第3話 夕食と女騎士
人生にはたった二つだけ、おろそかにしてはいけないものがある。
食事と睡眠。
長い人生において、これ以外は全てオマケと言っても過言ではないと思っている。
というわけで、
「お腹すいた~~~~!!!!」
欲望十割、野生の咆哮が討伐対象のモンスターたちの動きを抑圧した。
今日の任務は、ブラックダイヤモンドカウと呼ばれる、黒の綺麗な光沢を放つ牛の討伐……いや、捕獲だ。
コイツの運命は、数日後の王族の晩餐会に供する食材になること。残念ながら、誠に遺憾ながら、大変極めて口惜しいのだが、勝手に食べると怒られる。私の胃に足りないのはこれだ、とお腹も大地も牛も囁いているはずなのだが誰も納得してくれない。
普通の牛なら牧場で飼育されているので簡単に手に入るのだが、コイツはまだ人工的な飼育に成功できていないレア物だ。特殊な環境下でなければ、毛も肉質も上等なものにはならないとのこと。
そしてコイツらの生息地域の遠いのなんの。
片道だけで1日掛かる。そこまでの距離となると、道中にモンスターも出てくるので普通の料理人が調達に行くわけにはいかない。
「はぁ……完全に人選ミスですね。テトラさんを先に拘束しないと任務失敗になりかねませんよ、クリストファー先輩」
少しくたびれたスーツ姿のアイヴィが、ザ・騎士という風な白い短髪の男に声を掛けた。もちろん騎士団の正式な鎧を着用している。
彼こそが入団3年目で、新人指導も担当しているクリストファー先輩だ。他の先輩たちの噂によると、彼は自分の個性のなさをずっと気にしているらしい。普段から騎士っぽい人なんてクリストファー先輩しかいないと言っても過言ではないのだから、逆に目立っていると思うのだが……。
先輩が溜め息をつきながら、
「人選をしたのは自分じゃないので何とも……。それと、テトラさんを拘束できるようなモノがあるというのなら見せてもらいたいものですね。戦略兵器として上に具申しますので」
「ははは、そうですね」
あまりにも失礼な会話が繰り広げられている気がする。
クリストファー先輩が、この食糧確保チームの最後の一人、ブレア先輩にも意見を仰いだ。彼女とクリストファー先輩は同期だ。騎士団員は女性より男性の方が多いので、私の次に若い女性騎士でもある。
「ブレアさん。何か策は? あと一分もすればテトラさんが食欲に負けてしまうかもしれません。これでは普通の冒険者を立ち入り禁止にしている意味がなくなってしまいますよ」
普段着の上から胸と腰部分だけ金属製のプレートで覆った赤毛の女性が面倒そうに呟く。
「止めるのは無理だから、テトラ抜きで捕獲するしかないんじゃない?」
「帰り道で強奪されると困ります」
「だよね~」
「そ、そんなことしませんよ! ……たぶん」
私以外の全員が小さく首を縦に振った。
「するね~、するする」
「やりかねませんね」
「ありありと光景が浮かんできます」
どれだけ信用がないんだ、私は。
そういえば、とクリストファー先輩がブレア先輩にじっとりとした視線を向けた。
「今日のお昼、テトラさんは何も食べていませんでしたよね。というか、前日の夜から食事の量が減っていたような……。その原因の一端は、あなたがお金を巻き上げたことにあるのでは? 遠征中の食事は自弁が基本ですし」
「言い方が悪いなぁ~。貸してたお金を取り戻しただけだよ~? 競馬で勝ったあぶく銭が消えちゃう前にね」
「そうは言っても、十日で四割の金利は取りすぎでしょう」
「ふっふ~ん。先輩価格というやつだね~。カルボニス王立騎士団の伝統だよ。あたしが新人の頃は十日で五割だったから、良心価格だと思ってくれたまえ」
スリムな上体を逸らしながら得意げに語るブレア先輩の言葉に、男性陣が揃って溜め息をついた。アイヴィが質問する。
「クリストファー先輩、僕はお金を借りたことがないので分からないのですが、そのような伝統が存在するのですか?」
「残念ながら僕も借りたことがなくてね。先輩方もそういう細かいところで利益を出そうとするような性格ではなさそうですし、ブレアさんの周辺で局地的に用いられているローカルルールのようなものでしょう」
「よかった。元の上司に報告することが一つ増えるところでしたよ」
「アイヴィ君の元上司と言えば……ああ、国の官僚の方々か。君のような外部監査が取り入れられてから、うちも随分おとなしくなりましたよね」
「表面的にはね~」
「ブレアさん、分かっていてもハッキリ言わないでください」
三人の会話に入っていけない。というわけで、会話から取り残された者どうし、私と牛で仲良くやっていくしかなさそうだ。
普通の牛の十倍はありそうな巨体に突進すると、相手も負けじと突進してきた。
三人の焦ったような声が聞こえてくる。
「サイズ以外は普通の牛だと思っていたら痛い目みますよ!」
「体には傷を付けないように! 素手で……」
「バカだね~、クリス。あの子は素手の方が強いよ。剣で角を受け止めな!」
剣を抜く時間も惜しかったので、素手で角を掴む。相手の勢いと体重に押し負けて、ずるずると押し戻されていく。
それだけじゃない。この牛、身体から徐々に魔力を発散させている。つまり、魔法による攻撃が来る合図というわけだ。
つぶらな黒い瞳から、「動物はあなたのごはんじゃない」という力強いプレッシャーを感じる。
……が、お前の運命は食材だ。それを分からせてやらなければならない。
「私はお腹が空いているんだ~~!!」
叫びながら腰を落とし、牛の顔面を地面に叩きつけて魔法の発動を中断させる。
そのまま、後ろを振り返って、何やら魔法の詠唱を行っているアイヴィと、武器や捕獲道具を構えている先輩二人に叫ぶ。
「邪魔ァ!」
ゴッ、という風切り音とともに牛の身体が宙に浮いた。そのまま自分の後方に投げ落とす。
ひっくり返って立てなくなっている牛に対して、アイヴィが発動させた魔法封じ用の魔法が掛かり、先輩たちが素早く足を拘束していった。
牛の顔を覗き込んだクリストファー先輩が指差呼称する。
「死んでないな。ヨシ!」
運ばれる前の牛の横腹にタックルする。顔を擦り付けながら、最後に残った理性で言葉を紡いだ。
「くっ、殺せ……。さもなければこの牛の命の保証は出来ない」
「テトラさん、冗談はそこまでにしてください」
苦笑していたアイヴィを睨み返す。
「この牛は、一頭合わせれば私の給料数年分の価値があるのだろう? 最後の晩餐がコイツの丸焼きなら悔いはない。さあ、一息に!」
「いや、さすがにそれだけで後輩を殺すほどサツバツとした騎士団じゃないから……ああ、でも遭難中で食糧がこれしかないって状況ならあり得るな」
「しょうがないなぁ~。今夜は私が奢ってあげるから、任務を優先してね~」
「ブレア先輩……! 一生ついていきます!」
「うむ。一生崇め奉るように」
その夜、空腹に耐えていた三食分ぐらいを一度に食べたら他の三人からドン引きされた。さらに会計時には、ブレア先輩から、
「一生ついてこられると奢るたびに破産しそうになるからやめて」
と言われてしまった。悲しい。
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