第6話 ブラック魔術士新人研修と女騎士(上)

 クラヴィスちゃんの一件から数か月。

 あのレベルの危険な仕事は特になく、比較的平和な日常を過ごせていた。

 気付けば私も王立騎士団としての職務を一年間こなすことができた。私にもそろそろ後輩ができる時期ではあるが、人事の仕事はまだ無縁なので、どんな後輩なのかはまだ知らされていない。

 私が騎士団に入る十年ほど前は世の中が混沌としていて、三年後離職率がかなり高かったと聞く。

 ちなみに、うちの騎士団では戦闘に支障が出るレベルの重症や女性騎士の妊娠・出産などを除いて、些細な私事による退職は認められていない。


「テトラさん、明日からの予定、覚えていますよね?」


 退勤時にアイヴィから声を掛けられた。

 そういえば、団長から言われていたことがあったような……。


「あ、ああ、たしか、王立魔術師協会の連中と何かやるんだったな」

「何かじゃないですよ。合同研修です」

「そうか。合同研修か……。あれ? うちの騎士団って研修やったっけ?」

「引き抜きでここに連れてこられた僕に聞かれても困りますよ」


 アイヴィが同じく帰り支度を始めていたクリストファー先輩に視線を移すと、先輩は小さく首を横に振った。


「うちは全員纏めて研修って感じじゃなくて、先輩がマンツーマンでオン・ザ・ジョブ・トレーニングを行うスタイルだから、そういう意味では研修しているとも言えるけど、それも形だけで放任に近いからね。僕は先輩から全然指導されなくて逆に困惑したよ」

「そういうものですか。僕が引き抜かれる前に所属していた部署でも研修はあったので、何もないのは新鮮ですね」

「研修の有無なんてどうでもいい。問題は魔術師協会の研修ってことだ。自慢ではないが、私に魔法の才能が欠片も備わってないことぐらい知っているだろう?」


 ふたりとも顔を伏せて黙り込んだ。

 その隙をついて、ブレア先輩がやってくる。

 さっきの絶望的な告白が聞こえていないはずはないのに、何故か笑顔である。


「大丈夫だって。向こうの新人との合同なんだし」

「しかし、新人とはいえ、魔法のエリートだろう? ついていける気配が微塵もしないのだが」


 クリストファー先輩が、「あ~」と言いながら笑みを見せた。


「思い出したけど、テトラなら多分大丈夫そうな内容だったな」

「でしょ。心配せずに行っておいで」



 というわけで、翌日。

 普段あまり立ち寄らない魔術師協会の本拠地を訪れる。用がないから立ち寄らないだけで、騎士団の詰所から徒歩五分ぐらいの場所に位置しているのだが。

 うちの詰所と違って、全員が全員、専用の黒いローブを着用していた。怠けている人や、遅刻、欠勤をしていそうな人も少なそうだ。

 入口近くには既にアイヴィが立っていた。この集団の中でスーツは目立つ。

 私は、騎士団所属ということが一目で分かるように鎧着用だ。久々の鎧なので正直動きにくい。


「お前、鎧はいいのか?」

「僕は省庁からの出向という形で騎士団の業務を手伝っているから、これが正装ともいえるね。それに、鎧は重いから……」

「もっと肉食って体力つけろって」


 アイヴィの背中をバシバシ叩いていると、まだまだローブに着られているような雰囲気が否めない魔術師たちが十名ほど現れた。指導役と思われる中年の魔術師もセットだ。新人が多くて羨ましい。

 中年が気さくに挨拶してくる。


「どうもどうも。君たちが今回の的かい。今年もよろしく頼むよ」


 挨拶に妙な単語が入っていたように思ったので、アイヴィの方を見た。彼なら聞き間違えるわけがない。

 しかし、頼みの綱のアイヴィも怪訝そうな表情を浮かべているだけだった。

 仕方ないので不審に思われないように挨拶を返す。


「こちらこそ、よろしく」

「うん。じゃあ移動しようか」


 中年が先頭を歩き、その後ろを新人が歩き、私たちは最後尾を歩く。

 新人たちは仲が良いみたいで、移動中もアレコレ話し合っていた。仲の良さは大切だが、少し緊張に欠けるようにも思われる。

 一人きりの状況でも敵に立ち向かっていくことを徹底的に指導される騎士養成学校とは育て方が違うのだろうか。数人掛かりで大きな魔法を作る必要もあるらしいから、チームワークの方が大事だと言われればそれまでだ。

