内容だ。
しかし、現在では、その世代の中で最も武勇に優れた一握りの人だけが所属できるエリート集団という認識の方が一般的になっている。ちなみに、騎士団に入れなかった人たちは、地元の自警団や冒険者などの職を選ぶことが多い。
だが、一般大衆からの認識がどれだけ変わったとしても、本来の役割が消え去ったわけではない。
というわけで、今日の仕事は王侯貴族の会合の警備だ。
「テトラちゃん、おはよ~」
「ブレア先輩も、早いですね」
会合場所の警備程度なのでフルメンバーというわけではないが、ブレア先輩を始めとした女性騎士の参加率は高い。
というより、女性騎士が雇われている最大の理由として、女性貴族たちの身辺警護があるからだ。広く開放的な場所での警護なら男でも大丈夫だが、プライベートな空間に近付けば近付くほど、男騎士には難しい……というより、女性貴族たちから苦情が入る。
もちろん雇い主の意向を無視するわけにはいかないので、そこで私たちの出番というわけである。
私たちの仕事は、会合に出席する女性貴族たちの送迎と、会場内の警護の二つだ。
ブレア先輩と合流して、王宮に向かう。
「なぜ私が王女の警護を……。もっと適任者がいるだろうに」
「単純に、女性騎士の中で一番強いのがテトラちゃんだからって聞いたけど? さすがに礼節の面が心配なのか、王妃の方は私の担当になっているけど」
王宮の中で分かれて、私は王女の部屋を目指す。騎士になるまで王宮の中に入ることも想像できなかったというのに、王女様の部屋ともなればなおさらだ。
メイドさんの案内に従って王女様の部屋に入る。
天蓋付きのベッドは超豪華だったが、それ以外の部分はそれほどインパクトがなかった。高級なものであることは間違いないのだろうが、印象の問題だ。それに、私には家具類の価値なんて分からん。
分からないのでとりあえず汚さないようにだけ気を付けておく。
「カタリナお嬢様、そろそろお時間です。迎えの者が参りました」
「え~、行っても特にやることないから行きたくないんだよね~」
「わがまま言わないでくださいカタリナお嬢様」
民衆の前で言葉を発している時の王女様とは口調も声の軽さも全然違っていたので別人なのかと思ったが、ベッドからのそのそと出てくる姿は、まぎれもなくいつも見ているカタリナ王女その人だった。
物理的に輝いて見える黄金色の御髪、まだ成人していないにも関わらず、幼さを感じさせない切れ長の瞳。けだるげな動作であっても気品を失わない手足。
それが、このまま行くと次に国を担う存在となることが約束された重鎮の中の重鎮、カタリナ王女だ。
「私とは全然違う生物のようにしか見えないな」
思わず出てきた感想が聞こえたのか、王女がこちらを向いた。
「あなたが騎士団の人ね。……別に、私もあなたも同じ人間だから、畏まらなくてもいいわよ」
「そうは言っても、頑張って失礼のない対応をするようにしないと怒られてしまう。私が」
「今も頑張っているの?」
「ああ、超頑張っている」
「頑張ってそれなのね……」
王女様に苦笑された。メイドさんも、やれやれと小さく首を振っていた。
「ともかく、過去十数年、これらの会合が狙われたことはないと上司から聞いているから、安全面は大丈夫だと思います。行きましょう」
「私たちをわざわざ狙う理由もないでしょうし、はぁ、行きますか」
部屋を出ると、王女様はいつも外で見かける時のように背筋を伸ばし、凛とした立ち姿で歩み始めた。
少し遅めの歩調に合わせながら歩く。迎えに来たときはブレア先輩と一緒だったが、そこからは完全に別行動だ。会場に向かうのも別ルートとなっている。
会場と王宮はそれほど遠くない。遠くに住んでいる貴族の送迎となると、前日から出発していた人もいたのだが、それに比べれば非常に楽な仕事だ。
騎士団から派遣された人材は私だけだが、王女様の周りには王族が直々に用意したと思われる警備の人もいたので、守りは堅い。
楽な仕事だ、と思いながら王女様の前を悠々と歩いていた矢先、
「……っ!」
背後から微かな、けれど鋭い呼吸音が聞こえた。
振り返ると、眼前に迫る剣。
