第4話 幽霊屋敷と少女と女騎士(上)
「騎士のお姉ちゃん! あのね、あたし、お婆ちゃんの家に取りに行かなきゃならないものがあってね、手伝ってほしいの!」
少し暑くなってきたある日、白くてツバの広い帽子を被ったワンピースの少女がキラキラした目で訴えかけてきた。
他の騎士たちは忙しいのか見向きもしない。いや、そもそも……。
少女と同じ目の高さにするためにしゃがみ込み、できるだけ優しい声で説明を始める。
「ほんっとうにゴメンなんだけど、私たちは王様や国のための仕事が優先で、その……子どもの付き添いとかは自警団とかの人のお仕事になるんだ。私も出来れば手伝ってあげたいんだけど……」
少女は何かを思い出したように肩から提げていた鞄から一枚の書状を取り出した。
「ん」
説明するのは面倒だからこれ読め、とばかりにグイグイ押し付けてくる。
書面に目を通す。
「なになに……? 『うちでは手に負えぬゆえ騎士団の管轄にしていただきたく
少女が小さく頷いた。
それにしても自警団が投げ出す仕事とは一体……。
「君のひぃお婆ちゃんのお家にモノを取りに行く……だけなんだな?」
「うん!」
「自警団の人たちとは一緒に行ったのかい?」
「うん!」
元気な返事から一転、表情を曇らせた。
「……でも、おじちゃんたちは番犬に負けちゃった。それで帰ってきたの」
ほう。自警団の男を追い払った番犬か。番犬としての役割は十分果たせているとは思うが、やりすぎだろう。しかしながら、力仕事となれば我々騎士団の仕事だ。
少女を勇気付けるために微笑みかける。
「そういうことなら我々カルボニス王立騎士団に任せなさい」
「うん! よろしくね。……騎士さん、お名前は? あたしはクラヴィス!」
「クラヴィスか。私はテトラだ。よろしく」
少女と握手を交わして荷支度を整える。
詰所を出る前に、事務の連中とも顔が効くアイヴィに一声掛けておく。
「アイヴィ、今から仕事に行ってくる。仕事内容はコレだ」
相変わらずデスクワークの一部をやらされている様子のアイヴィが、渡された書状を一読して返してきた。
ひとりごとのようにつぶやく。
「コレが例の案件ですか……」
これを聞き逃すほど甘くはない。
「何か知っているのか?」
アイヴィがチラリとクラヴィスに視線を落とし、再び私の方を見た。
神妙な面持ちで口を開く。
「自警団の男が三人掛かりで向かい、二人死亡。一人は命からがら逃げ帰ったが、伝言を言い終えてから体調が激変。遺体を王立白魔導連盟の高位術者数名が検分したところ、強烈な呪いの類であったことが分かったそうだ」
ん? ん〜〜〜〜?
クラヴィスちゃんから聞いた話のイメージと、アイヴィが語った内容との差が激しすぎて思考が数秒止まってしまった。
何度か首を捻って、当然の疑問を捻り出す。
「それ、本当にうちの案件なんですか?」
「上の話によれば、うちの人員でも無理なら、各所から人員を集めて精鋭チームを組んで……その子やそのご家族には申し訳ないが、家を全力で破壊させてもらうとのことだ。個人的な防犯のつもりだろうが、あまりに危険すぎるからね」
最初から全力で行けば良いのでは、と思ってしまったのだが、繋いだ小さな手を思い出してその考えを捨てる。
こんな可愛い子の家を問答無用で破壊するわけにはいかない。
「そんなに難しそうな内容なら……アイヴィ、お前も来い」
指名されたのが嫌だったのか、顔を顰められた。
「僕は同行できない……というか、男は無理だ。問答無用で呪われるらしい。自警団の男が言い残したメッセージが本当なら、という話だが……旧知の魔術師に尋ねたところ、そういう結界を張ることも可能らしい。かなりの技量とモノと時間が必要らしいが。……というわけで、男の伝言には一定の信憑性があると考えてもいいだろう」
「そんな凄そうな魔法を使えるって、クラヴィスちゃんのひぃお婆ちゃんはすごいんだね」
「うん! とっても尊敬できる人なんだよ!」
「今の王立魔術師協会を創り上げた人の中の一人らしい。そんな人の邸宅となれば……まあ、それぐらいの罠があってもおかしくないか」
「えぇ……」
確かに、同年代の子どもたちに比べて気品のある子だとは思っていたが、まさかそんな血筋だったとは。
いかにも厄介そうな案件だ。というか、そんな人の建物に行って無事に戻って来れるだろうか。特に、クラヴィスちゃんを守れるかどうかは騎士としての沽券に関わってくる。
……あれ? 身内にも攻撃するのはおかしくないか?
「クラヴィスちゃん、どうして一人では行けないんだ? 実家に行くようなものだろう? というか、保護者の人と一緒に行けば問題ないのでは?」
「あの罠は無差別に作用するみたいなの。これをどうにかできない人は身内でもない、という感じだと思う」
「スパルタだねぇ」
「ママと一緒に行けないのは……ママの仕事の忙しさもあるけど、魔術師が二人以上いるとそれに比例して罠が強くなるって問題が大きいよ」
魔法絡みの話になると、話し方も少し大人っぽくなったような気がする。
「それで、本題に入るが……クラヴィスちゃんが家で取らなきゃいけないモノって何だ?」
とても澄ました顔で、何事もなかったかのように、
「邸宅」
とだけ呟いた。
家に邸宅を取りに行く? 子どもだから言い間違えたのかな?
アイヴィも思わず息を呑んでいる。私たちが同時に息を吐く。
「て、てい……何て?」
「邸宅そのものを、だってさ。スケールが違うね」
「邸宅をどうやって取るって言うんだ? 動かせる自信がないぞ」
「テトラさん……自信がどうこうという次元じゃないでしょうよ。それを手で動かそうという発想そのものがどうかしているというか……。それで、クラヴィスさん。邸宅を取るというのは、どういう意味かな?」
私たちのやり取りを見て笑っていたクラヴィスちゃんがニコニコ笑顔のまま答えた。
「ひぃお婆ちゃんの家の奥には術式が仕掛けられているの。それをあたしが上書きすることによって、家があたしのものになるってわけ!」
そういう魔法もあるのか。
なら、彼女をここに置いて私だけがモノを取りに行くというわけにはいかないな。
「やることが分かればもう安心だな。あとはこの子を守るだけの仕事だろう? さあ行こう」
だが、クラヴィスちゃんは動こうとしない。むしろ近くのソファに身体を沈めた。
隣をポンポンと叩きながら、
「あの家は夜にならないと現れないの。それまで休憩ね」
「出てくる時間帯が決まっている家なんて、何でもありだな……」
そして日が沈み、手を引いて歩き出し……。
夕暮れの街を歩き、夜の荒野を歩み、宵の林道を引きずられ……。
「テトラお姉ちゃん、ちゃんと立って歩いてよ〜」
「ダメだ。聞いてない! 恐い! 何かが囁いているような声も聞こえてくる気がする!」
「あはは。風で枯れ葉が擦れている音だよ。ほら、ゴーゴー!」
子ども相手なのに、魔法の力か何かで引きずられていく。
「この森の奥にあるんだよ」
「この奥に? こ、恐っ! それ以前に暗い。何も見えない。暗すぎて、く、く……くっ、殺せ!」
我ながらみっともなく泣き喚いていると、真夜中の森がニタリと笑うように枝々を広げて底なしの口を広げた。
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