 とはいえ、この新人たちと、魔術師協会の本拠地にいた魔術師たちでは雰囲気が明らかに異なるのは確かだ。向こうの人たちは何というか、魔術と魔術師協会に全てを捧げた人って感じだったのだが、新人たちはまだ学生気分が抜けきってないように見える。

 短い研修であそこまで変わるのだろうか? だとすれば、それはどんな研修なのか。

 これから新人を指導する立場になるかもしれないのだから、少しでも学んでいきたいものだ。



 半日ほど歩いて、人里離れた場所にある研修施設についた。一軒家ふたつ分ぐらいの大きさであるため、この人数だとやや手狭になりそうだ。

 案内をしてくれた中年がドアを閉める。

 そして、中年が何か呟いたかと思うと、ドアや壁に魔法の紋章のようなものが一瞬だけ浮かび上がった。


「な、なんだ……?」

「これは……戸や壁を強化して……いや、更に上の結界だ。それを使って僕たち研修生を閉じ込めようとしているわけか」

「おお、その通り。初歩的な術なのだが、騎士団の人に解説されてしまうのは初めてだ」

「いえ、僕は正式な団員ではないので……」


 二人が話し合っている間に、戸に近付く。ちゃんと鍵が掛かっている。

 そのうえで魔法による強化が加わればどれほどの堅さになるのか、興味をひかれた。


「ほぅ、結界か。面白い」

「……あっ、テトラさんは面白がらないでください」


 しかしその忠告は遅かった。

 扉に肩からぶつかっていくと、一回お試しぐらいの気軽な力加減だったにも関わらず轟音とともに扉がもげてしまった。空の彼方まで吹き飛んでしまわなかったのは不幸中の幸いだろうか。

 個人的には、鎧の肩の部分が潰れてしまったのが気になる。扉はそれなりの堅さだったのだろうが、情けない鎧だ。私の三角筋は傷一つ付いていないのに。


「……えーっと」


 気まずい空気が流れる。私も気まずいが、私の同行者であるアイヴィはもっと気まずそうだった。しかし、更に目も当てられないほど困惑している様子だったのは、中年のおじさんだった。


「あ、あんなにもあっさりと……。馬鹿な、ありえん」

「嘘だろ。先生は結界の専門だったはず……」

「めっちゃ余裕そうだったじゃん」

「あんな先生の研修って大丈夫なのかな?」


 新人たちの追い打ちが続く。小声で話しているけど、たぶん聞こえているからね。

 中年と目が合ってしまった。とても気まずい。

 好奇心で弁償モノの被害を出してしまっただけでなく、何気ないタックルでおじさんの尊厳を傷つけてしまった。これがうちの上司だったら「これから気を付けます」で終わるところだったのだが、今は騎士団の代表という立場でもある。

 関係各所のイメージに大ダメージを与えてしまったことに対する責任感を今更自覚して血の気が引いた。反射的に口が動く。


「くっ、殺せ……!」

「いや、この程度で死なないでくださいよ!」


 アイヴィがやや被せ気味に口を挟んだ。

 そのまま、中年の方に近付き、


「すいませんね、うちの筋肉お化けが……」

「私はお化けではない! むしろ、お化けが苦手だ!」

「とりあえず、扉の修理はうちが負担しますので、予定通り研修を始めてください」

「あ、ああ。それじゃあ、扉の応急処置だけ頼む。本格的な修理はまたおいおい請求するから」


 二人が話を終え、何事も無かったかのように研修の説明が始まった。

 研修は一週間。終わるまで外部との接触は禁止。庭の方から逃げることも、結界があるので(私ぐらいの体力か、規格外の魔力でもなければ)不可能。

 さて、この閉鎖空間でどのような研修が行われるのか楽しみだ。

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