第7話 ブラック魔術士新人研修と女騎士(下)

 王立魔術師協会の新人研修は一週間と長丁場だ。

 新人たちは女性がやや多め。騎士団では考えられない。

 研修施設のドアを修復した私は、女性用のゲストルームに赴いた。

 魔術師の新人たちは男女別の大部屋で過ごしているらしいが、私たちは部外者だから個室を割り当てられている。

 この施設には、(恐らく研修期間だけだろうが)施設運営に携わるスタッフも常駐していた。そのため、食事や掃除、洗濯などの心配をする必要はなかった。私の苦手分野なのでとてもありがたい。

 その分、研修に当てられる時間が増えるわけだ。


「アイヴィ、仕事だぞ」


 男性用のゲストルームの扉を叩く。

 本を一冊持ったままアイヴィが部屋から出てきた。


「かなりの距離を歩かされたから疲れたよ。みんな元気だね」

「新人たちは私たちと一歳しか変わらないんだぞ。もっとしっかりしろ」


 施設が有する広大な庭に出ると、既に魔術師協会側の人たちは出揃っていた。

 中年の魔術師に手招きされて、私たちは教官側に立つ。

 少し緊張気味の新人たちの姿と、背後に施設が見えた。

 逆に、私たちの背後には森があり、森の一部まで結界が続いているらしい。

 周囲の確認をしている間に話が進む。


「新人の君たちには、これから王立魔術師協会の一員としての自覚と、協会の名声を支えるに足る実力を身につけてもらう。新人研修では様々なことを行うが、王立騎士団の若手との手合わせは最も価値あるものとなるだろう」


 ほう。そういうことで呼ばれたのか。

 これからの手合わせに胸を躍らせていると、中年教官が付け足した。


「王立騎士団の連中は、若手といっても化け物揃いだからな。その辺のモンスターと戦うのとはわけが違うぞ」


 予想外の評価だったので驚いてしまった。


「えっ」

「……何か?」


 じりじりと距離をとりながら質問される。


「そんなに恐れなくてもいいんじゃないか? そりゃあ、モンスターや変なヤツに負けないように日々訓練しているが、ちょっと強いだけの普通の人間だぞ? なぁ?」


 アイヴィに同意を求めるも、


「いや、テトラさんが普通の人間のスペックを遥かに超えているのは僕が保障します。結界をあんなに軽く破る人間なんて初めてですよ」


 中年教官もコクコクと頷いている。


「真正面から言われると何か照れるな……」

「照れる場面ではないでしょう」


 教官が咳払いをねじ込んで話をもとに戻す。


「いろいろな研修の合間を縫って、毎日朝昼晩やってもらう。というわけで、今から本日の夜の部だ。回復用のスタッフもいるから遠慮なくやってもらいたい」


 教官が手を叩くと、先手必勝とばかりに新人たちが魔法を飛ばしてきた。


「ふっ!」


 その場で拳を突き出し、風を巻き起こす。

 この風で相手の魔法の軌道を捻じ曲げて防御。ついでに新人が一人吹っ飛んだ。


「ねぇ、あの騎士は魔法を使ったように見えなかったけど?」

「お、俺もだ。さっきのは、俺たちの知らない高等な術式なのかもしれない」


 新人たちの疑問の声が聞こえたので、拳を構えつつ答える。


「私は魔法をサッパリ使えないぞ」

「えっ」

「化け物でしょ……」


 団長をはじめとして、数人のバトルジャンキーたちの顔が頭をよぎる。

 肉体一つで魔法をどうにかするのは、騎士団ならほとんどの人が出来そうな気もするが、騎士団のマジメでお堅いイメージをこれ以上悪化させないためにも、言及しないことにしておく。

 騎士団には、民衆の頼れるお兄さんお姉さん的なイメージであってもらいたいのだ。人外魔境のようなイメージになると困る。これからそういう変な人しか入って来なくなると本当に困る。


