第20話「ど、どうしたんですか、それ……?」
今日は土曜日にもかかわらず、羽菜さんからデートの誘いはなかった。なのでいつものフードコートにZwitchを持ち寄り、俺と梶浦さんと飛鳥馬で『大乱戦デストロイブラザーズ』、通称『デスブラ』の対戦をしている。
昨日、羽菜さんと
あのあと、俺は(多分、羽菜さんも)いたたまれない気持ちのまま黙々と残りの夕飯をいただき、帰宅した。
帰り際、
「気にしないでね」
と声をかけられた。
短いが、心遣いに満ちた言葉。「羽菜さんはやっぱり大人だな」と思うと同時に「自分はガキだ」ということを突きつけられた気分だった。
思い出しただけで恥ずかしさと情けなさで床をのたうち回りたくなる。
そのとき、スマホが震動した。羽菜さんからのメッセージだった。
『大丈夫?』
一言だけそう書かれていた。心配してくれていたらしい。
『大丈夫です! いまフードコートでゲームしてます! フードコート最高!』
元気であることを伝えるためにエクスクラメーションマークを多めにしたが、空元気みたいでかえって心配させてしまったかもしれない。しかしもう送ってしまったためどうすることもできない。
――ダメダメだな……。
俺は大きなため息をついた。
「対戦する前から敗者の顔だね~」
梶浦さんが俺を茶化す。
「まあ、このゲームにはちょっと自信があるから、わたしが勝つのは確定なんだけど」
「映画なら真っ先に殺されるやつのセリフだね」
飛鳥馬がすかさず茶々を入れる。梶浦さんの片眉がすいっと上がった。
「深井、お前は五分後、床に這いつくばることになる」
――そんなゲームだっけ……?
もっとみんなでわいわいする感じだったと思うのだが。
梶浦さんと飛鳥馬は火花が飛び散るような視線をぶつけあう。俺は小さな声で「はい、じゃあ対戦はじめまーす」と開始を宣言した。
キャラを選択し、対戦がはじまる。
さぞかし白熱した試合になるだろう。と思ったのだが。
「もうっ、あ……あん! あん! や……! あんっ!」
なぜかフードコートに梶浦さんの嬌声が響いた。
「あ、あん! もう、だ、ダメだって! 後ろからは! 弱いんだって! やん!」
「一回ストップストップ」
飛鳥馬は腕を振ってゲームをストップした。
「梶浦、猿ぐつわして」
「ハンデがおかしくない!?」
「大丈夫、鼻で息をすればいいから」
「懸念はそこじゃない!」
梶浦さんは不敵に笑った。
「わたしが強すぎるからね、邪魔したいのはわかるけど」
「いや、そうじゃなくて……。なあ?」
と、飛鳥馬は曖昧に笑って俺に話を振る。
俺は言った。
「梶浦さんがエロい喘ぎ声を出すからだよ」
「エロい喘ぎ声!? そ、そんな声出してた……?」
「むしろこの五分間、エロい喘ぎ声しか出してない」
「嘘……!」
彼女は愕然として口元を押さえた。まったくの無意識だったようだ。まあ、意識的に出していたとしたらとんだ痴女である。
梶浦さんはなにかを思いついたような顔になった。
「でもさ、そんな声を本当に出していたとしたら――、猿ぐつわをしたら余計エロい感じにならない?」
俺と飛鳥馬は顔を見合わせた。
「なんで?」
「なんでって、緊縛されて、喘ぎ声がくぐもるから、マニアックな……」
梶浦さんの顔が急にかあっと赤くなる。
「なに言わすんだ!」
梶浦さんは俺の肩に掌底を打ちこんだ。
「
拳よりも手刀よりも重く鈍い痛み。
二撃目を放とうとした梶浦さんの右手首をつかむ。すかさず襲いかかる左手の動きも封じる。
俺と梶浦さんは力比べの状態となりにらみ合った。
「駿太」
それを見ていた飛鳥馬は冷静な声で言った。
「お前が悪い」
「俺が!? なんで」
「言葉が率直すぎる。もう少しオブラートに包んだほうがいい」
「じゃあなんて言えばよかったんだよ」
「淫らなよがり声とか」
「お前のオブラートどうなってんだ?」
飛鳥馬は「ははは」と笑った。一方、梶浦さんは顔を真っ赤にしてぷるぷる震えている。
くだらないやりとり。しかし飛鳥馬の言葉に俺は思うところがあった。
『言葉が率直すぎる』
もしも相手が羽菜さんだったら同じように率直には言えない。実際、無意識に色気を発散する彼女に、それを指摘できたことは一度もない。
言えないことは、それだけじゃないけど。
彼女を好きになればなるほど、言えないことが増えていく。
対戦が再開された。声が出るのを意識しすぎて梶浦さんは精彩を欠き、くわえて飛鳥馬はもともとそんなに上手ではないから、棚ぼた的に俺が勝利してしまった。
梶浦さんは狂犬みたいに歯をむき出しにして悔しがった。
「佐々原くんに負けるなんてわたしのプライドが許さない!」
「勝ったのに俺のプライドがずたずたなんだけど」
「もう一回!」
それから徐々にキレをとりもどした梶浦さんがようやく連勝し、「よっしゃ~!」と会心の笑みを浮かべた。負けたのになぜか俺は安堵していた。
喉の渇きを覚え、紙コップのジュースをウーロン茶をあおったとき、視界の端に見慣れた人物が映りこんだ気がした。
――……あれ?
エスカレーターを降りていく女性、その後ろ姿が羽菜さんによく似ている。
――羽菜さん、だよな……?
俺たちがわいわい騒いでいたから声をかけづらかったのだろうか。それともよく似ているべつの誰かか。あるいは、彼女のことを思いすぎて幻でも見てしまったのだろうか。
「さあ、もう一回やろう!」
梶浦さんが十数回目の再戦要求をする。
エスカレーターのほうが気になりつつも、俺は対戦にもどった。
その夜、羽菜さんからつぎのデートの予定を伝える電話があった。
放課後に待ちあわせするのはいつもどおり。でも今回は妙な指定があった。
『制服のまま来てね』
映画でも観に行くのかと考えた。高校生ならばいくらか安くなる。しかしそれなら学生証を持っていけば済む話だ。
「どこに行くんですか」
『そこらへんをぷらぷらしようかなあって』
――……?
そこらへんをぷらぷらするのになぜ制服である必要があるのだろうか。さっぱりわからない。まあ、羽菜さんなりに考えがあってのことだろう。
それより気になることがあった。
「今日、フードコートにいませんでした?」
『行ってないよ』
――……?
なんということはない受け答え。でもなぜか違和感を覚える。ほんの些細な違和感。
少し声が固い? 抑揚がない? いつもよりちょっと早口?
羽菜さんも昨日の出来事を気にしているのかもしれない。
電話を切り、床についた。
――いつもどおり、楽しくデートできたらいいな……。
そんなことを願いながら俺は眠りに落ちた。
◇
翌日の放課後、俺は時間どおり、いつもの大理石前で羽菜さんを待っていた。
「駿太くん、待った?」
背中に羽菜さんの声がかかった。その声に固さはない。俺はほっとして振り向いた。
「いえ、全ぜ――」
彼女の姿を見たとたん、あまりの衝撃に最後まで言葉を発することができなくなった。
「ど、どうしたんですか、それ……?」
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