第三章 悪友のようなもの(前編)
イリアと再会してから三日が経った。
結局彼女はうちに寝泊まりすることとなったわけだが、若い女が家にいたところで色気のある出来事など何もない。二人とも求職中の身だ。ただただ朝から家を出て行き(あの女は昼まで寝ているようだが)、日没頃に落ち込んで帰ってくる日々を過ごしていた。
今日も今日とて俺は肩を落としながら帰路についていた。朝から魔物関連の業者を周っていたが、採用に至る話は無かった。
我が家が見えてきた。城下町を囲む外堀を橋で渡った先、城下町と北の森の境目に建つ木造小屋が俺の住まいだ。
外堀を超えた場所に建ってはいるが、住民簿によればこの小屋も城下町に属していることになっているらしい。まぁ、そうでもなければ俺は森に住んでいることになってしまうのだが。
ちなみにこの家は、元々は木こりを営んでいた老夫婦の家だったものを、引退に際して譲ってもらった物だ。まだ冒険者としての仕事がまともに出来ていなかった頃だったので、家賃の要らない持ち家を得られたことはとても助かった。
カルバのパーティに入ってからはそれなりに収入もあったので引っ越すことも出来たが、俺はここでの暮らしがそんなに嫌いでもなかった。近所付き合いをする必要が無いし、喧騒も無い。冒険をしていた頃は家に帰ることがそう多くはなかったのだが。
ただ、頻繁に街へ出入りするようになったここ最近は少し嫌気が差していた。何せ街から遠いのだ。落ち込んで歩く時間が嫌に長い。
今日もそんな長い道のりをなんとか歩き切った。さっさと風呂にでも入って休みたい。疲れたので何か甘いものでも――
そういえば結局菓子屋に行けてないな。それに伴ってエーテル珈琲味も残ったままだ。身体には多少魔力が残っているが、念のため早めに補給するようにしよう。まぁ、今のところ魔法を見せる機会は一度ももらえていないが。
まだ菓子屋は開いているだろうが、今から街へ戻る気にはならないな。明日にでも行くとしよう。
俺は休むことを優先してそのまま家へ向かった。
扉の数歩前まで辿り着いたところで足が止まる。
人の気配だ。
家の中ならイリアだろう。しかし、気配を感じたのは背後からだ。あいつが帰ってきた可能性もなくはないが、足音がしない。あいつの足音は馬のようにうるさい。
気付かなかったふりをしてこのまま家に入ればやり過ごせるだろうか、と現実逃避してみたが立ち止まってしまった時点でそれは無理があった。
意を決して振り返る。
拳。
衣服が激しく擦れる音と共に、顔を目掛けて拳が飛んできた。俺はすんでのところで首を反らす。かわし切れず鼻を掠めた。
振り返る勢いで拳打を放つ。手首に衝撃。弾かれた。
相手の右脚が上がる。体重を軸足に残した蹴り方、本命は次だ。俺は右脚の蹴りを腕で受けて次の攻撃に備える。拳打か、掴みか、左脚か――
違う、もう一度右脚だ!
認識した時には側頭部を蹴りぬかれていた。視界が揺れ、次の瞬間には地面を見ていた。
「おいおい、相変わらず地べたが好きだな、お前は」
上方から声がする。俺は四つん這いの体勢のまま怒鳴った。
「この野郎! 何のつもりだ、プロート!」
「久しぶりに会ったんでちょっと遊んでやろうと思っただけだ」
「革靴で人の頭を蹴る遊びがあってたまるか!」
側頭部に鈍痛が走る。叫ぶと蹴られた箇所に響く。
今しがた俺を襲ったこの男はプロート。褐色の肌に黄金色の髪。背丈は千九百
そしてこいつは俺と同じくカルバのパーティに所属していた戦士であり、信じ難いことに仲間だ。
「何の用があって来たんだ」
俺は出来るだけ不機嫌そうに言った。
「なんだ、用が無いと来ちゃいけねぇのかよ。仲間だろ」
「俺もついさっきまではそう思ってた」
「拗ねるなよ」
プロートは嘲るように笑いながら、「届け物だ」と言って、小綺麗な封筒を差し出した。
俺は封筒を受け取り、表書きを確認する。差出人はカルバだった。プロートは現在国軍に所属しており、城に出入りする身分だ。次期王子の身であるカルバは容易に出歩くことができないため、こいつに託したのだろう。
「手紙か?」
「招待状」
「招待状?」
「カルバの戴冠式だ。日程が決まったんだよ」
俺はその場で中身を検める。確かに戴冠式の招待状が入っていた。日程は二月後、場所はもちろんナトリスト城。この式を以って、カルバはこの国の王子となる。
「お前、入隊試験に落ちて以来、城に行ってないらしいな。顔を合わせづらいかもしれねぇが、その日くらいは来い」
「分かってるよ」
戴冠式は二月後。それまでに次の職を決めれば良い。そうすれば多少は顔も立つだろう。それくらいの期限が付いていた方が求職活動にも身が入るってもんだ。
「というかお前、わざわざこれを届けに来たのか? 配達屋に頼めば良いものを」
「それなりに重要書類なんでな。あと仕事でこっち側に来たついでだ」
「こっちに? 現場仕事か?」
「まぁな。間抜けな魔物狩り業者共が北の草原で魔物を取り逃がしたらしい。街に逃げ込む可能性があるってんで街中の警護にあたってたが、幸いなことに魔物は見つからなかったぜ」
「幸いなことあるか。見つからなかったってことは潜んでる可能性もあるだろうが」
「街の最北端に住んでるお前が無事なら多分大丈夫だろう、と思って会いに来てやったというのもある」
「それはご苦労」
「ほら、わざわざ来てやったんだ。茶くらい入れろ」
プロートは開けろ、という代わりに扉を足で小突いた。俺を蹴った靴で俺の家を蹴るな。
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