5-3
「くそっ、あの小説と同じじゃないか」
星人が言う小説とは宇宙船で読んだコテコテな異世界ものの作品のことである。奇しくも同じ境遇に陥ってしまった。
しかしこれは異世界物語ではない。現実に火星の地下にある世界だ。空想通りに事は運ばない。彼女のために自分の命がどうなるか知れない。
また女性の叫び声が響いた。
「くっ――」
星人は草むらから飛び出した。イノシシたちがこちらに気付いて顔を向ける。
「もう後戻りできないぞ」
星人はイノシシの群れとは別方向に駆けだした――星人も考えなしだったわけではない。身を潜めながら地形を把握し、戦略を立てていた。岩が崩れて周囲直角にせり立った段に這い上り、その上に立つ。ポルダリングの要領で(やったことはないけど見よう見まねで)登った小さな崖は、イノシシには高すぎる。
群れは当然崖のふもとまでやってきた。星人は陰に隠れていたときに見つけて隠し持っていた枝木を取り出し、下方に向けて勢いよく突く。
が、すばしっこくイノシシは枝木を避ける。それどころか、イノシシは崖をゆっくり登り始めた。前足を器用に使いながら。
相手はイノシシではない。未知な生命体だ。イノシシのように見えるが、前足を人間の手のように扱えるようである。ぎこちない動作だが、じきに星人にたどり着くだろう。うかつだった。相手のことを知らずに勝負を挑む程愚かなことはない。
遂に一頭が這い上がってきた。鋭い眼光で星人の顔を突き刺してくる。
「くそっ、やっぱり飛び出したのは間違いだった!」
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