「これ、本当に訓練になっているのか?」


 パンチの風圧だけで半分ほど倒しながら教官に質問する。


「はは……例年こういう感じでプライドの高い新米魔術師たちが力の差を知って徐々に謙虚になっていくもんですよ」

「そういうものか? やり過ぎたような気もするから、残りはアイヴィに任せるわ」

「ちょっと! 僕は騎士団の新人じゃなくて新人キャリア官僚ですよ! 普通にパンチしても風とか起きないですからね?」


 愚痴を叫びながら、背負っていた剣に手を掛けて……やめた。

 懐から、部屋で読んでいたと思しき本を取り出す。


「風よ、我が腕に宿りて敵を切り刻め」


 本を左手に持って一言つぶやくと、アイヴィの右手に風が纏わりついた。


「才能溢れる魔術師協会の皆さん、お相手よろしくお願いします」


 新人たちがひそひそと話し合う。


「話を聞く限り、あっちの筋肉オバケと違って普通の人なんでしょう?」

「みたいだな。魔法も、悪くはないけど私たちのレベルには及ばない」

「なら、男の人には悪いけど勝たせてもらおうかな」


 遠距離から全員で魔法を放つ。ひとまず様子をみようという意図もあるのか、強力な範囲魔法などは使われていない。

 しかし、アイヴィは撃ち込まれる魔法を丁寧に避けながら接近した。魔法での力比べには応じない、ということなのだろう。

 離れたところで一発パンチすると、一拍遅れて新人が一人吹き飛んだ。


「ちゃんと防壁を張っていたのに!」

「ええ。壁があることは分かっていたので横から当てさせてもらいました」

「へぇー。私の時はそういうの無かったな」

「ありましたよ。テトラさんが軽々と粉砕してしまったので気付かなかっただけかと」


 あったのか。

 話している間にも、アイヴィは風を操っているようで、アイヴィと魔術師たちの間では、魔法がぶつかり合っていた。


「人数差があるのに、どうして押し切れないの?」

「分からん。でも、このペースで攻めれば相手の方が先に息切れするのは確実だ」


 まあそうだろう。魔術師協会の所属ともなれば、保有している魔力の量も一流である。

 それはアイヴィも分かっているはずだろうに、全く攻めに転じない。

 堅実に守り続けること約三十分。新人たちの方が先に音を上げた。ガス欠になった人から的確に倒していく。


「ど、どうなっているの?」

「こっちも化け物か?」

「いやいや、色んな部分で力を抜いて対処させてもらっていたからね。例えば、君たちの魔法どうしをぶつけ合って相殺させるとか。君たちの強い魔法を、軽い魔法でちょっと妨害してぶつけ合えばどっちの方が先に消耗するかって話さ」


 さらに教官による講評なども付け加えられて、一日目の合同訓練は終わりとなった。

 翌日からが、研修の本番らしい。私たち騎士団は、この手合わせ以外は自由となっているので、日課の鍛錬をしつつ、魔術師協会の新人研修がどういうものなのか見せてもらうことにしよう。



 新人研修の朝は早い。

 山稜から日の光が見えるか見えないかという時に、魔法で作ったと思われる轟音で叩き起こされている。

 私たち騎士団も、早朝勤務の時はかなり早くから起きなければならないが、普段は割と緩いのでここまでの早起きは久々だ。

 私たちとの手合わせの前に、研修中におけるグループ分けが行われていた。

 研修中は基本的にこのグループで行動し、良かったグループには褒賞が与えられるとのこと。逆に、誰か一人でも良くないことをした人がいれば、グループメンバー全員が連帯責任で処罰を受けるらしい。

