第7話脱走

討洞さんからタブレットを奪い返すこともできず、手持ち無沙汰になっていると、僕の携帯電話が鳴った。


すみません、と恐らく聞いていない討洞さんに断ってから電話に出る。

「はい・・・盧々宮です。」

「あー、オレオレ、嵩原嵩原。」

少しおどけたような先輩の声が聞こえた。

「今咲村さんとそっちに向かってるからさぁ、あと十分ぐらいで着くわ。」

「ご連絡ありがとうございます。あと、データ助かりました・・・!」

「じゃ、咲村さんに言っておくわ。ところでさ、」

「?」

なんだろう

「討洞さんは今、どうしてる?」

そういえば、やけに空気が冷たい―――

車内のテーブルの上には、ロックされていなタブレット端末、そして開け放たれたドア。

「どうした?」

「討洞さんがいなくなりました!!今から探します!!!」

僕はバカだ。目を離すなと言われたばかりなのに。

車をロックして校舎に走る。雨はすでに上がっていた。




雨でぬらりと濡れた道路は、すでに所々乾き始めていて、その名の通り、箱のような、B-BOXの轍を、途切れ途切れ残していた。


その車内には、咲村莚、そして嵩原功丞が向かい合うようにして、座っていた。決して社内の空気はリラックスしているとは言い難いものだったが、嵩原の方はそのような空気を纏いながらも何が面白いのか、ニコニコと微笑みを浮かべていた。



「・・・こりゃマズいな・・」

嵩原が携帯を握ったまま頭を抱える。

「どうした。」

「討洞さんが逃げ出したそうです・・・」

「・・・・」

車内にしばしの沈黙が流れる。嵩原はため息をつき、咲村は表情が動かない。



1分ほど経ったころ

その沈黙を切り裂くように嵩原の軽い声が響いた。

「ま、着いてから考えましょうか。ある意味予想の範囲内だったでしょ?」

フン、と咲村は鼻を鳴らす。ところでだが、と彼は続けた。

「まだ治らないのか。その表情は。」

咲村の言葉に、嵩原は苦笑する。

「あ、スミマセン・・・また、出ちゃいましたか・・・イヤ、申し訳ないです。本当に。」

今やっと自分の顔の様子に気づいた様子で、しかし彼はその微笑みを崩さない。いや、崩そうと努力しているのだが、頬がぴくぴくと微かに動いたのみである。

「いや、こちらもすまない。お前を咎めるつもりではなかったのだが・・・リハビリは、続けているんだよな。」

「ええ。カウンセリングと並行して続けてはいますが、さすがに脳に異常があるものですから。」

ハハハ、と嵩原は嗤った。

「感情の半分が死んじまってますからね。なかなか治る見込みは・・・」


嵩原はやけにカラリと、そしていつもと変わらず、微笑みながら言った。

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