第2話特別犯罪課

チップにより犯罪率が激減したといっても、犯罪というものは、存在する。

しかも、チップのおかげで軽犯罪が減った代わりに、突発的、そして凶悪な犯罪が割合としては増えていった。



とある休憩室――――――――



盧々宮ののみやぁ・・・茶、零れてる。」

「あっ・・・!すみません!!」


気づけば、紙コップはすでにカラ。入っていた茶は、先輩のズボンと靴がすっかり吸い込んでしまった。

足元を指さしたまま、嵩原かさはら先輩はズボンの裾のようにじっとりした目をしている。

「ごめんなさい!クリーニング代は僕が・・・いや弁償をっ!」

「イヤ別にいいわ。どうせ買い替える予定だったしな。」

まぁ座れや、と僕はベンチに誘われる。サーバーから新しく茶を受け取り、僕は先輩の隣へと腰を下ろした。

「ヘコんでんのか?ボスに怒られてよぉ。」

ハッ、と先輩がシニカルに笑った。先輩はいつも薄い目をしている。その様子は猫によく似ていて、良く言えば穏やかな人、良くない言い方をすると掴みどころのない人だ。


「まぁ、あまり厳しくは言われなかったんですが・・・『俺たちは平和の支柱だ。少しでも欠ければ急激にそれらは崩壊する。集団の重要性を舐めるな。』と・・・」

先輩は、カハハッ、と声を出して笑った。

「ま、それでもボス―――咲村さんにしては抑えたほうなんだろ、何せ禁止区域への侵入だからな、いつもなら始末書何枚だ?」


そう言って、紙コップに入ったコーヒーを先輩は一息に飲み干した。アイスコーヒーの、ハリのある香りが僕の鼻孔をくすぐる。

嵩原先輩は知らないのだろうか、いや、知っているに違いないだろう。

あの日、僕は鹿毛さんに追い付くことができなかった。彼に縋り付いて、もうやめましょう、今はどうか逃げてくださいと泣きつくことさえできなかった。

階段で足を踏み外した間抜けな若造には、何も止めることができなかったのである。

そして、彼はもう二度と、その背中を見せることは無い。


「まぁ、色々あるわな、お前も、俺も。」

紙コップを握りつぶしながら、先輩はまた笑った。僕もつられて何故か笑った。面白くもなにもないのに。

すっかり原型を留めていないコップをゴミ箱に放り込んでから、先輩は、お前も飲んだらさっさと来いよ、と休憩室を出ていった。



その後ろ姿を見送りながら、僕はごくり、ごくりとゆっくりお茶を飲み干した。茶の温度が喉から全身に広がり、体を熱くする。

鹿毛さんが僕に残してくれたもの、僕がすべきこと。悲観的になっても、だれも助けてはくれない。僕は英雄ではない。英雄になりたいわけでもない。ただ、誰かを救うために、僕は――――


休憩室のドアを開け、僕は僕がいるべき場所に戻る。


【特別犯罪課】通称、トクハン。誰かの正義となるために、僕はここにいるのだ。


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