第8話 後輩と女騎士
王立騎士団の新人は少ない。研修相手としてこの前見に行った魔術師協会に比べればその少なさは際立つ。
年に1~3人が相場だ。私が入団した年は私だけしか採用されなかった。
現在は同期としてアイヴィがいるものの、彼は入団試験や面接などをクリアして入ったのではなく、他所で働いていたところをダイナ団長が引っこ抜いてきた人材なので、それまでは私一人だった。
よく一緒に仕事をさせてもらっているクリストファー先輩とブレア先輩は私の二つ上。
私の一個上にはケンドリックという男の先輩もいるのだが、別の先輩が面倒を見ているため、あまり接点がない。私が遠ざけているというよりも、相手が距離を取っているように思える。自己紹介の時に一発芸として剣をへし折ったからだろうか。あの時、かなりドン引きしていたように見えた。
この騎士団にもいくつかの内部グループがあるので、後輩の面倒を見るのが私たちの担当になるかどうかすら運次第だ。
研修を終えて久々に踏み入れた詰所で、先輩から情報を得ることにする。
「ブレア先輩、ついに私にも後輩が出来ると聞いたのだが、どんな人なんだ?」
「研修中に配属されたから、テトラはまだ会ってないんだね~? まず、そのキラキラした視線を曇らせてあげるとすると……」
積極的に後輩の希望を打ち砕かないでほしい。
しかも、そう語っている時のブレア先輩の目が普段より輝いて見えるのは私の見間違いなのだろうか。
「今年は二人。両方男。というか、女は隔年でしか取らないのがうちの伝統らしいんだよね~。まあ、力仕事だし、女子には元々人気のない職業だから仕方ないんだけど」
「ええ~! でも、養成学校だと女子もちょっといたじゃないか!」
「騎士団に落ちても働き口は一応あるし、最後は結婚とかの選択肢もあるから、その分採用条件が厳しいんだよ。うちらの仕事で一番重要なのは女性要人の警護だし、その仕事を回せるだけの最低限の人数がいればいいってのが上の考えなわけ」
「そういうものか?」
「ま、こればっかりは抗議しても無駄だね~。長距離遠征は女の子には負担だし」
「あー」
騎士団のシステムにこれ以上文句を言っても仕方ないので、話題をもとに戻す。
「で、新人の面倒は誰が見るんだ?」
「ひとりはケンドリックのところだね~。んで、もう一人はうちらのところが預かるってさ」
「おお。それで、新人はどこに?」
ブレア先輩がニヤリと笑った。
「向こうに一人いるよ。ほら、あの緑髪のイケメン。いいところの坊ちゃんなんだって~。三男坊らしいけど」
見ると、確かに見知らぬ顔の男が立っていた。ちょっと気の弱そうなケンドリック先輩に対して、堂々と受け答えしている。
部外者なら、どっちが先輩なのか判別しかねるかもしれない光景だろう。
あっちの新人がケンドリック先輩の担当なのだとしたら、もうひとりどこかに新人がいるはずなのだが……。
見回しても、それらしき人影が見当たらない。
ブレア先輩の方を見る。
「遅刻、だね」
「まだ入団したばかりじゃないですか!」
それなのに遅刻なんて、気が緩みすぎなのではなかろうか。
ブレア先輩の視線が動くと同時に、ふわふわした声が聞こえてきた。
「ちぃーっす。遅れっしたー」
振り返ると、見るからに身体の各所が緩み切ったような雰囲気の男が立っていた。若干タレ目で眠そうな顔。ポケットに突っ込まれた両手。
反省の態度が全く見えない。
「誰だ、コレ採用したやつ!」
あまりにもドストレートな感想が口をついて出てしまった。
本人がひょうひょうと答える。
「や、団長? っすけど? 合ってる?」
「合ってるよ。団長の顔ぐらいは覚えてね」
「うぃー」
雑務を終えたらしいクリストファー先輩が答えながら合流した。
