第5話御津白河女学園

「いやぁ・・なんというか・・・美しい・・・ですね。」

「・・・・」

僕はその建物の存在自体は知っていた。荘厳で、漂う気品のなかに見える清楚な造りのその建造物はあまりにもこの国で有名であり、おそらく多くの人間の羨望の眼差しを浴びてきたのであろう。


御津白河女学園みつしらかわじょがくえん―――日本屈指の名門校であり、清く、美しく、そしてただただ雅たらんことを。この校訓は様々なメディアで取り上げられ、多くのパロディも存在する。強力な、所謂学校ブランドである『ミツシラブランド』により、卒業生のほぼ全員が国内外問わずに『一流』の学び場へ進み、女学校在学中ですでに企業からの勧誘を受ける生徒も少なくないという。


雨に濡れた校舎もまた風流であるのだが、今日は見物に来たのではない。この美しい校舎で、消えた人間がいるのだから。



やはり名門校の学園長室であった。内装の豪華さは言うまでもなく、掛けられた絵画、置かれた花々が絢爛さを引き締めつつも際立たせている。素人目にも分かる。

ただ、隣にいる討洞さんの眼差しは、目の前の白髪の女性に向けられていた。

「初めまして、学園長の、鏡原(きょうはら)須磨子(すまこ)と申します。」

紅茶の芳香が、僕の鼻孔をくすぐる。鏡原須磨子。この女学園の伝統を長年護り続けている『御津白河の番人』。その厳格な雰囲気は、いやでも僕を緊張させた。


「様々な事件の情報は、時折耳にしていました・・・決して我が校は加害者も、被害者も出さぬよう幾つもの対策を打っていたのですが・・・私の力不足だったのでしょう。」


いじめ―――これは人が人として生きてきたこの歴史の中で、否、やはり振り返ることすら馬鹿馬鹿しい。ヒトという動物がヒエラルキーを形成するためにとる、最もチープで原始的なプロセスとでも言えばいいだろう。それ以上の説明など、必要ない。

それはこの、高貴さに満ちているように見えるこの空間で意外にも、だがしかし例外なく起きていて―――


「生徒がひとり、いなくなったことはすでに生徒は伝えてあります。今日明日は休校とし、他の生徒は寮の自室で自習としています。誰か、話をしたい生徒がいればすぐにでも来させますが――あまりショッキングなことを伝えるのはくれぐれもお控えください。」


討洞さんが頷くことは無かった。

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