偽証の正義と英雄譚 ―決して英雄になれない君へ―
千住傲慢
第1話プロローグ ―ファウスト―
プロローグ
コツゥゥゥゥゥゥン・・・・―――コツゥゥゥゥゥゥン・・・――――
金属製の階段を、一段一段、丁寧に下りてゆく。処刑場までの階段の段数は十三段だというが、私は今、どれほどの時間、この階段を下りてきたのだろうか。十分、三十分、一時間、否、私は永遠にこの階段を降り続けるのではないか・・・気味の悪い妄想さえも湧いてくる
螺旋状には、時間の感覚を狂わせる魔力がある―――知人からそんな話を確か聞いた。
酒の席でのくだらない話の一端であったが、魔力、という言葉がのどに引っかかった小骨のように、私の記憶から離れずに残っていた。まさかこのような時に思い出すとは。
案外呑気な自分を嗤いながら、一歩、一歩と螺旋の迷宮を降り続けた。
コツゥゥン、コツゥゥンッ、コツゥゥンッ、コツゥゥンッ、コツゥゥンッ、コツゥゥンッ・・・・―――
所々錆びついた階段を、青年は駆け降りる。薄暗い足元を確認することなく、焦燥感に身を任せ。
「
青年の声は、だれにも届かない。コンクリートの内壁にぶつかり、反響して、ただただ虚しく消えていくのみだった。
はっ、はっ、と呼吸を一定にして、できるだけ体力の消耗を抑える。だが、彼の追う、鹿毛、という男。その姿が一向に見えないことに、青年は 焦燥を募らせ、更に足を速める。そのせいで呼吸が乱れ、肺が痛んだ。だが、それでも尚、青年が足を止めることは無い。
その時、腐食した足元がやけに乾いた音を立て、砕き折れた。
コツゥゥゥゥゥゥン・・・・コツッ―――
迷宮を脱出し、そこで私――鹿毛(かげ)独歩(どっぽ)が見たものとは――
重々しい鉄扉ではなく、堅固なハッチでもなく、薄暗い中でもよくわかる、上品な艶、決して機械ではない、血の通った人の手で作られたと分かる、美しい彫刻、そして、薄っすらと漂う、心を安らげる木の芳香。
恐らく何者かが拘りを尽くしたこの扉を、わざわざこの場所にこさえたのだろう。
「唯一残念なのは配置場所だな。」
私は素直な心でそう言葉に出す。
それほど、そのドアは美しかったし、それが猶更コンクリートと錆びついた螺旋階段とのミスマッチとナンセンスさが際立ったのだ。
そして、と懐から私はあるものを取り出す。扉とのミスマッチと言えば、コレもまたミスマッチと言えるだろう。まだ鋼鉄製シャッターのほうが恰好つく。
そもそも、その武器―――ハンドガンという代物は随分前から、
『非人道的であり、非効率的であって、非先進的である』
という【お偉いサン】のお言葉でこの国の警官どころか、裏の犯罪組織ですら保持している者はかなり少ない。もっと別の、『人道的で効率的で先進的』なものを使用している。実際、私がこれを入手した経緯(いきさつ)もかなり危ないものであり、私が正当な人間社会に戻ることは決して許されないだろう。そして私はそうせざるを得なかった。
残弾を確認した私は真鍮の、これもまた美しい、花々の装飾が施されたノブを掴む。
そして、ゆっくり回しながら
「ミッションコード:ファウスト。これより開始する。」
誰にでもなく、呟いた。
AIは確かにセカイをがらりと変えた。だが、残念ながら僕たちの仕事が無くなることは無かった。
「幸いなことに、どこの【チップ】にも目立った損傷は見つかりませんでした・・・今日中に退院可能です。」
医者の診断を受けた僕は、その日の夕方に会計を済ませることができた。
電子音声の『当病院を利用していただき、ありがとうございました』の声が酷く虚しく思えたのは、いまだ続く微かな鈍痛のせいであろうか。
【チップ】―――額、両手の甲、両足の甲に埋め込む、3㎜程度のカプセル状。
この時代では、通貨はほとんど電子化しており、①商品を手に持つ
②その商店内、または敷地から出る。③会計が終わる。
この手順で取引が終わってしまうのである。また、【チップ】の持つ機能はまだ存在し、その人間の位置情報、健康状態までも、リアルタイムで記録されていくのだ。日本では誕生後1週間以内に埋め込み手術の実施が義務付けされている。
故意にチップを体内から取り出した場合、【ID及びチップ管理法(通称ID法)】により処罰される。まぁ、チップがなければ何もできない世となっているため、ほとんどこの処罰は適用されることはない。
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