過去⑤ リド十八歳

魔物飼士モンスターテイマー?」


 ラルミネが気怠そうに言う。向かい合ったカルバが「そう、魔物飼士モンスターテイマー」と復唱する。


「あんた、代わりの地図士を探しに行ってたんじゃないの?」

「僕もそのつもりだったんだけど、紹介されてしまってね」

「紹介って、誰からよ」


 ラルミネがカルバを睨む。カルバは特に怯む様子もなく答えた。


「グレイスからだよ」

「……あの男、いきなりパーティを抜けたと思ったら、更に碌でもないもん押し付けやがったわね。逃げた馬に後ろ足で蹴られた気分だわ」

「パーティを抜けたことは仕方がないよ。お父上が急に身体を悪くされたんだ」

「そっちは仕方ないにしても、余計なもん紹介しやがったのはどういう経緯なわけ?」

「グレイスのお父様が身体を悪くされた時、ちょうど森で切った木材を街へ運んでいる最中だったらしい。我慢して荷車を引いていたら、苦しそうな様子を見た青年が声をかけてくれたそうだ」

「安い道徳教材に載ってそうな話ね」

「青年はグレイスのお父様を病院まで担いで連れて行き、更に荷車を納品先まで代わりに運んでくれたそうなんだ」

「その親切な青年が魔物飼士モンスターテイマーさんってわけ?」

「まぁ、そういうことだ」


 カルバが親指を立てて外を指す。


「それで、今から実力を見せてもらうことになってるんだ。一緒に来てくれ」

「なんで私が行かないといけないのよ。あんただけで見て来なさいよ」

「僕は戦闘用の魔法以外からっきしだからね。魔法の専門家であるラルミネに見てもらいたいんだよ」

「見なくても分かるわ。魔物飼士モンスターテイマーなんて、死にかけの魔物を動かせるだけよ。冒険者として活躍してる姿は見たことないわ」

「僕も噂で聞いているのは同じような内容だ。ただ、グレイスのお父様には僕たちも世話になっているし、無下には出来ないだろう。ちょっと見るだけで良いからさ」


 カルバが柔らかい笑みを浮かべる。


「私、今日はこの後用事が――」

「無いことは彼に確認済みだ」


 カルバはラルミネの傍らに立っている初老の執事に目配せをする。執事は何も言わずに小さく会釈をした。外堀は既に埋められているようだった。

 恐らくこの男は承諾を得るまで自分の部屋に居座るだろう、と感じたラルミネは、しぶしぶ付いていくことにした。





 ラルミネ邸から馬車に揺られ、辿り着いたのはナトリスト城下町から東にある森の前だった。

 馬車の中からカルバとラルミネ、そして紹介された魔物飼士モンスターテイマーであるリドの三人が下りてくる。


「ここからは徒歩だ」


 カルバが先導して、三人は森の中に足を踏み入れた。


「この先に、先日僕たちが攻略した小さなダンジョンがある。既にボスを倒してはいるが、まだ中に魔物が多少残っているはずだ。試験を行うには丁度良いだろう」

「はい、ありがとうございます」


 リドが歩きながら頭を下げた。不機嫌そうなラルミネが口を挟む。


「まだ礼を言うのは早いんじゃない? 雇うって決まったわけじゃないわよ」

「でも、他のパーティでは魔物飼士モンスターテイマーというだけで門前払いだったもので……。見て下さるだけでも嬉しいです。機会を与えて下さって、ありがとうございます」


 リドの眩しい笑顔に、ラルミネは自分も門前払いしようと言っていた側だ、ということを言い出せなかった。


「ところで、一つ気になっていることがあるんですが」

「なに?」

「この国の法律では、冒険者になれるのは十六歳からと聞いていたんですが……」


 リドが遠慮がちにラルミネを見る。十歳にも満たない子供のような容姿の彼女が冒険者をしていることに、疑問を持っているようだった。


「あんた、もしかしてこの国の人間じゃないの?」

「はい。二年前にウラシア大陸から来ました」

「あらそう。上手ね、アスタリア語」

「ありがとうございます」


 話しながら歩いている内に、ダンジョンの前に辿り着いた。森の奥の丘に出来た、舗装も照明も何もない洞穴だった。一歩踏み入れると、目の前に夜空をひっくり返したような闇が広がった。


