魔女の林檎

目が覚めると、そこはよく見慣れた場所だった。前と違うのは、鉄格子が目の前にあることぐらいだろうか。私は牢屋に入れられているようだ。

ずきずきと痛む頭を押さえながら、上半身を持ち上げる。手足は縛られておらず、粗末な毛布が一枚かけられていた。

鉄格子には錠がかけられている。触っても、あのときのように壊れたりはしない。グッと押し込んでみても、引いてみても、開きはしないようだ。またあの日々を繰り返さなきゃいけないのだろうか。退屈は飽きたというのに。

ガチャリ。聞きなれない音がして、石だと思っていた部分が扉のようにスライドしていく。

そこにいたのは、私を殴った少女だった。感情を殺したような表情をして、私を見つめている。そうして、ゆっくりと私に近づいて、それと同時に扉が閉まっていく。

「ねえ、あなた魔女でしょ」

ここで違うと言ったら、出してもらえたりするのだろうか。いいや、また否定したらあれの繰り返しだ。正直に。

「魔女よ」

その答えを聞いて、少女はにこりと不器用に笑った。いびつに口角を上げて、おかしくてたまらないというような顔をして笑う。ゾッとするような笑い方をする。このぐらいの年齢の子には、似つかわしくないような、そんな笑い方を。

「やっぱりやっぱりやっぱり!」

嬉しそうな声色で叫ぶ。

「魔女はね、魔女はね、あなたはね、ずっとここで生きてくの!」

嬉しくてたまらない、と言った声で少女は叫んだ。

これはやばいやつだ。世界をろくに知らない私でもこれはわかる。言いなりになったら、ダメなやつだと。

「お断りよ」

指を鳴らす。パチン、と小気味いい音がして、バラバラと鉄格子が壊れていく。もう一度、指を鳴らすと、少女の頭の上に石が現れて、落下する。

「うっ」

それらはきれいに少女の頭にクリーンヒットした。唸りながら倒れこんだ少女は、私に必死に手を伸ばす。でも、捕まるわけにはいかない。私はもう退屈な日々はうんざりだし。魔法が問題なく使えるのなら、使うまで。

少女が出てきた扉は使わずに、あの森で見た大空を頭の中で強く思い描く。あの空に行けるように、強く。

「待って…いかないで、わたしの」

少女の言葉を聞く前に、私は指を鳴らした。

パチン。

音と共に私は空へと投げ出される。そのあとは、そのままに下に落ちていく――――。

指を鳴らしても、地面に着地できない。二度目を鳴らしても、箒すら出てこないのだけど。あれ?

すごいスピードで自由落下しているはずなんだけど、すべてがスローモーションのように感じる。ゆっくり、ゆっくりと落ちていく。

もう一度、地面を思い出す。私が立っている想像をしながら、指を鳴らした。

「あ、あー地面だ」

なんとか成功したらしい私は無事に地面に立っていた。

まだ思い出したばかりのせいか魔法がうまく使えないらしい、最悪だ。早く使えるようにならなければ。

足元にコツンと何かが当たる。赤い果実、林檎だ。ふと上を見れば同じような瑞々しい果実が木に生っている。あの木から落ちたのだろう。

「……」

食事もしばらく取っていなかった。食べてみようか。赤く熟れた林檎を手に取り、齧る。しゃくしゃくっと音を立てて、甘い果汁が口の中いっぱいに広がった。

「おいしい」

咀嚼をして、飲み込む。ものの数分で、林檎は私の腹の中へ納まったのだった。

「さて、行くか」

行く先も決まっていないけれど。とにかく、今までしなかったことをしてみようと思う。

歩きながら、先ほどの熟れた林檎を思い出しながら、指を鳴らすと、手の中には青い林檎があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔女の林檎 武田修一 @syu00123

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