人命の錬金術師
生態系の頂点に君臨する偉大なる空の王、ドラゴン。
この世で最も強い者の象徴でもあり、騎士の紋章に使われるときは敵の打破を意味する。
その強者たるドラゴンが今、とある禁足地の大森林にて足蹴にされていた。
紅き鱗持つ禁足地の竜と呼ばれる彼女は、並みの建物よりも遥かに大きく、羽を広げれば町一つを影で覆い被せることが可能なほどの巨体。
それを足蹴にしているのは一人の、美しい人間の女だった。
薄く赤い唇を億劫気に動かし、溜息を吐く様すら絵画のようで、竜の返り血さえ彼女を彩るようだった。
「調伏、完了。結構手間がかかっちゃった」
足の下に転がる無惨に切り刻まれ、虫の息となった竜。
戦っている最中、彼女の中にあったのはひたすら疑問だけだった。
「……人間の女。何故私を攻撃した? 私が一体何をした?」
竜が発するのは、思考の中にのみ届く声。
それを受け取った女は、明るい笑顔を浮かべた。
「別に。素材が欲しかっただけ」
「素材……不老不死の薬でも作ろうと言うか?」
過去に何人か、そういう人間はいなかったわけでもない。
すべてを塵芥のように薙ぎ払ってきたので今までまったく問題にはならなかったのだが、この女の強さだけは異常だった。
竜よりも強い彼女は、しかし竜の予想をあっさりと否定した。
「違うよ。私が欲しいのはそんなつまらないものじゃない」
「それは一体……?」
「人間の女の子」
あまりのワケの分からなさに、竜の思考が停止する。
その間にも、女は上機嫌そうに続けていた。
「私、錬金術師でさ。それも多分世界最強の。そろそろ弟子取って引退しようかなぁと思ってたんだけど」
「……」
「でもまあ、みんな逃げる逃げる。私の理屈と理論に付き合ってくれる人間、一人もいなくってさ。これはもう作るしかないなって」
何もかも理解の範疇外の話だが、ぼんやりと真相の輪郭が見えてきた気がした。
「人間を作るのに必要な物質は手に入ったんだけど、一つだけどうしてもどこかから調達しないといけないモノがあったんだよね。生きた魂なんだけど」
「……貴様、まさか我の魂をホムンクルスごときの原材料に……!?」
「最高の素材じゃないと作った気しないじゃん」
「ふ、ふざけ――!」
ごぎゅ、と肉が圧縮されるイヤな音が全身に伝わった。
女が手を触れた部分から、何か決定的なモノが抜き去られていく感覚がある。今まで生きてきた中で最悪の、それにして最後の苦痛が心を引き裂くようだった。
「ぐ、ぎが、ぎゃがああああああああっ!?」
「帰ったらすぐに、キミの身体を用意するね。私にスカウトされるなんて光栄だよー? 何せ竜より強い錬金術師として超有名なんだからさ、私」
「ふ、ふざっ……ふざけっ……!」
人間の都合などに、竜が付き合うなど想像するだけで悍ましい話だ。
竜は生態系の頂点。世界の支配者。君臨することが産まれながらに決定した王。
それを、この女は身勝手極まりない理由で捨てろと言う。
腸が煮えくり返るような気分だった。
「禁足地の守護竜として生を終えるよりかは、ずっと楽しいさ。むしろキミ、今時人間以外の種に産まれて恥ずかしくないの? 今時人間以外の種族なんてゴミだよ。人間としての生を与えようっていうんだから、私ってかなり慈悲深くない?」
「きっさまああああああああああっっっ!」
最後の最後、搾りかすのような力を振り絞り、鼻先の逆鱗を全力で熱する。
逆鱗は太陽のような輝きを放ち、変形。速やかに女の身体を裂かんと音速を超えたスピードで射出される。
「分解」
だが、最後の抵抗は呆気なく、枯れ葉のように空中でバラけ、空気に溶けて跡形もなくなった。
「――」
そこを最後に、禁足地の竜の意識は途切れる。
この日を境に、禁足地は禁足地足り得なくなった。
そこの支配者がいなくなったため、数ヶ月後にはあっさりと人の手が入り始め、やがて新たな村ができるのだが。
それを彼女が知ったのは、しばらく後のことだ。
◆◆◆
「やーん! 可愛いー! やっぱり私ってば超天才! 気分はどう? 元禁足地の竜ちゃん?」
「……」
とある工房にて、一人の少女型ホムンクルスが産まれた。
彼女は既に用意されていた真っ赤なフリル付きワンピースのスカート部分を眺め、人間そのものの柔い掌へと視線を移す。
最初から自分の手がこういう形であったかのように、あっさりと自然に動いていた。
「あ。自分の姿が気になる? そこの鏡で見れるけど」
数歩だけ歩き、少女は鏡を覗き見る。
女をそのまま縮めたような少女がそこにいた。
娘だと言えば、それだけで通じそうな程に似ている。
「……」
元、赤き鱗持つ禁足地の竜は誓う。
「もっと成長したら絶対殺すからな、貴様」
「え? 本当? 楽しみ」
人命の錬金術師は、心の底から命を笑った。
脳に直接効くタイプの殺伐百合 城屋 @kurosawa
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