第82話

「まあ、まあ、まあ、まあ。

 リドルも魔力があったのですね。

 よかったですね、ベン。

 これで貴男だけが魔力を持っているのではなくなりましたね」


 カチュアは心から喜んでいた。

 実は内心ベンの事を心配していたのだ。

 少数派や孤立した存在がとても辛い事は、カチュア自身がその不幸な生い立ちから、嫌というほど実感していたからだ。


 ベンは圧倒的な少数派なのだ。

 皇国の支配者階級である虎獣人の血を引いているとはいえ、圧倒的な少数派の人族の混血で、差別される立場である事を、カチュアも理解し心配していた。


 しかもその圧倒的な少数派、人族と虎獣人族との混血の中でも、つがいというカチュアが理解でき関係から生まれた子供で、ただ独りの魔力保有者なのだ。

 絶望的に孤立していることを、カチュアは顔には出さないものの、内心では煩悶するくらい心配していたのだ。


 だが、ここで、全く同じ状態の弟リドルみ魔力発現してくれた。

 同じ父母から生まれ、同じ性別で、同じ能力を持つ兄弟なのだ。

 リドルはベンの支えになり、ベンはリドルの支えになってくれると、カチュアは本気で思っていた。


 しかし、後宮総取締のマリアムは、不安と恐怖で凍り付いていた。

 ベンが他の兄弟姉妹に圧倒的な実力差を示してくれて、これで血みどろの後継者争いを回避できると、やっと安心できた直後に、とんでもない競争相手が現れてしまったのだ。


 カチュアは信じられないのかもしれないが、後継者争いで最も憎しみ合い激烈な殺し合いを演じるのは、同じ正室から生まれた同母の兄弟姉妹なのだ。

 正室腹という、母の地位が最も高い者同士で、性格も才能も似通っている。

 近親憎悪の最も激しい形なのだ。


 もし、リドル皇子の魔力も、ベン皇子と同等のカチュアの半分ならば、単なる順位付けで格の差を自覚させる事は不可能だ。

 大きく育つほど、ベン皇子とリドル皇子には派閥が形成されてしまう。

 避けたいが、どうしても避けられない、皇帝の側近という地位を巡る激烈な争いが、兄弟の情愛や真意を無視して始められてしまう。


 膨大な、それこそ皇国を独力で滅ぼしかねない魔力の持ち主二人が、皇位を争って戦う事になってしまったら、アレサンドが一代で築いた大帝国が滅んでしまう。

 そんな事は、アレサンド第一主義のマリアムには絶対に認められない事だった。


 それを事前に避ける方法があるとすれば、どちらかを殺してしまう事だ。

 マリアムの経験では、兄弟姉妹は仲がよい時でも、いや、皇位よりも遥かに領地も狭く権力も小さかった大公国時代でも、兄弟姉妹が真に仲のよい事などなかった。

 地位や権力を争い、殺し合うのが普通だった。

 これは、カチュアがどれほど反対しようと、圧倒的な実力差がない限り、ベン皇子とリドル皇子のどちらかを殺さなければならないと、マリアムは覚悟を決めた。

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