「私のことについては、雇うことになったら教えてあげるわ」


 ラルミネが指でリドの額を小突いた。すると、リドの視覚に暗い洞穴の輪郭がくっきりと映った。


「すごい、暗視ウライズですか! 照明ルミネス照球イルミスよりずっと高度な魔法ですね!」


 興奮気味なリドを、ラルミネは「こっちの方が便利だからね」と軽くあしらう。隣のカルバが「僕にもかけてくれ」と催促した。


「あんたは自分でやりなさい」


 カルバは少し落ち込みながら、自分の額に指を当てた。





 人間の子供程ある土蜥蜴の体躯が宙に舞う。カルバが追撃の押し蹴りを放つと、土蜥蜴の身体は土壁に叩きつけられた。


「こんなもので良いか?」


 カルバがリドの方を向いて確認をとる。リドは動きが緩慢になった土蜥蜴を見て「多分、大丈夫です」と返した。

 リドの両目が翡翠色に光る。それと同時に土蜥蜴の動きが止まった。


飼配テイムに成功しました」

「おお、魔物の動きが止まった」


 感心するカルバの横で、腕を組んだラルミネが言う。


「じゃあ、その土蜥蜴と、次に出てきた魔物を戦わせてみてくれる? どれくらいの動きが出来るか見るから」


 弱った魔物を操ったところで大した動きは出来ないだろう、と高を括っていたラルミネに、リドは「それはやめておきます」と返した。


「弱った魔物を操ったところで、大した動きは出来ませんし」


 予想外の返答にラルミネは内心少し驚いたが、驚いた様子を見せては格好がつかないと思い平然とした素振りを見せた。カルバは普通に「えっ?」と驚いた。


「それについては私も同意見だけど、じゃあどうする気なの?」


 ラルミネがそう聞くと、飼配テイムのかかった土蜥蜴が歩き出した。弱っているためか、歩調が乱れていた。


「ついて来てください」


 土蜥蜴の後ろを歩くリドが二人に告げる。二人は一度顔を見合わせた後、言われた通りリドに付いて行くことにした。

 一行は土蜥蜴を先頭にしばらく歩いた。ラルミネがそろそろ歩き疲れたので文句を言ってやろうかと思い始めた頃、部屋のように掘り広げられた場所に辿り着いた。隅の方にぼろきれのような絨毯が敷かれており、酒瓶や人骨が散乱している。


「ここは……」


 カルバが目を丸くする。このダンジョンは攻略済みであるためその姿はないが、ここはダンジョンのボスである大鬼オークがいた場所だった。


「すごい、迷わず一直線にボスの居場所まで来たのか」


 カルバがリドの方を見る。


「君がその魔物に案内させたのか?」

「はい、そうです。この魔物は知性が低いのでボスの元まで案内させるのが限度ですが、もっと知性の高い魔物を飼配テイム出来れば、案内させるまでもなくその場でダンジョンの構造を把握できます。ダンジョン内での実践経験はありませんが、罠や宝の位置も分かると思います」

「素晴らしいじゃないか! ダンジョン探索は持久戦だ。無駄足を踏む心配が無くなるのはとても助かる!」


 カルバは少年のような笑顔でラルミネの方に向き直る。


魔物飼士モンスターテイマーがこんなにダンジョン探索向きだとは知らなったよ!」

「……私だって知らなかったわよ」


 ラルミネは畏怖の混じった視線をリドに向けていた。魔法に精通している彼女は、未知の魔法と出会うことがそう多くなかった。


「こんなの、普通の魔物飼士モンスターテイマーが使うような、魔物の身体を操る技術とはほとんど別物よ。魔物の思考を読むってことでしょう? そんな精度で飼配テイムを扱える魔法使い、今まで見たことがないわ」


 珍しく驚いているラルミネを見て、カルバは嬉々とした様子でリドに言う。


「すごいな、リド! ラルミネが自分以外の魔法使いをこんなに褒める事、滅多にないぞ!」

「え、あ、はい」


 カルバに呼びかけられたリドは落ち着かない様子だった、二人の会話もちゃんと聞いてはいなかったようだった。


「どうしたんだい、何か問題でも?」


 カルバが尋ねる。


「いえ、すみません。お話し中のところ悪いんですが、この魔物を仕留めてもらえないでしょうか」


 リドは、自分が操っている土蜥蜴を指さした。


「そろそろ僕の魔力が尽きそうでして……」

「ああ、気が付かなくてすまない。そんなに長くは使っていないように思うんだが、飼配テイムは魔力消費が激しい魔法なのか」


 カルバが問いかけるが、リドは気まずそうに翡翠色の目を逸らした。

 ラルミネが観知リセプトを発動させる。リドの身体に残った魔力の痕跡から、彼が身体に溜められる魔力量を確認した。


「あらあら、どうやら技術はあるけど、男の子みたいね」


 不敵な笑みを浮かべたラルミネがそう言うと、リドは少しだけ頬を染めた。


「その例えだと、桁外れに魔力量の多いラルミネは絶倫女ということになるわけだが」


 横で聞いていたカルバが言った。


「……逆さに持った剣を振った気分だわ」


 耳まで赤くしたラルミネが、カルバを睨んだ。

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