そして、更に後ろには、お付きの人たちに連れ去られていく王女様。
周りからワラワラと湧いてくる、いかにも小悪党っぽい男たち。
ひとまず剣を籠手で軽く払って、相手を蹴り飛ばす。
「変装か、それともグルだったか……」
数人は普通のお付きの人もいたみたいだが、「何故だ!」などと叫んでいる間に倒されていった。彼らの言動から判断すれば、一部の人たちが裏切ったと見るべきだろう。
視界の端を人影が素早くチラチラと動いている。隠密の類だろうか。
ともかく、まずは行く手を塞いでいる人垣を処理しなければならない。
「密!」
その場でパンチをして、周りの連中を拳圧で吹き飛ばす。
切り拓かれた道の先に、連れ去られていく王女様が見えた。
そのまま一足飛びに、王女様を抱えた男に蹴りをお見舞いしてやった。
「ごはっ!」
相手が吹き飛ぶ前に、王女様をひったくる。
「いった! 今までで一番痛かったわよ! もっとデリケートな扱いを心掛けなさい! 拳を振るだけで人が何人も飛んでいく光景なんて初めて見たわ! 全然違う生物って感想にも納得ね」
「いや、私は普通の人間だろう……ん? あっ、王女様の貴重な服に返り血が……。くっ、殺せ!」
「服なんか気にしてないわ! それよりも仕事!」
私の近くにいた人たちは大体吹き飛ばしたので、私たちの近くには誰もいない。
取り囲んでいる男たちを見ながら、背負っていた剣に手を掛けた。
まだ抜いてもいないのに、男たちが後退する。一部には、腰が抜けたのか、へたり込んでしまった男もいた。
「誰が殺せるんだよ、あの女……」
「あれが騎士団か……強すぎる!」
「まだだ。パワーが強いだけで、スピードなら……」
複数の人影が、かなりのスピードで迫ってくる。
だが、スピードで舐められても困る。王女様を抱え上げ、こちらも全速力で走り出す。
「ちょっと! 会場は……」
「苦情は後で聞く。舌を噛んでも知らないぞ」
これでも追いついてくるとは、中々にレベルの高い刺客だ。
近くにあった建物の壁を蹴って、方向転換しながら、追っ手にも蹴りを叩きこむ。
「まずは一人」
そいつを踏み台にして、近くの相手にも跳びかかる。
似たようなことを繰り返して、追っ手を一人残らず蹴散らした。
「おっと、遊び過ぎたな。遅刻になってしまう」
王女様を抱えたまま、会場に向かう。
入口付近で、団長に呼び止められた。
「おう、テトラァ! 派手にやったみたいだな」
「もしかして、他にも被害者が?」
「いや。そういう話は聞いてねぇな。ただ、そういう恰好で来られたら何かあったことぐらい分かるっての」
「ああ、王女様の服に賊の返り血が……って、王女様? 王女様ぁー!」
今まで気づかなかったのだが、完全に気絶していた。あのスピードで動き回るのは、王女様にとってかなりの負担だったのかもしれない。
幸い特に怪我はないという話だったので、送り届けてから、襲われた時の情報などを団長たちに報告した。
王族側にとっても不測の事態だったため、襲ってきた相手の見当がつかないという、煮え切らない結果に終わった。
数日後。
出勤と同時に、団長から「王宮に行け」と言われたので再び王宮へ。
命は守ったとはいえ、少々乱暴な戦い方だったので、処分か何かが下されるのだろうと警戒していたのだが、そのままカタリナ王女様の部屋まで通された。
部屋に入ると、メイドさんは私を残したまま退室してしまった。
何のために呼ばれたのか分からず、困惑したまま立ち尽くしていると、ベッドの側まで来るように指示された。
言われた通りにベッドに腰掛けると、後ろから抱き着かれた。
戦闘を知らない細い腕。花のように香り立つ身体。どこをとっても私とは正反対ともいえる存在。
身体を密着させたまま、
「助けてくれてありがとう。これからも王族の警護の仕事があれば、あなたを指名させてもらうわ」
優しく腕をほどき、ベッドから降りて片膝をつく。
「光栄です。カタリナ王女様」
「少しは、騎士らしいことも出来るじゃない」
クスクスと笑う顔は、年相応の少女のように見えた。
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