 彼らがまずやらされていたのは、魔術師協会の規則を大声で暗唱することだった。うちには規則がないから無理だな。


「我が協会は、カルボニス王国における魔術の発展・継承を……」

「声が小さい! お前の仕事への想いはその程度なのか?」


 さらに、私たちとの戦闘訓練が終わると、森の中を走らされていた。基礎体力はどこでも重要なのだろう。私も一緒に走らせてもらった。

 昼の戦闘訓練が終わると、魔術師協会の先輩たちがゲストとして現れて魔法の指導や講演などを行っていた。


「そうじゃないんだよなぁ。君って無能だね。ねぇ、君はこれまで何を学んできたわけ?」

「これぐらいのことができないとウチではやっていけませんよ。このレベルは軽く出来て当たり前」


 新人たちがミスをするたびに辛辣な言葉が飛ぶ。放任主義の職場で良かった。

 夜も、手合わせが終わってから、新人たちは出された課題をこなすために徹夜しながら何か作業をやっているようだった。


「アイヴィ、どう思う?」

「よそのやり方に口を出すのはアレだけど、うちはこういうのが無くて良かった、とだけ」

「うちの先輩方もこれに参加して、新人研修はやめておこうと判断したのかもしれないな」



 日が経つにつれて、新人たちの目から光が失われていく。

 研修施設への道中で、「一週間も何やるんだろうね? 楽しみ~」とか言っていた頃の彼女たちはもういない。深夜には、耳を澄ますと大部屋の方からすすり泣く女性の声が聞こえてきた。

 戦闘訓練も相手のモチベーションが死んでいるので、訓練とはいえない様相を呈していた。


「もういっそ殴り殺してくださいよぉ!」

「殺せぇ! 殺してくれぇ!」


 口々に発せられる声に宿った怨恨の重みで、逆に気圧されてしまう。


「くっ……殺せなどと軽々しく言うんじゃない! あと三日だろう。そこまで耐えるんだ。な?」


 横でアイヴィが苦笑する。


「徹夜続きで完全に判断がおかしくなっていますね。ここは一発で楽に倒してあげた方が救いになるんじゃないですか?」

「うーん。まあ、戦闘訓練以外の課題に一杯時間を使いたいと思ってそうだからな。仕方ないか」



 残り二日となった日の午後から、少しずつ変化が起きてきた。


「いいね! 君もやればできるじゃないか!」

「あと少しだから、もうひと頑張りしよう!」


 今まで人格を全否定するような言葉ばかり浴びせていた先輩たちが、徐々に優しい言葉をかけ始めたのである。よかった。彼らの頑張りは報われたのだ。

 私が感動の涙を流している横で、


「あまりにも極端な飴と鞭の使い方ですね」


 とアイヴィが分析を加えていた。


 そして最終日。

 施設に別れを告げる前に、新人たちに先輩や教官たちから言葉が送られる。


「よく耐えた! これは君たちの限界を拡張するためのちょっと厳しい特訓だったんだよ」

「先輩たちもみんなこれを受けて圧倒的な成長を遂げたんだ。これからもみんなで頑張ろう!」

「私たちも好き好んで厳しく接していたわけじゃないからね。みんなが成長してくれて私たちも嬉しいよ」


 そうだったのか……! 私の中で魔術師協会の先輩たちの評価が爆上がりした。

 新米たちも私と同じような心境なのか、先輩たちにキラキラとした目を向け、嬉しそうな声音で王立魔術師協会に尽くすことが出来ることへの喜びを次々と表明している。


「素晴らしい職場です! 先輩たちに一生ついていきます!」

「私のようなものを選んでくださってありがとうございます! 運命を感じました!」



 無事に終わった新人研修からの帰り道。

 研修についてアイヴィと話し合う。


「色々あったけど、やっぱりうちの騎士団ではやらなくてもよさそうだな」

「そうだね。うちの騎士団では一緒に仕事をすることを通じて実戦的なチームワークを育んでいるし、基礎体力の問題は特にないし、団長とかの謎のプレッシャーもあるから上下関係もある程度なら何も言わなくても形成できてそうだから……」

「ああ。やっぱり騎士団でよかったな」

「テトラさんの場合、魔法も実務も苦手なので他の場所が拾ってくれない、の間違いでは?」

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