挨拶適当だな。
クリストファー先輩は誰に対しても優しいからこんな態度でも怒られないだろうけど、団長にもこんな感じで接したのだろうか。
しかし、強気で当たると、ケンドリック先輩のように引かれてしまうかもしれない。第一印象ぐらいは気を付けよう。
「私は入団二年目になるテトラだ。君の一つ先輩さ。先日まで魔術師協会との合同研修に出ていたから会うのは初めてだな。よろしく頼む」
「っすー」
やっぱ適当だな。ぶん殴りたくなる気持ちを抑えつつ、
「それで、君の名前は?」
「イシアっす」
「率直に聞くが、君は本当に入団試験や面接で合格したのか?」
「うわー、マジ疑われてますねー」
疑われていることが分かっても、特に様子が変わらない。
そのままの口調で、
「面接とかの日には遅刻しなかったんで」
とだけ答えた。
なるほど。その時だけマジメな態度をしてやり過ごしたということか。
「君は本当にうちで働く気があるのか? かなり気が緩んでいるようだし、先輩方へのリスペクトもないように見えるが……」
「給料の分は働きますけど、パイセンたちへのリスペクトはそんなにないっすね。むしろ、その姿勢を買われたっつーか?」
「まさか、君は面接の日もこんな感じだったのか?」
「そっすよ。他のクソ真面目な連中を見て、こりゃオレ無理だなー、落ちたなーって思ったんで。面接で爆笑された挙句、謎の合格というね。怖いねー」
怖いという感想は私も同じだ。なぜ採用してしまったのか。絶対適当だろ。
だが、面接まで進めるのなら相応の実力は保障されている。後は団長や人事の人たちのその日の気分に合うかどうか、という側面があることも否めない。
ムキムキというわけでもないが、不思議と弱そうには見えないから、戦闘面ではそれほど心配しなくてもいいはずだ。それに、いい意味でもわるい意味でも緩い職場なので、この舐めくさった態度でも許容される。
それでも、まだ問題がある。
「しかしなあ、この態度だと、失礼過ぎて貴族たちの護衛任務とかに連れていけないだろう」
「や、実は問題ないんすわー、これが」
「どう見ても問題大有りだろ」
イシアが私たちとは別の方向に顔を向け、
「特に問題ないんだよねー、ジャスパーくーん?」
ケンドリック先輩と会話していた新人がこちらを向いて少し迷惑そうな顔をしながら、
「……はぁ。先輩方、問題ないですよ。貴族たちには私から話を通せばそれなりに納得してくれるはずですから。とはいえ王族は無理でしょうけど。……説明してやったから、お前も少しは勤務態度を改めろ」
「うぃー。お疲れちゃーん」
なるほど。あっちの彼の家柄が良いというのはさっき聞いた話だ。
そして、彼の名前はジャスパーというのか。
対するイシアは見るからに庶民だと思うのだが、同年代とはいえ、よくもここまで貴族相手に軽口を叩けるものだな。
ブレア先輩が呆れ気味に尋ねる。
「あんた、どうやったらイケメン貴族にあれだけ適当な対応をしても怒られなくなるのよ」
「んー、まー、学生時代に仲良くなったっつーか? 色々握っちゃった的な? あんま詳しく言えねーんすけど」
「んん? ジャスパー君の家の秘密でも握ったとか?」
「やー、実は家のことは全然知らないんすよね」
「じゃあ何を……」
二人の会話にクリストファー先輩が割って入る。
「まあまあ、個人の深い秘密を他人から引き出そうとするのは良くないよ。イシア君も困っているじゃないか」
私もここで会話に戻る。
「何はともあれ、同期の仲がいいのは喜ばしいな。私なんて同期がいなかったから羨ましいぞ」
「テトラちゃんにはアイヴィ君がいるじゃない」
「でも、正式な団員じゃないだろう? それに、この二人みたいに仲が良いわけでもないし」
