第四章 揚げ餡(後編)
「リドってさ、魔物を操れるんだよね?」
「まぁ、条件とかはあるけどな」
「条件?」
「基本的にある程度弱ってないと無理だ。あと、距離も近い方が良い」
「その条件だったら、どんな魔物でも操れるの?」
「そういうわけではないが……」
イリアはやけに興味がありげだった。魔法の勉強でもする気なのだろうか。だったらもっと他の魔法を学んだ方が良いと思うが。
俺が訝しんでいる様子に気付いたのか、イリアは何かを否定するように手を振る。
「いや、不思議だなぁ、って思って。魔物を操れるんだったら、人とか動物も操れるのかなぁ、って」
「いや、それは無理だ」
イリアは口に付いた餡子を指で拭いながら、「なんで?」と聞く。
「専門的な話になるんだけど……」
「いいよ、お菓子のつまみに聞いてあげる」
何様のつもりだ。
「魔物ってのは、脳に魔力を宿した奴らのことで、自分で魔力を生み出すことが出来る身体になっている。人間みたいに外から補充するわけじゃなく、体力同様に自然回復する形でな。その魔力によって身体が異様に発達していたり、魔法を使うことが出来たりする」
「で、リドはその魔力に干渉して魔物を操るんでしょ? ってことは、身体に魔力が通ってる人間も操れるってことじゃないの?」
「いや、それは違う。俺が干渉しているのは、厳密に言うと『魔物の魔力内にある命令信号』だ」
「命令信号?」
「そう。魔物はこの命令信号によって、人間を襲うような習性が植え付けられている。恐らく魔王が仕込んだものだ。
「魔物には人間を襲う習性が植え付けれてるの?」
「そうだ。ちなみに俺はその技術の応用で魔物の思考を読むことが出来るわけだが、これを出来るのは大陸内の
「あ、そこはいいや。魔物の習性の話を続けて」
イリアが無慈悲な言葉を放つ。ここからが俺の見せ場だというのに。
「魔物の習性って、人間を襲うようになってるってとこか?」
「うん」
「いいけど、なんでそんなとこに興味を持ってるんだ」
「だって私って魔物に捕らえられていたわけだし。人間を襲う習性があるっていうんなら、生かされてたのはおかしくないかなぁ、って」
さっきからやけに興味を持って聞いてくると思ったら、そういうことか。
「人を襲う習性も、魔物のレベルによって変わるんだよ。レベルの低い魔物は盲目的に人を襲うが、レベルの高い魔物は目標を見据えて行動することもある」
「目標?」
「魔物の多い場所へおびき寄せるために逃げたり、弱ってるふりをして油断させたりだな。一番レベルが高い『ボス』と呼ばれる魔物は、そもそも自分から人間を襲いには行かずダンジョンを構えたりしている。人間を攻撃するために魔物の拠点を作るという長期的な考えからとる行動だと言われている」
「じゃあ、リドが操れるのってレベルが低い魔物だけなの?」
「知性的に動く魔物でもある程度までは操れる。それにも限度はあるけどな。ボスクラスは完全に無理だ」
「ふむ……」
イリアは眉間にしわを寄せる。揚げ餡を一つ口に入れたが、これは頭を使うので糖分を補給した、という素振りだろうか。
「じゃあ、私が生け捕りにされてたことも、何か目的があったってこと?」
「…………多分」
「なにさ、自信無さ気だけど」
「いや、実際よく分かってないんだよ。もしかしたら魔物に『人間を襲う習性』があるって認識自体が間違っていたのかもしれん」
「根本的なところじゃん」
「魔法の研究はともかく、魔物の生態の研究はそんなに進んでるとは言い難いんだよ。魔王が死んで以来、魔物が人間に対して好戦的でなくなったみたいだから、何かしら魔王からの命令信号的なものがあったとは思うんだけど……」
「ほら、もっとよく考えて。揚げ餡食べる?」
「いらん。甘ったるい」
「甘いの嫌いなの?」
