第84話

「わぁあああああん。

 ママ、ママ、ママ、ママ」


 リドルが半獣形態でカチュアに抱きついてくる。

 まだ完全に人形態、半獣形態、完全獣形態をコントロールできない。

 意識的に変形するというよりは、感情に触発されて変形する。

 今回はベンに遊びで負けて悲しくなり、カチュアに抱きしめてもらいたくなって、泣きながらやって来たのだが、人形態では早く歩けないし、完全獣形態では抱きつけないので、半獣形態で抱いてもらいに来たのだ。


「まあ、まあ、まあ、まあ。

 泣いちゃダメよ。

 男の子はそう簡単に泣いてはいけないのよ。

 リドルは小さいのだから、お兄ちゃんに勝てないのは仕方がないのよ。

 ベン、ベンはお兄ちゃんなのだから、弟のリドルを可愛がるのよ。

 虐めたりしたらダメなのよ。

 でも今のはいいのよ。

 今のは本気で遊んでいたのだから、わざと負けたりしなくていいのよ。

 リドルが遊びや試合で負けて悔しくて泣くのは仕方ないわ。

 でも、虐めてはいけないわよ」


 カチュアはとっさに抱いていたミレイ皇女を乳母に任せた。

 愛情を注いであげたくて、常にミレイ皇女を抱くようにしていた。

 授乳も、起きている間は自分の母乳を飲ませていた。

 だが魔術の練習も勉強もあるので、じっくりと眠る時間を確保するために、夜は乳母に任せていた。

 だから昼の間は、乳母ではな出産経験のある侍女が側に控えていた。


 カチュアは愛情一杯にリドルをしっかりと抱きしめたあげた。

 父親の皇帝アレサンドに似たのか、リドルには負けん気が強い性格のようだ。

 それでも、まだわずか一歳だから、母親の愛情が恋しい。

 獣人族と違って、人族は一度に何人もの子供を生むことが極端に少ないので、母親を独占するのが普通になっていた。

 だから目一杯甘えようとした。


「ママ、ママ、ママ、ママ。

 僕も、僕も、僕も。

 リドルばかり狡いよ!」


 だがそれが、ベンの気持ちを激しく刺激した。

 虎獣人族の血が流れている所為か、ベンも普段はそれほど母親べったりではない。

 二歳になっているからでもあるが、近習やレオ達を遊んでいる時は、母親の事を忘れている事もある。


 だが、眼の前で弟が母親に甘えているのを見てしまうと、ムクムクと母親に対する愛情と、リドルに対する嫉妬心が出てきてしまう。

 それが人族の血が流れている所為なのか、虎獣人族でも普通の事なのか、それともベン特有の性格なのか、カチュアには分からなかった。

 分からなかったが、カチュアにはベンに対する愛情も溢れんばかりにあるのだ。


 カチュアは両手で抱きしめていたリドルを左手一本で抱き上げ、人形態で抱きつきに来たベンを右手で抱きしめた。

 両手で二人の皇子をしっかりと抱きしめて、兄弟の争いを雲散霧消させた。

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