「えっ、この騎士団ってそんな人もいるんすか? どこだろ」
イシアがキョロキョロと目を動かした。あのスーツ姿は割と目立つと思うのだが、他の人も基本的に自由な服装で勤務しているためか、服装だけでは絞りかねているようだった。
「あー、あの隅っこの方でずっと休憩している人っすか?」
「いや、あの人はかなり上の先輩だ。そうじゃなくて、そこの机で書類仕事をしているスーツのやつだ」
「えー、あの人あんな真面目に仕事しているのに正式な団員じゃないんすか?」
声が聞こえていたのか、書類を整えてこちらに向かってきた。
「君が新人のイシア君だね? 僕もテトラさんと同様に昨日まで研修に出ていてね。僕は正式にはキャリア官僚だよ。団長に声を掛けられて一時的に籍を移しているんだ。よろしく」
「っす。……テトラパイセンとは全然違う感じの人っすね」
「ははは。だろう? そもそも、テトラさんほど物理的にパワーのある人を他に知らないね。いたら即採用だよ」
「ほーん。パイセンってパワータイプなんすね」
どこか挑戦的な視線だった。そのまま、手が差し出される。
どう見ても握手のために差し出されたように見える。
先輩二人とアイヴィが小声で必死に「やめとけ」「死ぬぞ」「アレは人間の手に負える力じゃない」などと制止の言葉を掛けているが、特に気にしていない様子だった。
「握手で人が死ぬわけないじゃないっすかー」
「そうだぞ。そんな物騒な話があってたまるか! レッツ、シェイクハンズ」
私とそれほど大きさの変わらない手を掴む。長年剣を使ってきたことが、皮膚を通して伝わってくる。
と、同時に、その手に力が込められた。なるほど。これで私の力を測ろうということか。ならば先輩として負けるわけにはいかない。
グッと軽く力を入れると、軽い手応えとともに、少し鈍い音が耳に届いた。
すぐにもう片方の手で、私の手の甲を何度も叩いてきた。
「ちょっ、手ェ潰れるんで勘弁してくださいマジで。てかもう潰れたかも。潰れたね、うん。潰れた。感覚ないもん。繋がってる?」
汗をだらだらと流しながら、今までにない早口でまくし立てる。
「そうか? あまり力を入れてないはずだが、大げさなやつだなぁ」
私が手を放すと同時に、
「ぐああああああっ!」
「これは砕けているのか? それとも、外れているのか?」
「どっちでもいいでしょ。千切れてないだけラッキーってことで」
「教会行くぞ! ポーション程度じゃ無理だ。治癒魔法で治してもらわないと」
先輩二人とアイヴィがイシア君を連れて出ていってしまった。
ちょっとぐにゃってしまった手を見てしまったので大袈裟な演技じゃないということも分かった。本当にやり過ぎたのか……。
数分後。盛大な遅刻をかましながら詰所にやってきた団長が叫んだ。
「おい、テトラァ! 外のアイヴィから話は聞いたぞ!」
「団長が手ずから選んだ新人を……。どんな処罰でも甘んじて受ける。くっ、殺せ……」
「生きてるし、そんなに時間が経ってないから治癒魔法ですぐ治んだろ。あの程度で部下を殺しゃあしねぇっての。反省文だ、反省文。あと掃除な」
「すいませんでした!」
反省文を書いていると、四人とも帰ってきた。イシア君の手は包帯でグルグルに巻かれており、数日間は動かせないが、完全に治る見込みだそうだ。
「やー、イキってすんませんした」
「こっちこそ、何かすまん……」
次の日から、イシア君の意向と、さすがに憐れに思った団長たちの判断により、彼の指導は別のグループが受け持つことになった。喋り方自体はそれほど変わっていないものの、あの一件以来、遅刻などの業務上の怠慢はほとんどみられなくなったそうだ。
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