「あまり好きではない」
「こんなに買ったのに?」
事情を説明するのも面倒なので「来客用だ」と返す。
こいつが捕らえられていた件については未だに謎なのだ。俺もダンジョンの奥に人間が捕らえられていたなんて事態は初めて見たものだ。
魔物は人間を襲う事を娯楽にしているようにも見えるので、生かしたまま弄ぶためなのか。人間を食う魔物もいるので、食用に養殖でもするつもりだったのか。人質として捕らえられていた可能性もあるが、そういった事態ならあのダンジョンの近隣国であるナトリストに何らかの報告が入っていそうなものだ。
それこそ、イリアが記憶を取り戻してくれれば何か分かりそうなものなのだが、一向にその気配はなさそうだった。
「悪いな、力になってやれなくて。あの魔物がお前を捕らえた目的が分かれば、お前の故郷の手がかりも掴めるかもしれないんだが」
「……別に、故郷を知りたいってわけでもないけどね」
「なんでだよ。家族も、きっとお前を心配してると思うぞ」
「どうだろうね。国に捜索を要請するような報告も上がってないみたいだし、別に探されてないのかもね」
イリアが似つかわしくない物憂げな表情を浮かべる。記憶がない過去の事については不安に感じている部分があるようだった。少し踏み込んだ話をしてしまったことを後悔した。謝っておいた方がいいだろうか、と考えている内に、イリアが口を開いた。
「そういうリドの方はどうなのよ」
そう言ったイリアの表情は、いつものように能天気な笑顔に戻っていた。謝るタイミングを逃してしまった。
「俺の方って、何がだ」
「家族だよ。別の大陸に故郷があるんでしょ? 帰る様子はないみたいだけど、ちゃんと手紙は送ってるの?」
「手紙なら送ってるよ。返ってきたことはないがな」
イリアがきょとんとした顔をする。こっちは意趣返しをされた気分だが、向こうはそんなつもりは毛頭ないようだった。
「俺は親の反対を押し切って村を出てきてしまったからな。こっちから一方的に仕送りをしてはいるが、父親の性格を考えると、封も開けずに捨てているだろうな」
イリアは「あー……」と間の抜けた相槌を打つ。
「まぁ、そうでもなけりゃ故郷に帰ってるよね。こっちで仕事見つからないわけだし」
そんなことはない、と言い切れない自分が少し情けなかった。
いつもなら長く感じる家までの道のりが、今日は少し短く感じた。
理由の一つは、イリアと一緒に帰ったからだろう。やはり一人で黙々と歩くよりかは、誰かと話しながら歩く方が気が紛れるものだ。
そしてもう一つの理由は、今日の俺の足取りがいつもより少しばかり軽かったからだろう。相変わらず仕事は見つからなかったものの、一つ成し遂げたことがある。今日は、やっと甘菓子を買って帰ってこれたのだ。
俺は棚の上に置いてある三本の珈琲エーテルに目をやる。こいつらをやっと処理できると思うと感慨深いものがあった。夕食が終わったら一本目を相手してやろう。
「揚げ餡の袋、テーブルに置いといてくれ」
俺がそう言うと、少し間が開いてイリアから「うん」と返事が来た。
イリアは手に持った紙袋を、ゆっくりとした手付きでテーブルに置いた。紙袋が小さく揺れる。
どうも不自然な動きだった。
「おい、イリア」
「さぁて、汗かいたしお風呂に入ろうかなぁ」
逃げようとするイリアの襟首を掴む。俺は大きく息を吸い込み、紙袋に吹きかけた。するとあら不思議、揚げ餡が入っていてそれなりに重いはずの紙袋が、こてん、と倒れたではありませんか。
「イリア、何か言うことはないか?」
イリアは「げふぅ」と胃の中のガスを吐き出した。
「……今日は晩御飯いらないです」
「当たり前だ、このド阿呆!」
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